わたしたちは、たくさんの荷物を隠し持つ。

 「それでは、行ってきます」


 王都にでかけるわたしたちを、ルシア先生と孤児院のみんなが見送る。


 「鍛冶師のマクスウェルさんは、なんというか、気難しい人だけど、わたしの名前を出せば……」


 ルシア先生がユウに話している。


 「うん、わかった」


 ユウはいつものように答えている。


 「ほんとうは、わたしも行けるといいのだけれど、あまり長くここを離れるのはね……」


 申しわけなさそうに、ルシア先生が言う。


 「それに、わたしがいくと、あっちでいろいろと面倒なことになりそうなので」


 それはそうだ。伝説の大魔導師「麗しの雷の女帝」が、その魔力を取り戻して復活、婚約者を連れて王都を訪れた、なんていったら、たいへんな大さわぎになるのは目に見えている。


 「だいじょうぶだよ、心配しないで」


 ユウはやさしくいい、ルシア先生がほほ笑む。


 (「いいねえ、また中継か?」という声がどこか遠くの方で聞こえたような気がしたが、気のせい。

   これは、気のせいに違いありません)


 「ワクワクするねえ、王都。どんなところかなあ。おいしいもの、いっぱいあるかなあ」


 ジーナは、そんなことをつぶやきながら、目を輝かせている。

 ジーナのつぶやきを、耳ざとく聞きつけたルシア先生が


 「ジーナ、あくまでこれは修行ですからね。物見遊山はだめよ」


 と釘を刺すのだった。




 集合場所であるギルドの前には、幌馬車をはじめ、キャラバン隊が集結し、出発を待っていた。


 「おっ、来たね」


 わたしたちを見て、リベルタスさんが笑顔で声をかけた。


 「でも、荷物が少ないけど、いいのかい? 多少多くても、馬車にのせられるよ」


 いい人なのだ。


 「あー、それは大丈夫です。なんてったって、こちらには」

 「待った、ジーナ!」


 わたしは、ユウの力について、得意げに説明を始めようとするジーナをあわてて止めた。


 「ジーナ、だから、アレはだめなんだって」

 「あっ、そうだったそうだった」


 あわてて口に手をやるジーナ。

 かえって怪しい。


 「?」


 いぶかし気な顔をするリベルタスさんに


 「大丈夫です、わたし、いろいろ、ルシア先生譲りの技を使いますので……」


 と、適当なことを言って、ごまかす。


 「ふうん?」


 冒険者の間には、よほど必要に迫られる状況でなければ、それぞれの技や魔法について細かく詮索しないという不文律があるから、技とか魔法とかいっておけば、なんとかなる。(自分たちの持っているスキルや魔法について教えることは、いわば手の内をさらすことになるので、おたがい、あまりその辺にはふれないようにするのだ)


 「あとは、『暁の刃』の連中だけか……おっ、来た来た。だが、ありゃあ、なんというか……」


 リベルタスさんが、呆れた声を出した。

 最後にやってきた、例の四人組は、たいへんなことになっていた。

 最後になるのも無理はない。

 とにかく、持ち物が多いのだ。

 全員が、山のような装備を背負って、汗だくになり、ふらふらとやってくる。

 出発を前に、すでに、足取りもおぼつかない様子だ。


 「おいおい、お前たち、荷物が多すぎないか?」

 「いえ、なにかあったらいけないので、万一を考えて準備万端にしてきました! 俺ら、こういうの初めてなんで!」

 「準備がいいのはいいことだけど、それにしてもなあ……」


 「あの…」


 わたしはリベルタスさんに


 「わたしたちの荷物はごらんのとおり、ほとんどありませんので、その空きを、あの人たちに融通してあげてください」

 「おぅ、そうか。助かるよ」


 とリベルタスさんは破顔して言った。


 「ありがとう、ほんとうにありがとう。こんな、俺たちなんかのために」


 「暁の刃」のリーダー、アーネストも、殊勝に、わたしたちに頭を下げる。


 いや……そんなにありがたがられても……。


 なにかもうしわけない気持ちになるばかりである。

 ユウののために気づかれないだけで、本当はわたしたちの荷物もあれくらい、いやあれ以上あるのは秘密だ。


 幌馬車に、「暁の刃」の大荷物もぶじに積みこまれ、


 「さあ、それでは、王都目指して、しゅっぱーつ!」


 馬たちがいななき、キャラバンは動き出したのだった。


 先頭から、幌馬車三台、人の乗る馬車二台、幌馬車三台という配置である。

 護衛の配置としては、先頭の幌馬車に、リーダーである「月下の黒豹」がついて前方を見張り、しんがりの幌馬車で「夜明けの誓い」が後方を警戒する。わたしたち「雷の女帝のしもべ」は三台目の幌馬車、、そして「暁の刃」が、四台目の幌馬車に付く。

 商人たちとアーダを乗せた二台の馬車が、わたしたちの幌馬車の後ろ、「暁の刃」の幌馬車の前にはさまれるかたちになるから、この二台の馬車になにかあれば、その前後にいるわたしたちがすぐに対応する手筈だ。


