第11話 全員が無策で動いてる



 翌日の午前九時きっかり、他の日に比べ早朝からの集合となった。

 前日の反省が、早い時間からの集合を一同にさせた様子はあるが、誰かが直接言葉でそれを言ってはいない。暗黙の反省性により、本能的な早期と集合となった。

「昨日アップした、かるめのキョウイチの写真だがね」

 矢山はスマートフォンの画面をふたりへ見せる。そこには、昨日の昼食時、フードコートでかるめが食べていた、うどんの画像が表示されていた。かまぼこが、ペンギンのかたちをしている以外、なんの変哲もないうどんの写真だった。

「これなんだよ」

 ふたりに見せ終わると、矢山は自身でもう一度画面を見る。

 今日も、キャブコン内部に設置されたミニテーブルを挟んで、五郷と一条、矢山は向かいに座る。

 運転席には無表情の木野目が座っている。

 そこは五郷の自宅近くのコンビニの駐車場だった。

 写真を見せられた一条は「デートした日のキョウイチの写真が、うどん、って………」といって、腕を組む。

 かるめという少女は、どういう精神状態なんだろうか。一条がそんなつぶやきをしかかたが、どうにか内部で留めている様子がうかがえた。なんせ、目の前に実父がいる。気をつかった。

「なんだ、あいつは頭がおかしいのか」

 だが、五郷は配慮なく踏み込んでゆく。ブレーキが見当たらない。

「やめてよー、五郷くん」

 怒るかと思ったが、矢山はねっとりとした感じで抗議した。

「今回のは親としても、うーむ、ってなったよ。でも、その後で、いやいやいや、これは、じつはかるめが持っている一種のアート思考が無意識のままさせれるんじゃないか、って思ったよ。なにかメッセージが隠れてる可能性だってあるかもしれん。もしかすると、作為的なメタファーなんじゃないかなぁ、んんー、深いよねえ………」

「ちげーだろ」五郷は矢山の娘弁護を救済することは微塵もなく言い放つ。

「あの、それで」すると、一条が気づかうように話題を移す。「その写真で、昨日はどんな人が当選したんですか《神殿》のお金」

「死海付近の漁港荒らしに当たったよ」

「嘘だろ、絶対」五郷が決めつけて、言葉をぶつける。

 一条は黙っていた。

「いやいやいや、ホントホントホント」

「いいか。そんなのが面白いと思ってるやつ、おれ嫌いだからな。死ねばいいと思ってるからな、心の底から。底をさらにハードに掘ってたどり着いた底ぐらいから」

「いや、ホントなんだってば、五郷くん。ホントに、そういう奴に当たったんだもの、ねえ、木野目くん」

 運転席に木野目へ援助を求める。彼は五郷たちを見ないまま「当たるんだもの」と答える。気合の抜けた肯定だった。

「最初からの怪しさが一切、解除されねえだよなぁ、あんたら」五郷は背もたれに大きくよりかかり、言ってゆく。「三日も一緒いたら、多少はなくなるだろう怪しげさが、まったく減らないんだよ、怪しげメモリが、ずっとマックスのまま針が動かねえつーかさ」

 散々言われた矢山だったが「おや、手厳しい」そうとだけ言い「ではー、今日の話をしようか」と、もはや、器用に追求をかわすことさえ放棄した。

「ああん今日?」五郷は露骨に怪訝な表情をした。「ま、いいや。どうせ、この話題を続けてもドブみたいな世界になるだけだし、いいよ、話せよ、今日の予定を」

「うん、君のね、そういう得体の知れない割り切り方にはいつも助かってるよ、五郷くん。君は将来、悪の組織にでも就職すべきだとアドバイスを送ろう」

「どうも」

 本質は助言ではなく、悪口を受け入れる五郷をそばで見ていた一条は、ただあきれていた。

「いいか、ふたしとも《神殿》の停止まであと四日だ。今日はその折り返し地点の日になる、嘆かわしいことに、いまのところ、我々は優れた結果を生産していない」

「てめぇの存在自体を嘆かわしく思ってるがな、おれは」

 矢山は五郷の侮蔑をきこえてないふりをしたまま「いやはや、やはり、結果が出てないことに原因があるとみている」と伝えた。「せっかく朝早く集まったんだ。今日は、そのあたり分析した上で行動してみよう。そうしよう」

