わたしたちは、狙われている(2)

 最初は、小さなしみだった。

 前の馬車が通ったあとの地面に、黒いしみがぽつり、ぽつりとできた。


 「おや?」


 御者が異変に気づいたとき、黒いしみは、すでに、地面にひかれた太い筋になっており


 「たいへんだ! 樽から、水が漏れているぞ!」


 声が上がった瞬間に


  バキッ! バキッ! バキッ!


 木材の砕ける音がひびき、キャラバンの馬車の、すべての水樽が破裂した。

 どっと貴重な水が流れ出し、馬車の周囲は、たちまちぬかるみとなる。

 なすすべもなく、あっというまに、キャラバンはほとんどの水を失った。


 「細工がしてある……馬車を走らせると、その振動で亀裂が広がり、樽が壊れるように……」


 砕けた樽を調べたところ、それが判明したのだ。


 「ふうむ……、昨日の、あの古代機械の仕業なのか?」

 「だとすると、お嬢さんの馬車に忍びこむ前に、細工をしてたってことだな」

 「まったく、気づかなかったな……うかつだった……」

 「どうするんですか? 水がなければ、この先、すすめません!」


 商人たちが動揺している。


 「いったん、引き返すか。それとも、ルートを少し外れるが、水のある場所にいくか。樽の修理も必要だが……」


 と、リベルタスさん。


 「いや、ひきかえすわけには……到着日程も遅れてしまいます」


 シュバルツさんが反対する。


 「となると、この先の水場を目指すことになるが」

 「いや、それは、やめた方がいいでしょう」


 とユウが言った。

 みんなの目が集まる。


 「なぜだ?」

 「たぶん、これは罠です。ぼくらを水場に行かせたいのです」

 「待ち伏せされるって言うのか?」

 「その可能性は高いと思います」

 「ふうむ……たしかにな」


 リベルタスさんが唸る。


 「でも、水がなければ進めないぞ。やはり、ひきかえすしかないか」

 「それは困りますよ。なんとかなりませんか」


 シュバルツさんが粘る。


 「なんとか、なりませんかと言われても、水だけはなあ……」

 「なんとかなりますよ」


 ユウがさらりといって


 「えっ?!」


 みんなが驚く。

 ユウはにこりとして、


 「だいじょうぶです。こちらには、女帝の後継者がいますから」


  えっ、


 あぜんとした。

 わたしになにができるって?

 それは、この世界には水魔法というものがあるけれど、こんな大人数のキャラバンが、王都にたどり着くまでに必要とする水を、ぜんぶ魔法でなんとかしようなんて無茶な話です。

 それができるくらいなら、「月下の黒豹」や「夜明けの誓い」の魔法使いの人が、とっくになんとかしてますよ。

 わたしが言葉につまっていると、ユウが、こっそりと


 「あのね、こういうことも想定して、に、水がいくらでも入れてあるから。ライラが魔法のふりをして、だせばいいんだよ」

 「いや、それはダメでしょ!」

 「でも、ぼくのいんふぃにてぃ・ぼっくすが、みんなにばれるよりマシだよ」

 「そ、そんなあ……」


 でも、たしかにそうかもしれない。ユウの異常な格納がばれるよりは、ルシア先生直伝の魔法ということにしておいた方が、まだいいのか……。

 問題は、また、わたしが誤解されると言うことだが。


 「おおっ?!」


 その場の全員が、期待のこもった目でわたしをみている。


 「できるのか?!」

 「ま、まあ、できないことはないです。……、特殊な魔法です」


 せめてもの抵抗で、言外に、わたしの魔法ではないという含みをこめたが、そんなことはだれも気がついてくれそうになかった。


 「すごいな、あんた、さすがは女帝の後継者だ!」

 「は、はあ……」

 「よし、まずは樽を修理しよう!」

 「ぜんぶ修理できなくても、必要な時に、そのつど水を出せるようですから安心してください」


 ユウが、しれっという。

 ちょっとユウさん、ひどくないですか。


 たしかに、水はいくらでも出てきた。

 もちろん、ユウのいんふぃにてぃ・ぼっくすから。


 「水の精霊が……ごにょごにょ……清浄な……ごにょごにょ……来れ!」


 修理した樽の上で、その場で考えた適当な詠唱を、なるべくなにをいっているか分からないように、むにゃむゃ唱えて、(だって、ほかのパーティの魔法使いの人が、食い入るようにみてるんだもん。詠唱を覚えて、再現されようとしたらマズい)ユウのいんふぃにてぃぼっくすを、さっとふれば、アラ不思議、だばだばと、きれいな水がいくらでも出てくる。