 わたしたちは、交代で、御者の隣に座り、警戒を続けた。

 最初の一日は、何事もなくすぎた。

 でこぼこの道を、ただただ進む一日であった。


 「よし、今日はここで野営するぞ」


 一日の終わり、馬車が止まり、リベルタスさんがそう告げた。

 街道脇の大きな岩の陰である。

 あたりには、潅木がぽつりぽつりと生えている。

 街道をゆく人たちは、よくこの場所を利用するのだろう。

 火を焚いた跡もあった。

 馬は引綱を外され、木につながれる。

 人々は、馬車から降りて、野営の準備を始める。


 わたしたちの後ろの馬車の扉が、バタンと開いた。

 真っ青な顔をして降りてきたのは、神官見習いの少女アーダである。

 ふらふらと歩き、草の上にへたりこんだ。

 今にも吐きそうな顔をしている。


 「かわいそうに、あの子、乗り物に弱いんだね……」


 それを見て、ジーナが言った。


 「それなのに、これまで、よくがんばったじゃん」


 確かに、がたがたと前後左右に揺れる馬車は、座席が備え付けられているといっても、けっして乗り心地が良いとは言えない。

 一日ゆられていたら、ああなる方が普通といえる。

 まあ、わたしたちは、ルシア先生に連れられていったダンジョンで、さんざんユウので鍛えられている。

 なんと、それがこんなところで役に立ったわけだ。


 「気の毒だから、ちょっと、なんとかしてあげようかな」


 ユウがそう言って、離れたまま、こっそりアーダの生命の渦を調整した。

 アーダは、びくっと顔を上げ、不思議そうな顔をしていたが、遠くから様子をうかがっていたわたしたちに気づき、すっくと立ち上がる。

 ずかずか歩いてくるその足取りには、先ほどまでの馬車酔いの気配はどこにもない。


 「あなた!」


 と言って、ユウを睨む。


 「わたくしに、なにかなさいましたね!」


 意外に勘が鋭い。


 「ええと……」

 「なにをしましたの? 邪教の技ですの?」


 するどく問い詰めてくる。


 「あんたねえ!」


 とジーナが、怒っていう。


 「あんた、つべこべいう前に、感謝しなさいよ! 馬車酔い、なくなったんでしょ!」


 指摘されて、アーダが、うっとつまる。


 「あんたがつらそうだったから、ユウさんが、アンバランサーの技をつかってくれたんじゃないの!」

 「あ……?」

 「そうよ! あんたには、なんのことかわからないかもしれないけど、ユウは、アンバランサーなんだから」

 「アンバランサー? ……アンバランサーが……こんなところに? まさか……」


 アーダは、驚いた顔をした。そして、妙に大人しくなり、動揺した顔のまま馬車にもどっていった。


 「あんたが、ユウはアンバランサーだって言ったら、あの子、びっくりしてたね」


 わたしはジーナに言った。


 「あの子、アンバランサーのこと、なにか知ってるのかなあ」

 「でもさ、打ち合わせのとき、サバンさんがちゃんと、ユウはアンバランサーって紹介したじゃん。

  よく聞いてなかったのかな。あれで、けっこう、うかつ?」


 まあ、あのとき、たしかアーダは後ろのほう、だいぶ離れたところに人を避けるようにポツリと立っていたし、みんなはサバンさんの「女帝の後継者」というとんでもない言葉でざわざわしていたから、そのあとで、サバンさんがむにゃむにゃいったユウの紹介を聞き損ねても無理はないけど。でも、話をきいてなかったとしても、あのとき、ユウのところにやってきて、ばしっと言った勢いはすごかった。ひょっとして、実はジーナに似た性格だったりしてね。


 「まあ、ともかく、馬車酔いは治ったようで良かった。じゃあ、ぼくらも、野営の準備をしようか」


 とユウが言った。

 あたりをみると、冒険者パーティは、それぞれ自前で天幕を張り、寝場所を作っている。

 ユウは、一応、他人からみえづらい場所に移動し、


 「よいしょっと」


 小さなお子様かばんから、長い支柱や、天幕本体、床に敷くラグなどを、ずるずると引き出す。

 手早く組み立てて、あっという間にわたしたちの天幕ができあがりである。

 天幕はけっこう大きくて、わたしたち三人には広すぎるほどだ。

 内部には、広々とした空間を利用して、ユウの考案した寝具が三つ、設置されている。

 それぞれが、四本の支柱に、ロープで丈夫な布をゆとりを持たせて張ってあり、その布の上に寝ると、地面から浮かんだ形になる。地上の虫などに対しても安全で、寝心地もたいへん良い。


 「うーん、こういうところで夜をすごすのもいいもんだねえ」


 ジーナは呑気に喜んでいる。


 「うん、これはっていうんだけどね」


 とユウが、また意味不明な名前を言う。

 どうも、そんなわたしたちの設営の様子を、「暁の刃」の連中が、こっそりのぞき見ていたようだ。


 「おい、見たか? あの小さなかばんから……なんであんなに物が?」


 あぜんとした顔で、ひそひそ語り合っている。


 「どうしてあんな長い支柱がでてくるんだよ」

 「ひょっとして、あれは伝説の収納魔法なの?」

 「さすが、女帝の後継者、すげぇよ……」


 なんだか、ひどく誤解されている……。


 これは、わたしの魔法ではないのですが。

 そもそも、あれこれバッグから引っ張り出していたのは、ユウでしょう。


 しかし、この後も、わたしは、サバンさんの「雷の女帝の後継者」という不用意な一言のために、さんざん誤解される羽目になるのです……。

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