強欲のマモン

 ◇◆◇◆◇◆◇


 -魔王領、西の最前線"ビーズ城塞"-


 今日も退屈な日々が安穏と過ぎていく。私はソファーに寝ころび「ふわぁ~」と大きなアクビをした後、右手に持っていたワインを口に運ぶ。

 私がこの城塞の主として赴任してから20年の月日が経とうとしていた。この"ビーズ城塞"は"キャビネット王国領"と隣接しており、まさしく戦の最前線である。

 魔王軍に7人しかいない幹部のうちの一人である私こと"強欲のマモン"様が任されるに相応しい赴任先だ。

 ……っと最初は思っていたのだが、赴任してからはキャビネット王国軍とは睨み合いが続いており、戦らしい戦は全くと言っていい程にしていない。


 私は血に飢えている。


 しかし、魔王様から専守防衛の指示を受けている為、キャビネット王国軍が仕掛けてこない事にはどうしようもない。

 この20年の間に"勇者"と名乗る者達が7人程ビーズ城に乗り込み、私の首を狙いにきた事もある。退屈を埋める一助になってくれる……と、少しは期待はしていたのだが、私の退屈を埋めるにはどれも役不足な相手であった。

 勇者達はそこそこに強かったかもしれないが、覚悟・・が全然足りなかったである。

 故に、勇者達は自分に与えらた"特性スキル"を使う事なく私に破れ去り、塵へと成り果ててしまったのだ。


 私は欲している!


 この退屈を埋めてくれる刺激を!


 血を!


 自身の心臓を片手に持って晒しながら戦場を駆け回るようなスリルを!!


 ……しかし、そんな事を言ってもせん無いことだ。私には私に与えられた仕事がある。

 それを全うする事は、魔王様に忠誠を誓った幹部として当然の事であり、私の欲なんてものは二の次なのだ。

 ……とは言え退屈すぎる。


「あぁ~、キャビネット王国軍攻めてこねぇ~かな~……」


 退屈のあまりに自然と願望という名の愚痴がこぼれる。

 そして、それと同時くらいに、配下である"ザバル"が勢いよく扉をバン!!と開けて、「失礼します!!」と大きな声で入室してきた。

 ザバルはとても慌てている様子である。


「大変です!マモン様!大変です!」


 ザバルの慌てて何かを報告しようとしている様子に、なにかしらの事件が起きた事が容易に窺える。

 私はソファーから飛び起き、「えっ!?何!?キャビネット王国軍でも攻めてきたの!?」と言って、ワクワクしながらザバルに報告の内容を尋ねた。


「そんな事よりも大変な事ですよ!!大事件なんですよ!!」


「えっ!マジマジマジ!?ウソウソウソ!?」


 私は喜びながらザバルの両肩をガッシリ掴んで詰め寄った。


「マジマジマジ!!ホントホントホントです!!」


「うそぉ~ん!!!聞かせて聞かせて?私の退屈を埋めてくれるであろうその大事件を!?あぁ……ワクワクが止まらない……。不死身の魔王様は例外として、私達に与えられた時は有限だ。そんな時を何もせず、いたずらに消費をするほど愚かなものは他に無い。故に、この世に生を受けている我々は欲せねばならぬのだ!ワクワクを!トキメキを!矜持きょうじを!!!……退屈に、安穏に過ごす人生など死んでいるのも当然。この20年間、私は生きながらに死んでいたのだ。さぁ、ザバルよ……早く……早く私に教えて?私の生きる糧になるであろうその大事件を!!!!!」







「聖剣『デュランダル』を保持した勇者一行が魔王城に侵入しました!!魔王城の配下達は勇者一行にほぼ壊滅され、魔王様の元にまで攻めこんだようです!!!」







「………………うっそぉ~ん」







 えっ、その大事件は私の許容をはるかに越えているんですけど?


 えっ、マジで?ホント?


 ヤバいじゃん。それチョーヤバいやつじゃん。


 勇者が聖剣デュランダルを手にした事は噂にはなっていたけど、まさか本当だったとは……。


 魔王様チョー弱いのに……チョーヤバいじゃん……


 あぁ……西の最前線であるビーズ城から魔王城へはかなりの距離がある。今から助けに行っても間に合うのは不可能。

 "加護"を受けている魔王様がお亡くなりになれば、その庇護下にいる我々も魔族としての力を失う。そうなれば、キャビネット王国軍は一気に魔王領に攻めこみ、我々を討ち滅ぼすであろう……。

 詰んだ……マジで詰んだ……私の人生……こんな退屈な人生のままで終わってしまうの?

