ジーナが、魔剣を振りかざし、その人に斬りつけた!

 「ふっふっふ、これが、レイスのお宝……」


 ジーナが不気味に笑っている。

 その目の前にあるのは、刀だ。

 シャムシール(半月刀)と呼ばれる、刀身のわずかに曲がった片刃の刀である。

 今、シャムシールは、黒いさやにおさめられてる。さやには、赤い象嵌がされており、なんだか禍々まがまがしい雰囲気がただよっていた。

 それはそうだろう。

 なにしろ、あのレイスが最後まで身に着けていたしろものだ。

 わたしには、まともなものだとはとうてい思えないのだが……。

 しかし、ジーナは、気にするそぶりがない。

 レイスを倒した後に残った、さまざまなアイテムは、ほとんどギルドに引き取ってもらった。

 しかし、この刀だけは、ジーナが手放さなかったのだ。

 いかにも曰くありそうなその危ない刀を


 「これはあたしのものにします!」


 そう宣言するジーナに


 「ジーナ、いいの、ほんとに。それなんかマズいやつじゃあ……」


 忠告したが、


 「ダメ! これはあたしのもの!!」


 かたくなに言い張ってきかなかった。


 (ジーナを止めて……)


 そういう目で、わたしはユウをみたのだけれど、ユウはいつもどおり、にこにこしてジーナをみているだけだ。


 (あ、止めないんだ……)


 まあ、ユウが止めないなら、大丈夫なのかもしれない。

 そんなとんでもないものではないのかも。

 そう考えて、わたしは自分を納得させたのだ。

 そして、その刀は、今、ジーナの前にある。

 孤児院の庭で、二人で刀(ジーナに言わせれば、お宝)を検分しているのだ。


 「うーん、この鞘もかっこいいね。ほれぼれするねえ……」


 そうなのか?

 あの象嵌された赤いぐねぐねした模様、不気味なだけではないのか?


 「よし、抜いてみるか!」


 そうつぶやき、左手でさやをつかんで刀をもちあげると、右手を柄に。

 柄頭は赤い宝玉のようなもので終わっている。宝玉には、なにかの彫刻がされている。

 ジーナは、すらり、と刀をぬき、目の前にかざした。

 いかにも切れ味のよさそうな鋭い刃が現れる。


 「うん、いい刀だ。この刃のきらめき……これは」


 徐々に湾曲するその刀身は、たしかに美しくきらめき、いかにも業物わざものである。


 「よく鍛えられていて、……大勢の敵を、たやすく斬り殺せそうだ」


 刀身を憑かれたように見つめながら、ジーナがぶっそうなことを言い始めた。


 「ちょっと、ちょっとジーナ」


 「返り血をあびてこそ、この刀はもっと、もっと、美しくなる……」


 そして、にやりと笑った。

 だめだ。

 なんか、ジーナがおかしくなってる。

 だから、いったじゃないの!!

 この刀、明らかに呪われてるよ?!


 「ライラ」


 ジーナがわたしをじっとみた。

 その目が黄金色に光り、瞳孔が全開になっている。

 左手をさやからはなした。

 からん、とさやが地面に落ちる。


 「ど、どうしたの」

 「悪いけど、ちょっと試させて」


 はなした左手を右手にそえて、


 「えっ? えっ?」


 大きく刀をふりかぶり、


 「でぇええええぃっ!!」


 わたしめがけて、躊躇なく振り下ろす!


