その人の力で、ジーナが飛翔する。

 「さあ、どんどん進みましょう」


 ルシア先生は、ようしゃなくわたしたちを先に進ませる。


 「はいっ!!」


 ジーナはつねに元気だ。


 「あっ、あそこ!」


 しばらく進んだところで、ジーナが声をあげた。

 そちらをみると、だいぶ離れたところの水面で、白いものがばちゃばちゃと水飛沫をあげている。がばっと水に沈み、また浮かび上がり、じたばたして、必死になっているようにみえる。


 「だれか、溺れてる? それとも、襲われてる? とにかく助けなきゃ!」


 飛び出そうとするジーナを


 「待って、ジーナ!」


 あわてて、おしとどめる。


 「何言ってるのライラ、早く助けに行かないと!」


 言い返すジーナに


 「ジーナ、よく見て、あれ、なんか変よ」


 そうなのだ。

 一見すると、それは白い服をきた人のように見えるのだが、よく目を凝らすと、人間の顔も手も足ももたない、白いひらひらでしかないようだ。それが、いかにも溺れている人を装って、水面を出たり入ったりしている。

 そのうちに、まるで水中からひっぱられたように、波を立てて水面を移動した。


 「タスケテー……タスケテー」


 そいつは声を発したが、その声にはなんの感情もこもってなくて、抑揚もおかしく、まるでただその音をまねただけのような……あやしさ爆発である。


「つまり、あれは、おとりだな。逆?」


 またユウがわからないことをいうが、いつものことだ。

 とにかく、あれに誘われたら最後、相手の思う壺ということだけは確かだ。


 「はあー、あぶない、あぶない」


 と頭をかくジーナに、


 「ジーナ、あんたはとにかく、動く前に頭を使おうよ」


 わたしは呆れていった。


 「うん、よくみたら、あまりにあからさまだよね。少し気をつければ、あんなの、ひっかからないよ」


 と、ジーナが言ったとたん、


 「大丈夫かー?!」

 「今、助けてやるぞー!!」

 「それまでがんばれー!」


 という声がした。

 聞き覚えのある声だった。


 「あっ、また、あいつらじゃん!」


 そうなのだ。

 例の、四人組パーティが、別方向の渡り通路を、ひらひらに近づこうと走っていた。

 助けに行くつもりのようだ。


 「ちょっと、あんたたちー!」


 ジーナが叫んだ。


 「いったらだめ! それ、罠だよー!!」


 しかし、彼らには伝わらないようだ。


 「お前ら、なんで助けてやらないんだよ! 人の心がないのか?!」


 ジーナが再度忠告する。


 「だから、よく見なよ! ホラ、おかしいでしょ!」


 だが、彼らは、溺れている人(と彼らが思っているモノ)を助けることで頭がいっぱいなのだろう。


 「そんなこといってる場合じゃないだろ!」

 「急げ! アーネスト、手遅れになる!」

 「了解だ!」

 「エミリア、魔法の準備だ!」

 「うん!」


 「もう! なんであんたらそんなに短絡的なのよ! バカなの?!」


 ジーナが怒鳴るが、ジーナ、あんたにそれをいう資格はないと思うよ。


 「タスケテー」


 かっこうの獲物とみたか、ひらひらの動きが激しくなる。


 「いまいくぞー!」


 わたしたちの忠告を無視し、彼らがその白いひらひらに接近したところで、


  ガバッ!


 彼らを囲い込むように、水面から、飛沫をとばしながら、紫色のぐねぐねした柱が何本も突きあがった。

 計八本のぐねぐねは、その先端に、これもくねくね蠢く無数の触手をつけている。


  ガバッ!