 私マジ可哀想……マジチョベリバ……



 どうする事も出来ないザバルの報告に、私は絶望に打ちひしがれてしまう 。しかし、ザバルの報告には続きがあった。


「しかし、魔王様はご無事なようで、勇者一向は魔王様をあと一歩まで追い詰めながらも、魔王城から引き返したそうです!」


「それを早く言わんかい」


 私はそう言って、ザバルの頭をバチン!と思いっきり叩いた。


「イッターイ!!マモン様が話の途中で勝手に絶望してただけじゃないですか!?」


「うるさい、うるさい!!」


 報告は結論から先に言うのがセオリーだというのに。それに至るまでの過程は後から話さんかい。無駄にハラハラさせやがって。

 本当に無能な部下を持つと苦労をする。


「……して、勇者一向は何故そこまで魔王様を追い詰めておいて退却をしたのだ?援軍が間に合ったとか?」


「いえ、どうやら勇者は聖剣デュランダルを何処かで紛失してしまったらしく、仕方がなしに引き返したようで……」


「えっ?何それ?意味が分からんのだけど?」


 デュランダルを失くした?魔王様を唯一倒せるデュランダルを?その勇者アホすぎるだろ。

 でも、アホでマジ助かったぁ……。


「私も伝令から聞いた時には意味が分かりませでした。しかし、聖剣デュランダルが神界からこの地に降臨していた事と、魔王城がたった五人の勇者一向にほぼ壊滅させられたという事実は一大事ですよ!」


「まぁ……確かに……」


 魔王城の配下達は、7人の幹部や前線に配置されている部下達よりは強くは無いといえども、それなりの手練れは配置されていたはずだ。

 それをたった五人でほぼ壊滅させるとは……。その勇者は馬鹿かもしれんが、今まで私が戦ってきた勇者よりは歯ごたえがあるかもしれん。

 もしかして……私のこの渇きを潤してくれるのは……。


「ザバルよ、因みにその勇者が引き返した先は分かっておるのか?」


「いえ。現在、魔王直轄部隊が調査中との事ですが、魔王城からキャビネット王国に向かって南の方に向かったとの事です」


「ふむ、南か……。ザバルよ、調査の結果はすぐ私の耳に入れるようにと魔王直轄部隊には伝えておけ。それと、我が軍からも諜報隊を出し、いつでも軍を動かせるよう準備をしておくぞ。」


 私の指令を受け取り、ザバルは再び慌てふためく。


「ま、まさか!マモン様自ら兵を引き連れて勇者一向を討伐されるおつもりですか!?勇者一向が引き返したと予測される南方は、この西方のビーズ城から距離があります。ビーズ城が手薄になれば、逆にこのビーズ城が攻めこまれてしまう危険も!?」


「出兵する兵は少数でよい。南方にあるキャビネット王国と魔王領の隣接地は山岳を中心とした難所が多く、戦場になりにくい地形である為、南方は両軍ともに兵があまり配置されていない。行軍も少数のみでしか行えないし、充分な兵を残していくから防備に問題はなかろう」


「しかし、マモン様に命じられた任務は"堅守防衛"!この地を離れるのはいくらなんでも……」


「ザバル、私は魔王様の任を守る為に出撃するのだよ?失くしたとはいえ、聖剣デュランダルの保持者である勇者をこのまま捨て置くという事は、魔王様の命を危険に晒し続けるという事である。このままビーズ城であぐらをかいていては、魔王様の命をお守りする事は叶わない。……私は、魔王様の命を"堅守防衛"する為に、勇者一向を討伐しにいくのだよ……。フフフフフ……」


「マ、マモン様……」


 不敵に笑う私を、ザバルは異常者を見るかのような目をして怯えながら見ている。

 ザバルの反応は間違ってはいない。堅守防衛の任とは勿論このビーズ城の事であり、魔王様の命ではない。私は異常者なのだ。通常・・であるならば議論の理はザバルにある。

 私は私の異常な欲・・・・を満たす為に、私の無茶苦茶なことわりを押し通したのだ。


 あぁ、聖剣デュランダルを失くしたアホな勇者よ……。君は私の退屈を埋めてくれるかい?この渇きを潤してくれるかい?


 ……君は、"命をかける覚悟"を持ちあわせてはいるかい?

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