 「ひぇーっ!」


 まちがいなく斬られていた。そのままなら。

 わたしに刀が振り下ろされるその瞬間、見えない力が刀をつかんで、ぐいっとひっぱった。

 刀は、ジーナの手をはなれ、くるくると回転して宙を舞い、ざくっと庭の木の幹に突き立った。


 「はあああ……」


 わたしはその場にへたりこんだ。


 「えっ? なに? なに? あたし、いったい?」


 わけが分からない顔で、自分の手と、木に刺さって揺れる刀をを見ているジーナ。


 「やれやれ……」

 「やっぱり、こうなりましたか」


 振り返ると、ユウとルシア先生が並んで立っていた。


 「ごめん、ライラ、本当にごめん!」


 ジーナがわたしにぺこぺこと頭を下げている。


 「だから、いったじゃないの! こんなレイスの刀、あぶないって!」


 わたしは口を尖らす。


 「それに、ユウさん、あなたもひどいです。わかってたんでしょ!」


 ユウにも文句を言う。


 「あはは、まあね……」


 ユウはくったくなく笑った。


 「なんですか、その軽い笑いは! わたしは、斬られて死ぬところでしたよ!」

 「ごめん、ごめん」


 ユウも謝る。


 「どうして、ジーナがもらうっていったときに止めなかったんですか!」

 「いや、それはね、つまりね」


 とユウが言いかけたが、


 「たしかに、これは普通でない刀だけど」


 とルシア先生が続けた。


 「使いこなせたら、ジーナの大きな助けになるから」

 「そういうこと、これから、ダンジョンに潜るためにもね」


 なんだかやっぱり、この二人、不思議に息があっていて、わたしとしてはちょっと複雑だ。


 「それに、その刀」


 ユウが続けた。


 「なにか、ジーナに関係が深いような気がするんだよ……」

 「かんけい?」

 「うーん、ジーナ個人というより、ひょっとしたらジーナの血につながるような……」

 「あたし?」


 ジーナが首をひねる。


 「そりゃあ、なんか、見たときに惹きつけられたというか、どうしても欲しいって思っちゃったけど……」

 「それをふつう、呪われたっていうんじゃないの、ジーナ?」

 「そうなのかな?」

 「いいえ、呪われてはいないようね」


 とルシア先生。


 「少なくとも、今のジーナは呪いにかかった状態ではないわ」


 まあ、伝説の大魔導師がそう言うなら、それはそうなのかもしれない。


 「そこが逆に不思議。ふつう、この手の呪いは、いちどかかったら解けないものなの。たとえ、刀が手からはなれても、呪われた状態がそのままとして残っているはず。なのに、今のジーナにはそれがないのよ」

 「どういうことです?」

 「いろいろ考えられるけど、たぶん、この刀は本来、ジーナを呪うつもりはないということ」

 「呪うつもりがない? あんなふうに、わたしに切りかかってきたのに? わけがわかりません……」

 「あれは、この刀にこめられた強い念をジーナが制御できなかっただけで、悪意はないのかも」


 わたしは瞳孔の開いたジーナの黄金色の眼を思い出し、ぞくりとしながら


 「いやいや、悪意がないなんて言われても……」


 ジーナは、はればれとした顔で、


 「よかったね、ライラ。悪意はないんだって!」

 「あんたが言うな!」


 わたしはルシア先生に尋ねた。


 「ジーナに関係があるという、この刀の来歴を調べる方法はないんですか?」

 「そうね……」


 ルシア先生はすこし考えて、言った。


 「あるには、あるわね」

 「あるんですか?!」

 「できないことはないけれど……」

 「どうするんですか?」

 「もう一度、ジーナに刀を構えてもらいましょうか」

 「はっ?」

 「さっきみたいに、もう一度」

 「えーっ?」

 「はい、やります! 任せてください!」


 ジーナは、はりきって言った。


 「そうだね、そうしてみるか、さあライラ」


 ユウはこともなげに、


 「もういっぺん、ジーナの前に立ってみてくれる?」


 無神経にもそんなこと言ってきたが、無理に決まっているじゃないの。


 わたしはもう嫌です!


 心の底からそう主張して、わたしのかわりに、ユウがジーナの前に立つことになった。




 ジーナの前にユウが立ち、わたしとルシア先生は、ジーナの刃がとどかない距離にはなれて、その様子をみまもる。


 「どうぞ」


 ユウが緊張感なく言い、


 「はい……」


 ジーナが刀を手に取った。

 ジーナは逆に緊張して少し手が震えていたが、柄をにぎったとたん、その震えがぴたりと止まる。

 そして


 「んんん……戦いの時が……」


 なにやらつぶやくと、その目が黄金色に輝き、


 「我の前に立つもの、すべて、屠られ、この刀の誉れとなるべし!」


 一声叫んで、刀を抜き放った。

 刃を宙に突き上げ、


 「同胞はらからよ目にも見よ! 音にも聞け! 我ら獣人の武勲いさおし!」


 高々とジャンプし、その位置から、刃風をひらめかせて、ユウを真っ向から切り下げた!

