その人は、エルフを見送り、南の国に旅立つ。
「もうすぐ、この先だよ」
わたしとジーナ、ユウの「雷の女帝のしもべ」は、ダミニさんの案内で、ダンジョンの近くの森の中を進んでいた。
なぜこんなことになったかというと……
「では、行ってまいります」
と、エルフの正装をしたルシア先生が、言った。
はじめて見る正装のルシア先生の姿は、凛として美しい。
後ろにはメイガス魔導師がひかえている。
孤児院の院長先生の部屋である。
ルシア先生は、メイガスとともに、これから転移魔法を繰り返してエルフの里に向かうのである。
わたしたち「雷の女帝のしもべ」もいっしょに——というふうにはならなかった。
「エルフの里は排他的だ。いきなりエルフ族でないものが行っても、簡単には入れてはもらえないだろう」ということなのだ。
まあ、ユウの力なら強引に里に入っていってしまうことも可能だとは思うけど、これからエルフ族を説得するという仕事が待っているのに、わざわざ事を荒立てる必要はないだろう。
それで、まずルシア先生とメイガス魔導師が先に行って、長老たちを説得、環境がととのったところで、ユウが
(そして可能ならわたしとジーナも)エルフの里を訪れるという段取りになった。
「大丈夫かなあ、ルシア先生、あっちで、なんか危ない目にあいませんか?」
わたしは心配で、ルシア先生にきいた。
ルシア先生はにこりとして
「大丈夫よ、そもそもわたしの生まれ故郷なんだもの。知り合いもおおぜいいるし、勝手はわかっているわ。メイガス先生も協力してくださるそうだし。それに」
ユウと目をあわせ
「危なくなったら、ユウさんが、わたしをきっと助けてくれると思うの」
ほらほら、おかしいですよ、ルシア先生。
わたしはそう主張したい。
「ルシアさん、でも、けっして、むりはしないでくださいね」
と、ユウはいつになくまじめな顔でいい
「はい、わかっています。必要な時は、あなたに事告げ鳥を送ります。ユウさんがどこにいようと、あなたの持っているクリスに向かって鳥は飛んでいきます」
と、ルシア先生が答えた。
どうも、二人のセリフがどれもこれも、なんだか
ユウは、ルシア先生の手にそっとふれた。
「ルシアさん、その時は、なにがあっても、ぼくが必ず助けに行きますから」
うーん、まあ、うーん、それは、ふくざつだけど、まあ、状況が状況だから、まあ、このセリフは許すとしますか……。ね?
「ありがとう、ユウさん。それでは、がんばってきます……」
魔法陣が光り、ルシア先生と魔導師の姿が消えた。
「行っちゃった……」
ジーナがつぶやいた。
「ルシア先生はああいっていたけど、大丈夫かなあ。もし、向こうで——」
「
ジーナが心配するわたしの言葉をさえぎった。
「ライラ、あんた、もうアンデッドのときのこと、忘れちゃったの?」
「えっ?」
「あんたがよけいな事言うから、アンデッドがうじゃうじゃ出てきちゃったじゃないの! ダメなんだって、こういうときに、そういうこと言うのは」
「うん、ライラはあんまりふらぐを立てないようにしようね」
ユウが言うが、なにをいっているのか、あいかわらず良くわからない。
ふらぐって、そもそもなに?
しかし、後々になって思い返してみると、ジーナの制止もむなしく、このときすでに「ふらぐ」なるものは、盛大に立ってしまっていたようなのだ。
さて、その後で。
ルシア先生を見送ったわたしたちのところに、ギルドから指名の依頼がきた。
その内容はというと
「南の神殿に、ガネーシャ様の護りを持ちかえる道中の護衛を、『雷の女帝のしもべ』に頼みたい」
というものだった。
もちろん依頼主は、ダミニさんである。
「えーっ南の神殿?」
話をきいてわたしたちはびっくりした。
なにしろ、南の国は遠いのだ。
ふつうに旅をしたら、何カ月もかかるほどの距離なのだった。
わたしたちはとてもそんな長い間、ここを留守にするわけにはいかない。
「心配ないよ、特別な手段があって。それを使えば、五日以内に着くんだよ」
とダミニさんが説明する。
「それ、ほんとなの? いくらなんでも……南の国まで五日? そんな話、いちども聞いたことないけど。それに、もしそんなことができるなら、南の人がこの町にも、もっとたくさん来てるんじゃないの?」
と、めずらしく
「まあ、失礼なことをいう子だねえ、ガネーシャ様のしもべは、嘘はつかないよ」
心外だ、という顔をした後で、ダミニさんは、にやりと笑い、
「それにねえ、ユウ、実はわたしたちのところには、あんたが「米」と呼んでいるものがあるんだよ」
「えっ!」
ユウが声を上げた。
「おこめ? お米があるんですか?」
「うむ。まあ、あんたの食べ慣れてるやぽにかではなくて、いんでぃか
「いや、それでもすごい。そうかー、お米あるのかあ!」
「なんなの、そのおこめって」
「うん、まあ、ぼくらの世界での主食だな」
「うわー、すごいすごい。お米かあ!」
「ジーナ、あんたまた、わけもわからずにいってるでしょ?」
「でもライラ、主食だよ! てことは、毎日たべるんだよ! それって、毎日食べるくらい、ぜったいおいしいんじゃないの?」
「うん……ぼくにとっては、とても。食べたいね」
「ホラね!」
腰に両手をやり、なぜか勝ち誇るジーナ。
いや、なぜそんなに胸をはれるのかがわからない。
ジーナはたいへん乗り気になり、ユウもお米につられてしまい……
とうとう、ダミニさんの言う移動手段が使えるなら、依頼を受けようという話になったのだ。
「それで、その移動手段って、何なんですか?」
わたしは聞いた。
「南の国の魔法か何かですか?」
「正確に言うと、南の国のものではないね」
「?」
「そして、魔法でもない。……まあ、一種の技術のようなものかねぇ」
さっぱりわからない。
ダミニさんによると、それは、あのダンジョンの近くにあるのだという。
「なんだろう、じどうしゃ? いや、でも、ここには道路がないな。ということは、ひこうきかなにかかな?」
またユウがよくわからないことを言っている。
お米の話と、移動手段の謎に気を取られていたわたしたちは、そもそも、なぜこの旅に護衛が必要なのか? といういちばん根本の問題を、すっかり忘れていた。
よく考えてみれば、ダミニさんには、あの魔犬と、屈強な三人の戦士がついているではないか。
ふつうの護衛なら、それだけで十分だろう。それでもなお、護衛を雇うということは、これだけの戦力でも足りない脅威が想定されるということか、もしくは、わたしたちを連れていくことには護衛要員以外の、別の目的がある、ということのどちらかだ。
どちらにしても無視していいような話ではないのだけれど、わたしたちはまったくそのことに気づかなかったのだった。
わたしたちは、必要な日数分の用意をすると、ダミニさんとともに出発した。
そして、ダミニさんの案内で、森の奥に分け入っていったのだ。
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