その人は、けっしてかわらない(ルシア・ザイクの独白)

 ほんとうにびっくりした。


 「アンバランサー」


 その人——ユウを、ライラとジーナがわたしのところに連れてきた時には。


 わたしには、すぐにわかったのだ。

 これは、800年前にわたしが出逢ったあの人の同胞であると。

 ユウは、大きな力を身にまとっている。

 それは魔力ではない。魔力という範疇でみれば、そこにはなんの力もない。

 魔力のみでもって他人をはかるものには、ユウはまったくの無力な人間にみえるかもしれない。

 でも、そうではない。


 (この世界のものとはちがう)


 わたしには、大きな力が、そこにあることが感じられる。

 とても大きな、しかし、けっしてとげとげしくはない、ゆっくりたゆたう海の波がもつような、包みこまれるような大きな力がそこにはある。

 そして、その、やさし気な雰囲気。この世界とは違うところから来た人だからなのか、それともそういう人格なのか、その雰囲気がわたしを安心させる。


 800年前の、あの人もそうだった。

 まだ幼かったわたしは、異邦からきたその人がめずらしく、一日中そのあとをついてまわっていたけれど、その人は怒りもせず、わたしの相手をしてくれたのだ。

 いろいろな知識を、わたしに伝えてくれた。

 わたしが、幼いなりに、その知識に理解をみせると、


 「すごいねえ、そうなんだよ、ルシアは賢いなあ……」


 そんなことを言いながら、その人は、わたしの頭をなでてくれた。

 そうすると、ふわりとその人の匂いがただよった。

 それは、それまでに嗅いだことのない、いいようのない匂いで、決して不快ではなく、その匂いを感じると、からだの芯が熱くなるような、胸がどきどきしてくるような、そんな不思議な匂いだったのだ。

 ユウにも、その匂いがする。

 これは、異世界から来た人の特徴なのだろうか?

 でも、その匂いがとても心地よい。


 (ジーナもその匂いを感じることができるようだ。ライラは、あまりわかっていないようだけど……。)


 


 あの人はそういった。

 ユウも、自分はアンバランサーであるといった。

 ということは、あの人と同じように、ユウも、何らかの使命を果たすためにこの世界にやってきたのだ。

 あの人は、わたしたちエルフの村に来た時には、具体的になにをすることが自分の使命なのか、それはまだわからないと言っていた。

 アンバランサーは均衡を崩し、世界を存続させる、そういう抽象的なことしかわからないと。

 だから、それを探すために、旅をしている、こうして旅をしていれば、きっと見つかるだろうと。

 あの人は、自分の使命を見つけることができたのだろうか……。

 そして、ユウも自分の使命を見つけるのだろうか。


 あれから800年。

 800年の時を隔てて、再びアンバランサーという存在がこのわたしたちの世界に現れたということ、それはひょっとして、これから、わたしたちの世界が、アンバランサーを必要とするような、大きな危機にみまわれるということではないのか?

 800年前、わたしはまだ幼くて、なんの知識も力もなく、旅立つあの人を見送ることしかできなかったけど、今はちがう。

 この年月に積み重ねた経験と、知識と、そして魔力がある。

 いったん失われた魔力も、ユウのおかげで、もとどおりに回復したのだ。


 (わたしの呪いをユウが解いた、あの夜を思い出すと、からだが燃えるように熱くなる)


 今回は、あの時のようにただ見送るのではなく、力になりたいと思う。

 できるものなら、ユウと肩を並べて、ともに戦いたい。

 ただ、この世界の危機の正体について考えを巡らせると、わたしの心には、不安の暗い影が差す。

 その危機は、ひょっとして——ひょっとして、わたしたちエルフ族の大きな秘密、に関わるものではないのか、と。

 だとしたら、それは、本来わたしたちエルフ族が、たとえどんな犠牲を払おうとも自分たちの手で片を付けなければならないものなのだ。けっして、そこに他のものをまきこむべきではない。それがたとえアンバランサーであったとしても。

 もし、危機の正体がわたしの不吉な想像の通りだったとしたら……わたしは、そのことをユウに伝えることができるのだろうか。

 万一、エルフ族の望みと、アンバランサーの使命が、相反するものだった時。

 わたしはいったいどうするのだろう。

 わからない……。

 わからない……。


 でも、今は、この毎日を生きていこう。

 未来のために、ライラやジーナをもっと鍛えなければいけない。


 あすもがんばっていこう。

 ね、わたしの愛しい「雷の女帝のしもべ」たち。


 (そして、ユウ、わたしは、あなたにきっと……)

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