 一条は「失敗の原因は全員が無策で動いてるってこと以外………あります?」一応、口調に気遣いながら、しかし本質を突きにゆく。

「無策」すると、五郷は「おれたちはそれを勇気を呼んでいる」といった。

「困る断言でしかないね」一条が感想めいたのものを投げかける。

「そんな勇気、ホントの勇気じゃない。そんなことはわかってるさ、一条さん。けどさ、しかし、でもでも、だってさ。まったく、集中してこれをやる気がしないんだよ、おれは少しもがんばりたくねえだよ。根本を問うてみろ、春休みに家で駄菓子食って、飼い猫と戯れようかとしてたらだぞ、いきなりさえない中年のおっさんたちが家に来て、さらわれたんだぜ。したら、こんな狭い車内に連れてかれて、これこれ、こーれをしてくれたまえ、ああ、お金は払うからぁ、って、このおっさん、はした金ですべて解決しようとしたんだぜ」

「君、その金で参加すること決めてたけどね」一条は指摘する。「割と前のめりで」

「一条さん、人は変わるんだ。いいや、変わらなければいけない。決して変わっちゃいけないんなんて、そんな行き止まりを用意した生き方なんざ、世界の果てを越えれんですよ」

「うん、ここまでの君を知ってるから深々と思うけど、まったく好い台詞には聞こえないんだよね、それ」

「一条さん、だいたい、いまこうしておれたちはこーんな狭い狭い車内に詰め込まれて、常に酸欠状態でさ。これ、ほぼ犯罪されていると同んなじだからね。で、まるまる三日間、まあチンケな報酬金額で娘にいい写真を撮らせるために、あれこれやらされて来てさぁ、はっきりいうが、おれはいまだに自分が何やってっか、よくわかってねえからな、油断すんなよ」

「よくわかってないでやってたの………?」一条は戸惑っていた。「よくわかってないうえで、よくやってたね………」

「いいか、前にも言ったがもう一度、いっとくぞ、おっさん。こっちは扶養家族だ、っつってのに。健康保険証にうちのオヤジの名前のってる身だからな、だからな『五郷正親』って、びしー、っとな」

 すると、矢山が「おや、五郷くん。ずいぶんうっぷん、溜まってたんだね」と、なぜか優しい表情を浮かべる。

「おっさん、おれは別に文句が言いたいわけじゃない。おっさんを憎んでもいない、そりゃあ、おっさんがお茶飲んだ時、ふと咳込んだりして死にかけてんじゃないかって場面をみると、にやりとほくそ笑むことはあるさ、人間として痛快には逆らえないからね。でも、これだけは宣言しておくぜ、おれは最後までやり切る覚悟はあるんだぞ、ってな」

「もう、ぜんぜんわからない」一条はついに青ざめ出す。「君の話がさ、ぼくは、こんなに君の近くにいるのに君のことがぜんぜんわからないよ」

「我々の関係は、もしかすると恋愛に似てるのかもね」と、矢山が言った。

 すかさず一条が「拒否します」とだけ言って防御を張る。

「矢山さんよ」五郷が続ける。「つまり、おれが何を言いたいのか、つーとさ」

「なんだい、五郷くんよ」

「いや、とくに言いたいことなんてないんだけど」

 一条が「時間の空費に迷いないって、すごいな………」と、つぶやいた。

「けど、ここは言いたいことを捏造して、あえて捏造までして言いたいことを言うとだな」

「無理に突破をはからなくていいと思うよ、ぼくは。精神のケガの予感がすごいし………」

 そんな一条の忠告をきかず、五郷は「我々はくさっても《愛の戦士たちである》ということを、もういまいちど自覚しようじゃないか」と言い放つ。

 手加減なく、ぶつけられた矢山は目をつぶり、うんうん、とうなずいた。

「五郷くん、私はいま、たどり着いた気分だよ」

 満足げな表情でもあった。何に満足しているのか、他者には見極めることが不可能そうだった。そして一条は「そっか。ダメな人に、ダメなことをいうと、こんな感じになるんですね」といった。

「いいか、みんな、そういうことだからな」五郷が一同を気合を入れるようにいった後。「じゃ、それはそれとして、どこかの喫茶店で社食として、モーニングセットとか食わしてくれ、パンと珈琲とタマゴとかついてるやつ。まだ朝早いし、せっかくだし、間に合うし」

 恥じることなく、要求を出してゆく。

「おれはモーニングセット食ってると幸せになれる」

 さらに、そういった個人情報も提示してゆく。

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