第25話 グレンデル戦1
ボレアダイルと戦うときにはろくに使わなかった盾を構えて、俺はグレンデルの出方を待った。両手に刃物を持った二刀流のスタイルでこちらを睨みつけてくるグレンデルはのっしのっしと地面を踏みしめるようにして歩いてくる。その歩みは、遅い。
ならまずは機動力勝負、と俺は一気にボレアダイルの間合いまで踏み込んだ。その瞬間、俺の目の前に包丁の切っ先が付きつけてこられて、それをギリギリのところで躱す。そこに追いすがるように、反対の手に持っていた刃物が横薙ぎに飛んでくる。
それを思いっきりバックステップで距離を取って避ける。そのままグレンデルの間合いから離れて一息。
「なるほど、二刀流の腕はかなりの
歩みの遅さとは正反対だ。
ならば、と今度は盾を前面に押し出して間合いの中に飛び込む。今度は機動力だけで勝負せず、盾で相手の動きを捌くことを意識する。
グレンデルもこちらの考えを察したのか、まずは力任せに上段から叩き込んできた。が、俺はそれに付き合うつもりはない。横っとびで躱してその一撃から逃れると、こちらから剣を下段から振るう。
グレンデルも一歩足を大きく引くことで半身になってこちらの剣を躱し、そのまま飛び込んでくるように前に出た右手の剣で突きを入れてくる。
それを待ち構えていた盾で防いだところで、グレンデルの動きが止った。
好機!! とばかりに俺は剣を肩口から降り下ろそうとして。
「後ろへ下がれ!!!」
ヴィゴの叫びに従って攻撃を中断。すぐさまその場から飛び退いた。
同時、ヴィゴの放った弓が俺が先ほどまでいたところに突き立つ。
そこにいたのは大きなボレアダイルだった。
「……影から這い出てきていたのか!!」
そう、ボレアダイルの上半身がグレンデルの影からのっそりと生えているのだ。グレンデルがさっきまでいた場所から数歩下がるとその影の中に頭を矢に貫かれたボレアダイルの姿が沈んでいった。
「気をつけろ! どれだけの数を喚びだせるか見当もつかん!!」
ヴィゴの言葉に頷いて、俺はもう一度グレンデルを見据える。そしてすこしずつ回り込むようにして、ヤツの影と正反対の位置を取れるように西へ立ち位置を動かす。こちらの意図がわかっていないのかグレンデルは気にした素振りもなく俺を視界の中心に収めている。
その背からはボレアダイルが次々に出てきてはそのままヴィゴの方へと殺到している。
だが、それを見て気が付いたことがある。
ボレアダイルが湧き出て影から抜け出す間のわずかな時間、グレンデルは動かないのだ。それが召喚の条件なのか、それともそういう召喚と戦闘を同時にこなせないのか、それはわからない。
だが、それが分かれば対処のしようはある。
俺はもう一度、グレンデルへと挑みかかった。今度はこちらが間合いに踏み込むと同時にボレアダイルが足下からこちらへ向かい飛び出してくる。それを左右に両断したところに、グレンデルから右剣の横なぎと左剣の打ち下ろしが襲い掛かってくる。
それを盾を斜めに傾けて縁で受け、身体ごとひねることで弾く。その勢いをそのまま今度はこちらの剣を突きこむ。
その一撃を、グレンデルは左腕を盾代わりにして受けとめる。ぶ厚い鱗がガツンと割れた感触がしたけれど肉に届いた感じはない。その証拠に血も出ていなかった。
「ッチィ!!」
俺は手首と肘の返しだけでグレンデルの左肘、その内側に向かって剣を繰り出す。がグレンデルはそれを肘の曲げと肩の角度だけで避け切った。ならばともう一つ肩と肘を伸ばすことで脇の下目掛けて剣を突っ込む。
が体勢が悪かった。伸び切ったところを、右剣がこちらの肘を断ち切りに来た。それを今度はこちらが肘を曲げて身体ごと回すことでよけきり、そのまま盾をグレンデルにブチ当てた!!
