黒騎士は名誉回復のため遍歴の旅に出た〜ハニトラに引っかかったバカ王子とその取り巻きのせいでヒドい目にあったけど周りの理解があるおかげでもっとメンドクサイ方向に…

不破 雷堂

第1章 裏切りの最年少騎士

第1話 裏切りの瞬間

「殿下!! 今!! ご自分が何を為されようとしているのか!! その意味をご理解しておられるのですか!!」


 あ~、やっちまった。どういう意味かっていうと、色んな意味でだ。


「何を言っている? 解っているに決まっているだろう。サー・ディルク」


 解っているなら何故、という言葉を紡ぐ前に、目の前のバカ王子はこれまた馬鹿みたいな大声で自分のやろうとしていることを宣言してくださった。


「我が仮初かりそめの婚約者として横暴な振舞いをし、我らが聖女を悲しませたベルタ公爵令嬢を弾劾する!!」


 あ~やっちゃった。でも、この問題発言はバカ王子のやらかしでカウントして良いだろう。俺のじゃないからセーフと言うことで。


 ちなみに自分のやっちゃったことの一つ目はここに至るまでこのバカ王子とその取巻きを止めれなかったこと。二つ目は、バカ王子に歯向かっていることだ。


 だが、マズい事態になった。朝、登校時間の真っ最中ということで今も辺りには寮から通学中の生徒たちが……つまるところ、貴族や有力者のご子息・ご息女や国中から集められた優秀な子弟子女がガッツリとこちらに注目している。


「何を馬鹿なことを仰っておられるか!! ベルタ様はただ、王子を始め婚約なされている皆様が、お相手を放ってそこな聖女様と仲良くされていることに懸念を表明されただけでは御座いませんか!?」


 ちなみに、俺はこのバカ王子の護衛としてこの学園に入学しているので、こうしてバカ王子に文句を言ってしまうと立場上、非常にマズいことになってしまうのだが……まあ、しょうがない。このままバカに馬鹿なことをされてしまうと王国中が大混乱だ。


 ちなみに、今現場は大混乱の真っただ中。なにせこの国の中枢ともいえる王子が下手したら一発内乱確定の大問題発言を投下してくださったからだ。


 あちらこちらからザワザワとした声が漏れ聞こえて、中には親元にいち早く連絡を取るために慌てて寮に駆け戻る生徒まで出始めた。


「懸念を表明されただけ、だと……?」


 怒りに満ちた表情で吐き捨てたのは王子の取巻き(本来なら側近と言うべきだけど一緒になって馬鹿なことをしようとしているから取巻きで十分)で北にある大森林地帯を治めてらっしゃるレプシウス辺境伯家の次男フリーデル公子。


「ふん、学の無い男には判らん話か……」


 そう言ってこちらを侮蔑の目で見るのは王子の取巻き二で財務大臣を務めるブラッカー宮中伯の嫡男ルディ公子。


「階級の上の者が!! 下の者に寄ってたかって懸念を表するなど!! 脅迫と変わらんだろう!!」


 今にも剣を抜きそうになっているのが取巻きその三。近衛騎士団中隊長、ヴァスマイヤー侯爵の三男マルセル公子。


 っつーか、それならこの状況も脅迫と変わらんのじゃないだろうか?


「今の今まで、こちらも事を大きく構えることは出来んと静観していたが……もはや堪忍袋の緒が切れた」


 後ろの方で眼鏡をクイっと挙げて鋭い目つきで睨んできたのが取巻きナンバー四。港湾都市を治めるイェッセル侯爵の嫡男、ヴィリー公子。


「みなさん、もういいんです……わたしが、わたしが皆さんと関わらなければ、もう……」


 と涙声で訴えているのがこの騒動の大本。聖女ヴィットーリア様だ。


「ああ、そのようなことを言わないでくれ、ヴィットーリア」


「心配する必要はない」


「そうだよ、君を煩わせる問題はすべて我らが解決する」


「だから安心しろ」


「もう君は泣かなくても良いんだ」


 王子が優し気な声で語り掛けると周囲の取巻き立ちも口々に浮ついた軽いセリフで思いっきり俺の心を白けさせてくれる。


 が、なんかあたりにいた女生徒の何人かの琴線にはヒットしたらしく羨ましがるような声がそこかしこから上がっている。理解できない。


「いい加減に頭を冷やしてください!! 殿下たちの言動一つで最悪内乱に陥る可能性もあるんですよ!?」


 ぶっちゃけた話、殿下たちの婚姻というのはほとんどが政略的に決められたものだ。前世として令和の日本で生きていた経験を持つ俺からしたら理解しがたいものではあるが、それでもその婚姻外交で何とか国内を纏めているところもあるのだ。


「殿下たちに恋をするな!! とか、愛を捨てろ!! とは申しておりません!! せめて穏便に……」


「ええい!! 五月蠅い!! 貴様、オレの護衛であるだろうに!! 言うに事欠いてその態度はなんだ!?」


 バカ王子が、爆発した。


「父やまわりに相談して、それでどうなるという!? 何も変わらぬ!! いや下手をすると状況はより悪くなる可能性だって高い!!」


 周りの連中も賛同するように頷いている。


「だからこそ!! 今!! ここで!! 一気呵成に事を進めねばならんのだ!! 政略婚なぞという古い価値観に縛られず新たな国体を形作らねばならんのだ!! 聖女とともに!!」