 ユウが片手をあげ、刀はその掌の寸前でとまった。

 ジーナのからだも、宙に浮いたまま固定している。


 「土と風の精霊の契約により呼び起こす不滅の記録アカシック・レコードよ今こそ語れ、召喚!」


 その場にルシア先生の魔法の詠唱がひびきわたった。


 「……我を呼ぶものは誰だ……?」


 ジーナの口から低い声がもれる。

 それはけっしてジーナの声などではなかった。


 「魔導師ルシア・ザイクの名により問う、剣よ、汝は何者なりや?」


 低い声は、ゆっくりと答える。


 「大魔導士ルシア・ザイク……その名と勲には覚えがあるぞ、麗しの雷の女帝よ。

  よかろう、その名に免じて、答えよう……

  我が名はイリニスティス、敵味方の幾多の血により鍛えられし、獣人族護りのつるぎである」

 「イリニスティス、汝がこの獣人の娘ジーナにあだなすのは何故なにゆえぞ」

 「仇なすつもりはない……。この娘は、我の正当な持ち手の末裔、故に我が力を与えるのみ」

 「ならば汝、獣人の娘ジーナとここに従属の契約をなす意志あらんや?」

 「おう、もちろんだ……戦いに敗れ、死霊王に簒奪さんだつされた我だが、我が力はもとより獣人族のためにある。一族の末裔がここに立つ、なにをためらうことがあろうか……」

 「しからば、今この時をもち、四大霊の御前にて、獣人の娘ジーナと獣人族護りの剣イリニスティスの間に、お互いの命絶えるまで結ばれし血の契約をなさん!」

 「スィーク!!」


 と、剣が吠えた。

 刀全体が赤く輝き、そして、ジーナと刀は、ふわりと着地した。


 「へ?」


 刀を手に、ジーナはきょとんとしている。


 「そういうことか……」

 「そういうことね……」


 ちょっと、ちょっと。また、ユウとルシア先生が二人だけで納得してるじゃん。

 そういうの、ほんと、やめてほしいなあ。


 「どういうこと?」


 ジーナが聞く。


 「うん、つまりね、このイリニスティスは、本来、獣人族のために鍛えられた剣で、代々、獣人族に伝えられてきたと」

 「ところが、レイスと戦った時に、獣人族は残念ながら負けちゃったのね。それで、剣はレイスのものになり、それ以来ずっとレイスが身に着けてきたけれど、剣としてはたいへん不本意だった」

 「そこに、ジーナが現れた。ジーナは、獣人族の中の、代々この剣を保持してきた一族の末裔らしいよ。それでイリニスティスは、いってみれば張り切っちゃったわけだねえ」

 「まあ、イリニスティスはジーナに従属の契約を結んだから、これからはジーナの言うことをきくでしょう」

 「よかったね、ジーナ」


 「これ、ご先祖様の剣だったんだ……」


 ジーナは剣をつくづくと眺めた。


 「あっ、そういえば、これ」


 と、柄頭にある赤い宝玉をみんなに見せて、


 「この彫刻って……」


 たしかに、その宝玉に刻まれたのは獣人の顔であり、そういわれて見れば、たしかに、なんとなくその鼻筋はジーナを連想させるものがあったのだ。


 「ライラ、安心して、これからはあたし、このイリニスティスを意のままにふるって、ズバズバ悪いやつをやっつけるから!」

 「そうなのかなあ、大丈夫かなあ。意のままにって、できるのかなあ?」


 わたしはまだ不安だ。


 「まあ……たしかに、その剣はかなり強力な自我があるみたいだし。気を抜くと、ジーナの意識を乗っ取って、つべこべ言わずに俺の言うことをきけ! って、命令しそうな雰囲気はあったね」


 とユウが言った。


 「うん、これは油断禁物だな……」

 「ええーっ?」

 「ジーナ、契約があるといっても、それで安心してはだめよ。イリニスティスに支配されないように、がんばって修行すること。これから、師匠としてビシビシやるわよ」

 「えええええーーっ?!」


 ジーナは、ルシア先生にきびしく命じられたのだった。

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