「ゴオァ!?」
ちょっとはダメージになったのかグレンデルがたたらを踏んで後ろに下がろうとして、奇妙な体勢で動きが止った。
それで、ピンときた。
俺は盾をそのまま自分の身体の方に引き寄せると、俺の足元を狙ってボレアダイルが這いずってきた。
そいつの脳天に盾を叩き込んで動きを止めて、そのまま剣を振るって頭を刎ね飛ばす。
そのときにはもう、グレンデルは体勢を整えて構えなおしていた。
「なるほど、ああいう使い方もしてくるわけか」
囮として使ったり、態勢が崩れた時の支え代わりにしたりと、ボレアダイルの召喚の仕方を見るにグレンデルは思っていたよりも頭が良い。あれだけデカい図体をしているのに力押しじゃないということからもそのことがうかがえる。
ふう、と息を吐いて落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をする。呼吸と同時に気持ちも整えながら、グレンデルを見ると向こうは準備万全でこちらに飛び込んできた。
両の刃を横薙ぎに、挟み込むような形で繰り出してくるのを見た俺は、片方の刃を盾で受けて、もう片方の刃を剣で防いだ。と同時、グレンデルの大きな口がぱっくりと開き、こちらに噛みつこうとしてくる。
「クソ!!」
その一撃を屈んで避けてから。
「喰らえ!!」
足に溜まった力を解放するように、下あごへと蹴りをお見舞いしてやった。
「ゴオ、ォ、オ」
そこに大きな隙が生まれた。蹴りで頭が上向いて、急所である首筋が無防備にさらけ出されたのだ。
「オオォラアア!!!!」
そこに、俺は全力の一撃を叩き込んだ。斜め下から斬り上げるような一撃は見事に頑丈な鱗を割り、肉に喰いこみ血を吹きださせた。
「ゴ、オ、ッオオオオオォォォ!!!」
それでも致命傷には至らなかった。雄叫びと共にグレンデルはその場で大きく回転し、尻尾による薙ぎ払いが俺の胴体を捉えようとしていた。
何とかその前に盾を滑り込ませることが出来たが、威力と勢いを消しきることはできずに俺は大きく弾き飛ばされてしまった。
何とか背中から落ちるのを防いだ俺は上手く地面を転がって衝撃を殺し、急いで立ち上がった。
「ゴォオオォアアアアァ!!!!」
それが気に喰わなかったのか、グレンデルが首から血をぼたぼたと垂れ流しながら叫んだ。
「フシュウゥゥゥ」
そして小さく息を吐ききったかと思ったら、グレンデルは自らの手でグイっと血を拭った。そこから、新たに血は流れ出てこなかった。
「マジかよ……」
俺としては結構深く切りつけたつもりだったんだが、どうやらグレンデルからするとあの一撃は簡単に血が止まる程度の傷でしかなかったようだ。
グレンデルが一歩をこちらに踏み出す。左半身を前に、右半身を後ろに半身の姿勢をとって、左手に持った刃をこちらに向けて、右手に持った刃は肩口にかついだ。明らかに剣術の構えだ。
「はっ」
それに俺はちょっとだけ頭にきた。今になってようやくグレンデルが構えた、ということは今の今までは本気じゃなかったということだ。
流れ出る血でようやく本気になったとかそういう感じのやつなんだろう。つまり。
「さっきまで俺を舐めてた、ってことか」
これにはさすがの俺も腹が立った。舐められていたという事実にむかつくし、そんなヤツに全力で挑んでいるのに攻めあぐねている自分にも頭にくる。ついでに、本気をだしてるのが分かるようにアピールしてくるグレンデルには最っ高にトサカにきている。
「ぜっ!! たいに!! 後悔させてやる!!!」
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