 そうだ、と口々に囃し立てる連中を見て、ため息を一つ。


「そんな上手くいくわきゃないでしょうが、そうなったらそうなったで、そこの聖女のバックにいる聖教国に良いように牛耳られるのが目に見えてます」


 いい加減、従者らしく護衛らしく振舞うのも面倒になってきて敬語や丁寧語が剥がれてきた。


「「「「「なにィ!!」」」」」


 この一言に怒ったのかマルセルは剣を抜き、残りの四人もそれぞれの武器に手を伸ばした。


「やめとけ、やめとけ、アンタたちじゃ俺には勝てませんよ」


 ギリっと歯ぎしりだけで身動きを取ろうとしないのはまだ冷静なところが残っていて実力差を理解わかっているからだろう。


 だから俺はわざと五人を挑発することにした。


「はぁ~しっかし、なっさけないねぇ。王国の王子に有力貴族の子弟がこんなにあっさりとハニートラップにひっかかってしまうだなんて……」


「貴様!! 聖女を愚弄するか!!」


 俺の一言で完全に火が点いたマルセルが一挙に距離を詰めて電光石火。上段、真っ向から俺を斬り下ろしにかかる。


 その剣を避けることなく、下からの掌底で剣の柄を握っている左手を打ち上げて剣の軌道を止めてやり、ついで前蹴りで後ろに、丁度バカ王子の目の前に蹴飛ばしてやる。


「ちょっと考えりゃわかるでしょうに、聖教国から留学してきた聖女様が何故か不思議なことに王国の有力子弟とばかりに仲を深めてるってんですから」


 ピッと風を切る音と共に矢が飛来するのを見て、軽く首を傾けて躱す。


「その汚らしい口をとじろ! 次は外さない!!」


 弓に矢を番えながら警告してくるフリーデルを軽く見て挑発するように手招きをしてやるとすぐに真っ赤になって矢を離した。


「ナメるな!!」


 今度は飛んできた矢を、そのまま綺麗に指で摘まんで止めてやる。


「なっ!!?」


 驚いた顔でコチラに再度弓を放ってくるので、さっき受け止めた弓を投げ返してやってちょうど王子の真横くらいで相打ちさせてやる。


「っく!?」


 ギンッと耳障りな音がして王子が苦悶の声を挙げると、フリーデルの手が止った。


「っつーか、あざとすぎでしょ。さっきの仕草もこれまでの行動も、絶対計算でやってんでしょ聖女様」


 これにキレたのかマルセルが立ち上がり、フリーデルが再度矢を取った。


「貴様!!」


「もはや捨て置けん!!」


 おんなじことをし直してやるのもいいか、と思ったがそれでは芸がない。ということで俺はつま先にあった小石を蹴飛ばして弓を持つ右手に当てて弾くと、低い姿勢で突っ込んできたマルセルの剣を避け、足を引っかけて盛大にスっ転ばせて茂みの中に突っ込ませてやった。


 すると眼前に炎が迫っていた。


 炎の向こうに見える眼鏡のキラメキ。ヴィリーの魔法だろう。上半身を丸々呑み込むような火勢に対して、俺は右手を軽く引き、腰を回転させながら拳を突き込み、風圧だけで魔法をかき消す。


「んな!??」


「では、これはどうです!?」


 驚愕に顔を歪めるヴィリーの声が前から、そして隙を伺っていたんだろうルディの声が後ろから挟み込むように聞こえてきた。


 左手に仕込んだ投げナイフをこちらに飛ばし、同時に自身は右手に握った短剣でこちらに突き込んでくる。


 が、せっかくの奇襲も声掛けで台無しなうえ、タイミングも狙いも甘すぎる。俺は回し蹴りですべてのナイフを蹴り上げるとそのまま踵落としを右肩に決めてやって、そのまま肩を踏んで跳ねた。


 着地したのは、バカ王子の真正面。最初よりもちょっとだけ近い位置だ。


「なるほど、これが貴様の真の実力ということかサー・ディルク。弱冠十五歳にして竜を倒したというのは嘘ではなさそうだな」


「ウソじゃないからこそ陛下から騎士号を授けられ、今の今まで殿下たちの護衛として勤めておりました」


 汗を浮かべながらこちらをみるバカ王子はどうやら現実を理解するのに精一杯の様だ。なにせ、こっちは学校の闘技授業の時間ではだいぶ手を抜きながら同年代の生徒たちに怪我をさせないようにそ~っとやっていたのだ。


 今見せたのも全力ではないとはいえ、授業の時に比べれば雲泥の差だ。


「どうだ、貴様もオレ達とともに聖女とこの国を変えてゆかないか?」


「お断りだ。そんな小悪魔聖女と一緒に国をまとめようだなんて正気の沙汰じゃない」


「オレを裏切るか!!?」


 すっと、俺は茂みから飛んできていた小枝を拾って王子に付きつける。


「もう殿下を口で止めるのは止めにしました。痛い目を見てもらってから、陛下の前に引きずり出すことにします」


「いいだろう」


 スッと鞘から剣を引き抜いて王子が構えた。


「だが、オレは! オレたちは負けない!! 聖女のためにも!!」


「「「「応!!」」」」

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