わたしたちは、アンバランサーを観察する。

 アーダが、毛布にくるまったまま、ユウの言葉をひきついで、言った。


 「このかたがおっしゃるように、これは、古代文明の残した機械だと思います」

 「どうしてわかるんだい、お嬢さん」

 「前に、あるところで、よく似たものを見たことがあるので……」

 「ほう、なるほど。しかし、なんでこんなものが、ここにやってきたんだ? お嬢さんは見当がつくかね?」

 「それは……」


 アーダは口ごもって、しばらくためらっていたが、けっきょく


 「……わたくしにも、よくわからないです……すみません」


 と答えた。


 「考えられる可能性はいくつかあって」


 ユウが、かわりに、また話をはじめた。


 「ひとつは、あれが、自立した機械で、かってに動いている可能性」

 「自立した機械?」

 「人工の生き物みたいなものと思ってください。だれに命令されるでもなく、自分の目的で活動しているのです」

 「自分の目的とは?」

 「まあ、たとえば、餌を探したり、仲間をさがしたり、そういう感じですかね」

 「なるほど。そいつが、その、エサでも求めて、たまたま入りこんできた、と」

 「別の可能性としては、あれはだれかが操っているものかもしれない」

 「だれかって?」

 「わかりませんが、例えば、盗賊が、あれを操縦して、なにかを物色していた、とか」

 「盗賊か……」


 その言葉で、みんなの顔は厳しくなった。


 「うーむ、もしそっちの方だったとすると、これは容易ならんな」


 とリベルタスさんが、いかつい顎をこすりながら、いった。

 そんなようすも、なんとなくサバンさんと似ていたりする。


 「そんな、古代機械を操る連中となると、ただの盗賊とは言えんな……」

 「見張りの人数をふやしましょう」


 「夜明けの誓い」のリーダー、ヴァンさんが提案し、


 「そうだな、警備計画も練り直す必要がありそうだ……」

 「すみません……」


 アーダが、もうしわけなさそうに言った。


 「なにいってるのよ、そんなしおらしいの、あんたに似合わないわよ」


 とジーナが返す。


 「もっと、ばしっといきなさいよ!」

 「そういわれてもね……」


 アーダは苦笑した。




 「はい、ここがわたしたちの天幕。どうぞお入りください」


 わたしは天幕の入り口を広げた。


 「えんりょしないでね! ま、邪教のにおいがするかもしれないけどさあ」


 ジーナが言う。


 ジーナ、あんた、まだ根に持っているのか?


 「えっ? なんですかこれは?」


 アーダは、天幕の中をのぞいてびっくりしている。


 ……古代機械の襲来があったため、アーダをこれまでのように、一人で寝かせるのは危険だろうということになった。とはいえ、男ばかりの商人たちと一緒にするわけにもいかない。


 「なら、あたしたちのところに来なよ!」


 そうジーナが提案したのだった。

 アーダはためらっていたが(まあ、この間のいきさつを思うと無理もないけど)たしかに、その案がいちばん妥当だろうと、ほかのみんなも納得し、当面、アーダはわたしたちと一緒の天幕で寝泊まりすることになったのだ。

 アーダは、馬車に置いてあった荷物をひとつ抱えて、わたしたちについて来たのだった。

 ちなみに、ユウは、リベルタスさんたちとまだ打ち合わせ中で、しかもそのあと、見張りに立つ予定もあるため、いまここにはいない。


 「なんかたいへんに広いし…このってある布はいったい?」

 「ああ、それは、って言うのよ。こうやって寝るの」


 ジーナが、自分のハンモックに乗ってみせる。


 「きもちいいよ」


 アーダは、かなり苦労して、なんども落ちそうになりながら、ハンモックに登った。

 この子は、たぶんかなり不器用だ。

 ハンモックの上で、もぞもぞ体をうごかしていたが、


 「すごい! これ、ぜんぜんらく! 馬車でねるのと大違い!」


 きゅうに砕けた口調になった。

 よっぽど馬車生活が辛かったのであろう。


 「ねえ、あなたたちの土地には、こんな便利な寝床があるの?」

 「ちがうよ」


 とジーナ。


 「これは、ユウが作ったの。ユウは、わたしたちの知らないことをいろいろ知ってるから……」

 「そうだ! あの人! うわっと!」


 アーダは、ハンモックの上で体をおこそうとして、バランスをくずして、し、照れくさい顔をした。

 わたしたちは三人とも笑った。


 「あの人、ユウさんて、ほんとにアンバランサーなの?」

 「失礼ね! ユウさんは、正真正銘、どこに出しても恥ずかしくない、筋金入りのアンバランサーよ」


 ジーナが得意げに胸をはる。

 でも、ジーナ、そのセリフはなんかおかしいよ……。

 しかし、ジーナのおかしなセリフも気にせずに、


 「ああ、そうなんだぁ……! アンバランサーって、ほんとうにいるんだ……」


 アーダはそういって、目を輝かせた。


 「あなた、アンバランサーを知っているの?」


 おどろいて、わたしが聞くと


 「うん。お母様が、話してくれたの。お母様は、古い言い伝えとか研究してるから」

 「そっか! それであの古代機械のことも知ってたんだね」

 「うん……まあ、そういうことで」


 となぜか少し言い淀んで


 「それで、アンバランサーって、どんなふうなの? やっぱり、言い伝えみたいに、英雄で、すごくカッコ良くて……?」

 「「うーん……?」」


 わたしとジーナは、首をひねった。


 「ライラ、ユウって英雄?」

 「うーん、英雄っていえば、英雄みたいな?」

 「かっこいい?」

 「うーん、かっこいいといえば、かっこいいみたいな?」

 「ええ? なんかふたりともはっきりしないなあ。どうなの? ちがうの? どっちなの?!」

 「「うーん……そうだといえばそうだし……ちがうといえばちがうし……」」

 「ぜんぜん、わからないよ」

 「まあ、じっさいに、近くでみてれば、そのうちにわかるから」

 「そうそう、ユウはユウとしか、いいようがないんだ」

 「ふうん?」


 アーダは、あいかわらず、よくわからないという顔だ。

 そりゃそうだ。わたしたちだって、よくわからないよ。

 わかるのは、わたしたちは、ユウのことが、好きだってこと。



 翌朝。

 わたしたちが目を覚ますと、夜明けごろに帰ってきたのだろう、ユウが、ラグの上で丸くなって寝ていた。

 よく考えれば、そうなるよね。

 三つあるハンモックには、わたしたちが寝てるんだから。

 とりあえず床で寝るしかない。

 ちょっとかわいそうだったかな……。


 「この人が、ほんもののアンバランサー……」


 そういって、寝ているのをいいことに、アーダがじりじり近づいて、ユウを観察する。

 わたしたちも、いっしょに近づき、すやすやと寝ているユウの顔を、わたしたち三人は、じっと眺めていたのだ。

 おかしな気配に気づいて、目を開けたユウが


 「うわっ!」


 驚いて起き上がった。


 「ど、どうしたの、みんな? アーダまで……。なんで、みんなでぼくの顔みてるの」

 「「「えへへ……まあね……」」」


 三人で、笑ってごまかしたのだった。

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