第39話 貨幣価値の比べ方

「それで……一体、ライラさんはどこに行こうとされているんですか?」


 宿から大通りに出たところで、ルアナ様にそう話しかけられたぼくは、ちょっと考えてから、正直に答えることにしました。


「ええっと、この街の商会を大きい順に三つ回って、市場の様子を見て、いい感じだったら荷台の商品を売りたいなって思っています」


 そう言ってチラッとぼくが振り返ると、ルアナ様は興味津々と言ったご様子で荷台の中を眺めておられました。


「えっと……何か気になるモノでも?」


 ぼくがそう聞くと、ルアナ様はハッとしたご様子で。


「あ、えっと、いえ、すいません。ちょっと異国の品と言うことで関心を覚えまして」


 最後に確認していた品は、多分羽ペン。


 フォルタビウスの羽は白地に朱や緑が入った鮮やかなものだから、女性人気があるのかもしれません。


「でも、どうして三つも商会を回るので?」


 こほんと可愛く咳ばらいをされてから、ルアナ様はそうおっしゃいました。


「おそらくはついてこられればおわかりになるかと」


 ここで語るよりも実際に見てもらう方がわかりやすいからです。


 そのままぼく達はルアナ様の案内で一番近かったニース商会にやって来ました。


 ここは主に南のガルフォディア王国やアナトレー大森林等との交易を中心にして商いをしているらしく木材や木工製品、お茶や果物に麦や野菜等の食料品を中心とした扱われていました。


 そう言った商品に目を向けずにぼくが見ていたのは、魔石の買取価格と両替のレートについて。


「はい、では次に行きましょうか」


「うん? それはいいのですが……ここで買い物や商売はされないので?」


「ええ」


 そうして次に寄ったのがフレーベ商会。西方への交易路を握っている商会らしく鉱物の関係や金属加工品に強いところです。


 商会の特徴をある程度掴んだら、そのまま買取表やレートを眺めていたところで。


「おや、さっきのところと違いますね」


「ええ、そうなんです」


 そう言って、ぼくは普段使っている、銅貨、銀貨、金貨を取り出してルアナ様に手渡すと。


「これは……ガルフォディア王国のエドゥアール貨幣ですね?」


 今の王様から二代前のエドゥアール王が改定して新しく鋳造したことからエドゥアール金貨、エドゥアール銀貨、エドゥアール銅貨と名付けられていて、全部ひっくるめてエドゥアール貨幣って呼ばれている分かりやすい貨幣です。


「そう、この街で使おうと思うとお店での交渉が必要で使い勝手が悪いんですよ。で、これをこの国のお金に両替しようと思うと」


「なるほど、各商会ごとに両替のレートが違うわけですね」


「ええ、やっぱり各商会ごとに商売で使うことになる貨幣があれば、使わない貨幣もあるのでそこらへんの違いが大きく出てくるんです」


「ふむ……だからこそ外国にも手が伸びている大手の商会を見て回るわけですか」


 ちょっと話をしただけでここまで理解できるのですから、ルアナ様は相当頭が良いんでしょう。


「おや、ルアナ様? このようなところまで何用で?」


 そんなことを考えていると、商会の方から声をかけられました。


「いえ、今日はこちらの御客人の案内をしているところです。お気遣いなく」


「おや、そうでしたか! それではご用命があればいつでもお声かけを……」


 話を続けようとすることなく、スッと引ける。無駄に話をして相手に時間をとらせずにいるのは正直、凄いことだと思います。


「よし、覚えました」


「では、最後の商会ですね」


 やってきたのはファーン商会という国内に強いコネクションを持つ商会でした。特にこの国の北にある港街との交易路を握っている商会だったのですが……


「……活気が、ないですね」


 商会は閑散としていて客はおろか、従業員の数も少ないです。


「やはり……」


 その理由にルアナ様は心当たりがあるご様子でしたが、ここでご本人から聞き出すわけにはいきません。


「あの、すいません!!」


 取りあえず、お店の方に声をかけてお話を聞いてみることにしました。


「つい最近この街に来たばかりなのですが……北方何かあったんですか?」


「ん? ああ、来たばっかなら知らねえか……今、北の港町を治める領主とウチの領主様が揉めてんだよ」


「揉めてる? ですか?」


「ま、詳しい話はよくわかってないんだがな。こっちの領から向こうに行商に行った奴らに重い関税がかけられたり、逆にこっちに来ようとしてるやつらが足止め喰らったり、そもそも商品を売ってくれなかったりで散々だって話だ」