 「なんと! こんなことが、魔法でできるというのか? まさに規格外。さすがは、女帝の……」


 いや、もうしわけないですが、これは魔法ではありません。

 感嘆して見ている魔法使いの皆さん、ほんとうにごめんなさい。

 そうやって、樽をどんどんいっぱいにしていったが、だんだんめんどくさくなって来て、最後に、「暁の刃」のメンバーが、すみません、できたら、これにも入れてもらえませんかと革袋をさしだしたときには、つい、うっかり、「はい、どうぞ」と見せかけの呪文も唱えずに水を出してしまったのだ。


 「む、無詠唱?!」


 驚愕している彼らに、しまった! と思ったが、もう後の祭りである。


 「こんな、とんでもない魔法を、さらっと無詠唱で?!」


 あああ、また、へんな誤解が……。


 けっきょく、五分の一ほどの樽は修理不能で、分解されて材木として使われることになったが、必要な時に水が手に入るとわかり、みんなはほっとしたのだった。


 「よし、これで出発できそうだ」


 すると、ユウが、


 「ねえ、ライラ、ついでにもやっちゃったら?」


 という。


 「あれ? あれって、なんですか?」

 「だからさ、あれ。馬車にかけて、乗り心地をよくする魔法だよ」

 「おおっ?! そんな魔法があるのか?!」


 いや、そんな便利な魔法があれば、だれも苦労はしません。

 また、ユウが小声で、


 「ぼくが馬車に力を使うから、ライラはてきとうに……」

 「えーっ? もういやです」

 「でも、馬車、すごく乗り心地悪くて辛いでしょ。アーダも、毎日、あれじゃあ、かわいそうじゃない?」

 「それは、そうだけど……」

 「やっちゃえ、やっちゃえ」

 「もう、どうなっても知りませんよ、あたし」



 「みなさん」


 とユウが


 「いまから、ライラが、女帝直伝の魔法を使って、馬車の旅を快適にしますから」


 と宣言した。


 「おおおーっ?!」


 みんながどよめく。


 はあ…。


 もう、あとにはひけない。

 わたしはため息をつき、また、


 「風の精霊……むにゃむにゃ……翼に乗り……ごにょごにょ……回れ!」


 なにかいいかげんな詠唱のことばを唱えて、ユウがすべての馬車に力をおよぼし


 「ええっ? なんだこれ?!」

 「どうなってるの、ぜんぜんゆれないんだけど?」

 「まるで、船にのってるみたいだ……」

 「すげぇ、女帝の後継者、すげぇよ!」


 と、たいへんなことになってしまったのだ。

 当然ながら、このあと、シュバルツさんをはじめとする商人の方々から、うちと専属契約しませんかと何度も何度も誘われ、断るのにたいへん苦労する羽目になってしまった。

 そして、はっと気づいたのである。

 これって、騒がれる対象が、ユウからわたしにかわっただけのことなのだ。

 こうなるんだったら、別にユウの技だと正直に言っても同じことことだったんではないか、と。

 ひどい!

 ひどいよ。

 ユウのせいで、誤解されまくりだ。

 でも、アーダは、ちゃんとわかっていた。

 わたしに近よると、みんなに聞こえないように、


 「ライラ、わたしにはわかるよ。アンバランサーだよね。アンバランサーがなにかやってるんだよね?」


 そうささやき、目を輝かせるのだった。


 そのとき、とつぜん、ユウが、「むっ」と声を上げ、右手をのばすと、なにかをつかむ仕草をした。

 ユウがその手を引くと、その動きにつれ、なにか黒いものが、遥か上空から激しく回転しながら落ちてくる。

 体勢を立て直して逃げようとするが、ユウがそれを許さない。


 「ジーナ、あれを斬って!」

 「はいっ!」


 ジーナがイリニスティスの刃をひらめかせ、


  ガスッ!


 落ちてきた黒いものを真っ二つにした。

 黒いものは、ピーッと甲高い音を立てて、地面にぶつかり、動かなくなった。

 イリニスティスによる、鮮やかな切断面から煙が上がり、やがてそれは炎になった。


 「これです、昨夜、馬車にはいってきたのは!」


 アーダが叫んだ。


 「これは、古代機械によるだ。ぼくらの様子をずっと、監視していたんだな」


 ユウが言って、わたしたちは顔をみあわせたのだ。

 わたしたちは、やはり、なにものかによって狙われている……。


 その、なにものかによる猛攻撃が始まったのは、翌日のことだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る