彩づく想い
吉永綸子
彩づく想い
田んぼの中心を真っ直ぐに伸びる
僕はこの紗鞍町が大好きだ。だけど、この町がもうすぐ完璧ではなくなることを思うと、やはり胸が痛んだ……いや、正確には背中に何かが当たった。
「いたっ……」
「たっくん、何してんの?」
後ろを振り向くと、同級生の
「ぼんやり歩いてると邪魔だぞ、たっくん」
「ごめんごめん……」
僕が物思いに
僕と楓ちゃんは
「そういえば、たっくんは、高校卒業したらどうするの?」
「僕は一応、県立理科大を目指してる……」
紗鞍町には中等学校以降の教育機関はなく、紗鞍中学の生徒はみんな隣町の菱木高校へ進学する。そして高校卒業後にとうとう地元に残るか、離れるかの決断を迫られるのだ。気が向いたら気軽に帰省できる距離の大学は、ここから電車を乗り継いで一時間半の県立理科大だけ。これが僕の選択肢だった。
一方で楓ちゃんは東京の大学に進学する。東京で一人暮らしの叔母宅から通える名門大学を目指しているのだそうで、きっと楓ちゃんの成績なら申し分ないだろう。
「あ、そうだ!久しぶりに秘密基地に来る?」
「うん、行きたい」
秘密基地とは楓ちゃん家の築90年の「蔵」のことだ。文化財と言われれば信じてしまうような立派な木造の蔵には、所々その雰囲気にそぐわない楓ちゃんのファンシーな私物が置いてある。そういえば中学生の頃まではよくこの秘密基地で一緒に漫画を読んでいたな。高校に進学してからは、お互い部活動で忙しくて秘密基地で遊ぶことも減ったけど、こうして下校中に会った時は一緒にご飯を食べたりしている。
「いつもの、あるよ」
そう言うと楓ちゃんは、木棚からカップ麺を二つ取り出した。赤いきつねと緑のたぬき――これが僕たちの定番だ。毎回例外なく僕が赤いきつねで、楓ちゃんは緑のたぬきを選ぶ。
「天ぷらとそばの相性が一番なのに」
「いや、フカフカのお揚げこそが至高だよ」
楓ちゃんがかやくを入れている間に、僕は楓ちゃん家の居間で電気ポットを拝借して、二つ並んだカップにお湯を注ぐ。知り合いの家に勝手に入るのは紗鞍町では当たり前の光景だけど、楓ちゃん、東京でお隣さん家に勝手に入ったりしないだろうか、知り合ったばかりの人のドアノブにおすそ分けを掛けていったりしないだろうか……なんて心配をしていたら、あっという間に5分経っていた。
ふわっと白い湯気と共に、香り立つかつおだし。フタを開けると赤いきつねのお揚げが姿を見せる。楓ちゃんは既に食べ始めている(緑のたぬきは熱湯3分待ちだからね)。天ぷらが崩れないように、そばを器用にスルスルと薄桃色の唇に吸い込んでいく。
「ああ、美味しい~」
「僕もいただきます」
ゆるやかな
「東京に行ったら味も変わっちゃうね」
「どういうこと?」
「赤いきつねと緑のたぬき、地域によってだしが違うんだって」
「へー、じゃあ東京のを送ってあげるね」
「楽しみにしてます」
「たっくん、東京23区と全国の政令指定都市の人口の合計って知ってる?」
楓ちゃんが突拍子もないことを聞いてくるのは昔からだ。
「知らないけど……」
「だいたい3600万人だって」
「そうなんだ」
「つまり日本人の3.5人に一人は都会人なんよ」
「うーん、全部が都会ってわけでもなさそうだけど……」
「嫌味かね、この都会育ち!」
二度目の
「……でもさ、紗鞍みたいな蛍の棲む川とか、満天の星空とか、彩(いろ)づく山が見られる場所に住んでいる人は、きっと一握りしかいないと思うんだよね」
楓ちゃんは蔵の小さな窓から外を覗いている。その先にはきっと僕の見えない景色が見えているのだろう。
「私、紗鞍町の環境を守りながら、日本一有名な観光地にするんだ」
「日本一?」
「東京で環境生物学とエコツーリズムを学んでくるから」
「エコツー……?」
「エコツーリズム。とにかくそれを勉強して帰って来るから」
「帰って来るって……紗鞍に?」
楓ちゃんは視線を窓からこちらに移して、コクッと頷いた。窓から差す光に照らされた楓ちゃんは、桜の精のように美しかった。
「やっぱり紗鞍がいいよ。自然はあるし、たっくんもいるし」
「へ?」
「だからそれまで紗鞍を頼んだよ、たっくん」
「うん、任せて」
それから僕は照れ隠しをするように、カップに顔を
彩づく想い 吉永綸子 @suzukaito
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