 お店の方はそのまま背後を親指で指さして。


「ま、ウチの商会はその煽りを喰って閑古鳥が鳴いてるってわけさ。おかげさまでお偉方は方々に頭下げて金借りようとしてたり、新規ルートや新しい商品の開拓だのにてんやわんやで、留守番組の数人しか残ってないってわけ。おわかり?」


 こくんと頷いたところで、お店の人は笑って。


「と、いうわけだから、お姫様連れて早く帰んな。もしもウチのかしらが返ってきたら長いこと時間取られるぜ」


 そのすすめに素直に応じてぼく達は商会を後にしました。



♦♦♦


 そのままの足で市場までやって来たのですが、空気が最悪です。


 ルアナ様は先程のことがあって口数がめっきり少なくなってしまいましたし、こちらから突っ込んで聞くことはしませんでしたので当然と言えば当然なんですが……


 とにかくこちらのおもっ苦しい空気とは無縁の活気にあふれた市場と言うのは正直気がまぎれるというかとてもありがたいものでした。


 ぼく達は荷馬車に乗ったまま市場の間をゆったりと走り、この街の人が食料品や日用品を売り買いしている様子を見聞きしていました。


「あの……」


「はい?」


「さっきから買い物もせずにどうしてこうして市場を回っているので?」


「ええっと、普通に買い物をしている様子を盗み聞きして物価の様子を見ていたんです」


 その言葉にルアナ様はちょこんと首を傾げて。


「物価、ですか」


「ええ、最近、なんとかの値段が上がった、とか何が安い、とかそう言うのを聞きながらついでにどんな値段かを聞いていたんです」


「それは……どんな意味があるんで?」


「行商人からしたら、安いものを安い場所で買って、高く売れるところに持って行って売りさばくのが稼ぐ手段なので」


「ですが、今のライラさんは黒騎士様の従者なのでは?」


「ええ、ですから、こうして街中の様子と物価の動きを合わせてみることで少しでも黒騎士様のお役に立てればな、と」


「う~~~ん……」


 ぼくの言葉が分かりつらかったのか、ルアナ様は唸るようにして考え込まれてしまいました。


「え~っと、さっきまでの商会でぼくが見ていたのは何か覚えていますか?」


「両替のレート表と、魔石の買取価格ですか?」


 すぐさまパッと出てくるということはこちらのことをよく見られていたということなのでしょう。


「そうです。ぼくたち行商人は両替のレート見ると同時にギガスアントやゴブリンの魔石の買取価格を見るんです」


「両方ともどこにでもいる魔物ですね」


「ええ、そうです。どこにでもいる魔物だからこそ基準になるんです」


 ポンとルアナ様が手を叩きました。


「なるほど、その二種類ならばどこの街でも見られるから、どこの街でも大体同じくらいの価値になるわけですね?」


「そういうことです。その買取価格と両替のレート、そして、市場で買えるものの値段で大まかに物価が高いのか安いのか、何を仕入れれば得で、なにを売れば儲かるのかを見極めているわけです」


「なるほど、そういう仕組みでしたか」


「といっても、こんなのは流れの小規模な行商人がやる大雑把な方法なので大きな商会がやるのとはまた違うわけなんですけど」


「いやそうかもしれませんが、いい勉強になりました。物の見方と言うのは立場によって変わるものですねぇ」


 気を良くしたのか、ルアナ様は何度も頷きながら。


「それで、この街で商いをされるのですか?」


「ええ、ニース商会に幾つかの品を卸して故郷の商品をアピールしてこようかと思います」



♦♦♦



 ニース商会に商品を売ったお金でルアナ様とお食事をとったり、街中を案内してもらっていたらあっという間に夕刻になっていました。


「では、今日のところはこれで。宿の中からは出ないように」


 宿に着いたところで、ルアナ様が御者台から降りられて一言。


「あの!!」


 そのまま帰ろうとするルアナ様の背中にお声掛けをして呼び止めて、ぼくはあらかじめ用意していたものを手渡した。


「これは……」


 羽ペンとインク入れのセットです。


「今日のお礼です」


「いえしかし……」


 突っ返そうとするその手を取らないように後ろに下がってから。


「今日一日、ルアナ様のおかげで楽しく安心して過ごせたから……ダメですか?」


 そうやって念押しすると、ルアナ様はちょっとだけ迷ったようにセットとぼくとを見比べて。


「わかりました。ありがたく受け取らせていただきます」


 ペコリ、と頭を下げられてしまい、ぼくは大慌てで。


「いえいえ、そんな大層なモノでもないんで、本当に、そんなに気にせずに」


 両手を振りながらわたわたとしていたところを見たルアナ様がちょっぴり笑って。


「ありがとう」


 そう言ったルアナ様は騎士様というよりお姫様みたいでした。

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