 白いひらひらも水面からとびだした。

 白いひらひらは、やはり、途中から紫色のグネグネしたものにかわっている。そして、その色が変わるあたりに、虹彩が縦に割れた、赤銅色の目玉がついていた。

 もう一本の白いひらひらも、反対側の水面から突き出してきて、そちらにも赤銅色の目玉がついており、きょろりと動いた。

 ふたつの赤銅色の目玉の視線が、四人組にぴたりと固定された。

 まったく感情のこもらないその視線が、彼らをエサとしてしか見ていないことを如実に表している。


 「ヒィイイイイ!」


 包囲され、退路をたたれた四人組パーティが悲鳴を上げた。


 「あーあ、だから言ったのに……ダンジョンではね、慎重さが必要なんだよ」

 「だから、あんたが言うなって!」


 「なるほど、合計十本の腕。タコと言うよりイカ。つまり」

 「クラーケンね」


 ユウとルシア先生が解説する。

 クラーケンは、体長が数十メイグにも達する、巨大な烏賊の魔物である。

 貿易船をおそって沈め、人を食べる凶暴な怪物だ。

 本来は海にいるはずだ。

 まあ、ここはダンジョンだから、なにがでてきてもおかしくはないのだけど。


 「あの人たち、クラーケンと戦えるんでしょうか?」

 「うーん、アンデッドのときの様子からいって、たぶん、無理かなあ。

  剣士たちの物理攻撃もたいしたことないし、魔法使いの女の子も、そう強力な魔法は持ってなさそうだったしね」


 そのとおりだった。


 「この、この!」

 「くそっ、ぬめぬめして刃が通らない!」

 「槍がすべるぅー」

 「炎よ来れ!」


 四人は必死で抵抗するが、剣は触手に傷をつけることもほとんどできず、魔法使いの炎も、クラーケンのからだを覆う粘膜にあたって、ジュッと音を立てて消えてしまう。


 「この場合、本体を攻撃しないとどうにもならないのだけれど……あの子たちには、それも無理でしょうねえ……」


 と、ルシア先生。

 とうとう、四人とも触手に巻きつかれ、水中に引きずり込まれようとしている。


 「た、たすけてー!」

 「ひぃいいいいいい!」


 「しょうがないなあ、ライラ、魔法の用意。ジーナは、イリニスティスを構えて」


 ルシア先生がわたしたちにいい、


 「「はいっ!」」

 「じゃあ、やるよー」


 ユウが緊張感なく言った。


 水面がボコボコと泡立ち、ボゴン! と爆発するように水が飛び散った。


 「で、でかいー!』


 体長30メイグはあろうかという、クラーケンの体が、水をまきちらしながら浮上し、空中にうかびあがった。イカのような紫色の本体のあちこちが、めまぐるしく色をかえ、真っ赤になったり、真っ青になったり、それが、ユウの力によって無理やり水から引きずり出された、クラーケンの怒りの感情を表しているのかもしれない。

 足の付け根、口の部分には、人間よりも大きな、黒々とした黒曜石のような鋭い嘴があり、がちがちと噛み合わされている。あれに噛まれたら一巻の終わりである。


 「おっ、あれはいわゆる、。珍味だよね」


 ユウがわけのわからないセリフを連発だ。


 「ひぃーー」


 クラーケンがじたばた触手をうごかすたびに、ふりまわされた四人が悲鳴を上げる。


 「行きなさい、ジーナ!」


 ユウの力で、ジーナがびゅんと飛び上がり、クラーケンまで一気に飛翔すると、


 「たぁーっ!」


 回転しながら、イリニスティスを四度、閃かせる。

 四人を捕らえていた腕が、みな、一太刀ですぱりと切り落とされ、四人は自由になって水面に落下した。


 「ライラ、やりなさい!」


 「風と火が二重星のようにお互いをめぐり熱の渦を発す、炎のかまど!」


 わたしの呪文詠唱により、回転する炎の円盤が、クラーケンの下から出現し、放射する激しい熱によって、もだえるクラーケンをこんがりと焼き上げていく。じゅうじゅうと音がし、あたりには焼きイカの匂いが充満する。


 やがて、クラーケンは、赤く焼けて息絶えた。


 「ふう、やった……」


 と、わたしが息を吐くと、ルシア先生がしみじみと、


 「うーん、ライラの魔法は、さっきの沼人の煮込みといい、いつも美味しい匂いをかもしだすわねえ……」


 そして、思いついたように手をぽんと打って、


 「あっ、そうだ、今日は帰ったら、晩ご飯は海鮮?」

 「やめてください、ルシア先生」



 四人組を水から引き揚げ、わたしたちはダンジョン第三層と二層をつなぐ階段のところにもどった。

 四人組は息も絶え絶えだ。


 「まだまだ、先まで行こうと思ったのだけれど……この子たちを、このままにするわけにもいかないわね……。しかたないわね、今日は、このへんでもどりましょうか」


 残念そうにルシア先生が言う。


 「でも、あなたたち、その戦力でよくここまで降りてこられたわねえ」


 地面にへたりこんでいるリーダーが


 「いや……、なぜだか、ほとんど魔物がでてこないもんだから……すいすい先にすすめちゃって……」


 それってたぶん、わたしたちのせいだと思う。

 わたしたちが『ヘイト』で魔物をかき集めて、殲滅しちゃってるからだよね。


 「あなたたち、これからは、もう少し、慎重にね」


 とルシア先生はいい


 「さて、じゃあさっさと帰りましょう。めんどうだから、ユウさん、帰りもあれやって」

 「はいはい、わかりました」

 「「ええーっ? またあれ??」」


 わたしとジーナは、げんなりして叫んだ。


 「あれって?」


 何も知らない四人組は、ぽかんとしている。

 知らないと言うのは平和なことだ。

 しかし、かれらもすぐに地獄をみて、ダンジョンを出たところで


 「「「「うぇええええええ!!」」」」


 盛大に嘔吐するはめになるのだった。


 (もちろん、わたしとジーナも例外ではない)

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