記憶の横顔
城乃山茸士
車の中
「なあ、どこに行くんだ?」
倒された助手席に座らされた俺は、隣の男の顔を見る。長い髪。知り合いにそんな長い髪をした男なんていないはずだが、確かにしっている気がする横顔。
「お、目が覚めたかい?」
寝ていたわけではない。さっきまで気を失っていたんだ。
「なあ、どこに行くんだ?」
完全に倒れてはいないが、あまり周囲が見えない角度のシートでは、空と山くらいしか見えない。
「何をした、とか、どこに連れて行く、とか聞きそうなものだけど」
「ああ、それもそうだな」
不思議と警戒心が湧かない。横顔だけでなく、この車も。
「どうしてかな、何かされたんだろうし、どこかに連れて行かれてるんだろうけど」
考えながら、しかし思ったことをそのまま話す。
「それは大丈夫、ってどこかで思ってるんだ」
結局のところ、そうなのだ。しかし、俺がそう口にすると、運転席の男は泣きそうな顔になった。
「おい、どうした?」
「いや、何でもない、何でもないんだ」
涙目で前を見て運転する男を見ていると、懐かしい気持ちが沸き上がってきたに。間違いなく俺はこの男を知っている。それもかなり小さな頃だ。うっかり遠くまで自転車で出かけてしまい、夕日の中、家に帰らなきゃと泣き出しそうな顔をしていた……あれは誰だっけ。ちょうど外も赤く染まりつつある。
「なあ、自転車で……」
聞きかけて、言いよどむ。そもそも、その記憶がとても曖昧で、現実だったかどうか不安になった。夕日の中、家に帰らなきゃと泣いていたのは、誰だ。俺じゃないのか。じゃあ、一緒にいたのはだれだ。あの時自転車で調子に乗って遠出したのは、俺一人じゃないのか。
「自転車か……懐かしいね」
髪の長い男がこちらを向く。きれいな目。きれいな髪。ドキッとする。
「いろんな所に行ったよね」
そう……そうだ。俺はこいつといろんな所に行っている。自転車で、一緒に。頭が痛い。中学から自転車通学で……体力も付いて、行動範囲も広がった。そうだ、いろんな所にいった。俺一人で……
「いろんな所に連れて行ってくれた」
連れて行く……ああ、そうだ。誰かにもらった小さなマスコット。髪の長い。
「いつも楽しみだったんだ」
遠くにいけるようになっていろんな所に行った。海にも、山にも、病院にも。病院……?
「ぼくがあんなことをしたから、ぜんぶわすれちゃったのかな」
あんなこと……なんだ、何かされてた……?何かがあったらしいことはこの男の口振りでわかる。頭が痛い。ただ、こいつが俺に危害を加えるとも思えない。すでに外は日が落ちて藍色の空になっている。
「あ……」
病室、藍色の窓、入院着、髪の長いやつれた……近付く顔。そうだ。
「あんなこと、かぁ」
深刻そうな男の横顔が、不意におかしく感じられた。
「確かにびっくりはしたけどな」
アレをずっと気にしてたんだな。
「だって、あれから君は病院に来なくなったし……」
ハンドルを握る手に力がこもるのがわかる。
「……それに、今まで忘れてただろう?」
そう、忘れていた。もらったマスコットを持ってあちこちに行き、病院に行っては土産話を聞かせていたのに。そのことも。この男のことも。
「だってお前……」
その先を言うのを躊躇ってしまう。思い出したから。何故病院に行かなくなったのか。
「あー、もういいや、タクヤ。車ちょっと止めてくんない?」
名前も、ちゃんと思い出した。シートを起こす。タクヤが車を寄せて、ハザードをつけた。車が止まるタイミングを見計らって、シートベルトをはずす。
「いつまでたっても、お前はかわんねーのな」
アームレストを乗り越え、俺からキス。
「びっくりはしたけど、嬉しかったから」
目を見開くタクヤ。なんだよお前もびっくりするんじゃん。
「で、これからどうする?てか、どうしたい?」
別に、どこかに連れて行くならそれでもいい。そう思った。そういえば車にどうやって乗せられたのかもわからない。
「……そうか、そっちは思い出してないのか……」
タクヤが複雑そうな顔をする。
「なら、その方がいいのかもね。このまま一緒に行こう、ユウキ」
「タクヤがどこに連れてってくれるのか、楽しみだな」
もう一度どちらからとも知れずキスをする。周りを見てもどこに続いている道なのかはわからないが、こいつと行くなら悪くないんじゃないか、そう思った。
……市の駐車場に停まっていた自家用車の車内で死亡しているのを警ら中の警察官が発見しました。車内からは練炭がみつかっており警察では自殺とみて調べて……
記憶の横顔 城乃山茸士 @kinoppoid
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