例えば、こんなワンシーン

ヘイ

駅のホーム

「別にさ」

 

 駅のホーム。

 夕日に染まる中、影が覆う。スーツ姿のサラリーマン。学生服を着崩した少年少女。

 

「……何でもいいけど」

 

 近くの椅子に座り込んだまま俯いた制服姿の少女を見下ろしていた。微妙な距離感は男女の距離として適切なものだったかは分からない。

 

「最近、肌寒いよな」

「…………」

 

 チラリと少年は横を見る。

 整った顔立ちもこの時間帯ではよく見えない。辛うじて茶髪が見えるだけ。

 

「俺、コーヒー買って来るけど」

 

 言外に何か居るかと尋ねたつもりだった。

 ただ、彼女は答えなかった。

 

「はあ……」

 

 なんとなく、わかってしまった。

 分かってしまったから、気を遣って無言で自動販売機に向かう。誰にだって触れられたくない柔らかい部分がある。

 自分にだって。

 

「おいしょっと」

 

 ホットココア。

 甘い物が好きな彼女だ。これで間違っていないだろう。

 自分のコーヒーを買おうとして財布の中を確かめるが金がない。

 

「……ま、いいか」

 

 缶のココアを右手に左手にと移しながら、少女の座る近くまで戻り、

 

「ん」

 

 目の前に突き出した。

 

「ありがと……」

 

 声はどこか掠れているような。

 

「気にすんなよ」

 

 こんな言葉だけ。

 それはココアを買ってきた事を言っているのか、それとも彼女が振られてしまった事を言っているのか。

 

「コーヒー」

「うん?」

「コーヒー……買いに行ったんじゃないの」

「もう、飲んできたんだっつーの」

 

 肌寒さに堪えながら溜息を吐いて少年が仕方なさそうに答えた。

 

「そろそろ電車来るぞ」

 

 立ち上がる様子は見受けられない。

 

「……何で振られたんだろ」

「俺に聞くなよ」

 

 彼は振られた理由など考えた事はない。告白した事がないのだから。

 

「ほら、電車来たぞ。立てよ」

 

 彼女が重たい腰を漸く上げた。

 電車のヘッドライトが照らした。

 彼女の顔が照らされた。泣き腫らしたのか、目の下は真っ赤で。ただ、少年が見たことに彼女は気がついていない様だ。

 

「はあ……」

 

 思わず彼の口から溜息が漏れた。

 少女の片想い相手は人気の先輩で、お似合いだと思っていた。

 とは言え、結果はこんな物だったが。

 

「……さっむ」

 

 ポケットに手を突っ込みながら小声でつぶやき、少年は電車に乗り込んだ。

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例えば、こんなワンシーン ヘイ @Hei767

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