同級生のヘビヤマ君?
夢から覚めた時、私は真っ白なベッドの上で横になっていた。
普段寝ている、私のベッドじゃない。
寝ぼけた頭のままむくりと体を起こすと、薬品の匂がする。
ああ、そうか。ここは中学校の保健室だ。あたし、また貧血で倒れちゃったのかな?
「おや、気がついた?」
ボーッとしていたら、保健室の先生がベッドを覗き込んでくる。
聞けば私は四時間目の体育の授業の後に倒れたそうで、今は五時間目の途中だという。
お昼御飯、食べ損ねちゃったなあ。
「どうする? 気分が悪いならもう少し寝てても良いし、早退しても良いけど」
「大丈夫です。寝たおかげで、大分楽になりましたから」
チャイムが鳴って休み時間になると、先生にお礼を言って保健室を後にする。
そうして自分の教室、一年二組に戻って席につくと、友達の桃ちゃんと花ちゃんが心配そうな顔でやって来た。
「姫子、ひんけつでたおれたってきいたけど、大丈夫だった?」
「ごめんね心配かけて。けど、もう平気だから」
「なら良いけど。それにしても、姫子がヘビヤマ君に背負われて連れて行かれたって聞いた時は、ビックリしたよ」
「だよねー。貧血よりも、そっちの方が心配だったわ」
ヘビヤマ君?
聞き慣れない名前が出てきた。
そんな人、知り合いにいたかなあ? ヘビヤマ君、ヘビヤマ君……。
「ひょっとして姫子、ヘビヤマ君のこと知らない? 五組の男子なんだけど」
ああ、それじゃあ知らないや。私、男子とはあまり接点無いから。
実は同じクラスの男子の名前も、全員は覚えていないんだよね。他のクラスなら尚更だ。
「ヘビヤマってのは、あだ名なんだけどね。本名は
「そうなんだ。それでそのヘビヤマ……紅山君がどうしたの?」
「貧血で倒れたあんたを、担いで保健室まで運んで行ったのよ。あたし等は直接現場を見たわけじゃないけど、ちょっとした騒ぎになったんだよ」
「昔話で、女の子を拐う蛇の妖怪っているでしょ。まるでそれみたいだったって」
桃ちゃんも花ちゃんも笑っているけど、ヤマタノオロチじゃあるまいし、そんな風に言ったら失礼だよ。
だけど紅山君かあ。意識を失くしてた私を、運んでくれたんだよね。それなら。
「よし」
「ん、どったの姫子?」
「今からその紅山君に、お礼を言ってくる」
「えっ!? それは止めておいた方が良いんじゃ」
「そうだよ。紅山君怖いよ」
二人は止めたけど、大丈夫なんじゃないかなあ。だって本当に怖い人だったら、そもそも保健室まで運んでくれたりしないもん。
そうと決まれば、休み時間が終わる前に行かなくちゃ。
というわけで。桃ちゃんと花ちゃんの制止を振り切って向かった、一年五組。
生憎紅山君の顔は知らないから、入り口近くにいた女子生徒に聞いてみた。
「あの、紅山君っているかな?」
「え、ヘビヤ……紅山君? 紅山君に用があるの?」
「うん。でも誰か分からなくて。呼んでもらえる?」
「え、ムリムリ! て言うかあなた、紅山君に何の用なの? もしかして、何か弱味を握られて脅されてるとか?」
女子生徒は青い顔をして、これには私もたじろいた。
弱味を握って脅すだなんて、紅山君ってどういう人なんだろう?
けどそれでも、助けてもらったことに代わりはないんだから、ちゃんと会ってお礼を言わないと。
「別に何か酷いことをされるわけじゃないから。だからお願い、紅山君を呼んで」
「う――――ん。それじゃあ呼ぶけど、何かあったら、すぐに大声出してね」
心配そうな面持ちで、女子生徒は教室の中に引っ込んで行く。
あんなことを言われたもんだから不安にはなるけど、とりあえず良しとしよう。
そして少しの間待っていると、彼は現れた。
「用があるっているのは、君?」
「あ、はい——ッ!?」
その人を見た瞬間、頭を殴られたような強い衝撃があった。
一瞬意識が飛んで目の前が真っ白になり、同時に何故か、懐かしい気持ちになる。
何だろう、これ? 何かとても大切な事を、思い出しそうな……。
「ねえ、大丈夫? 気分悪い?」
再び声を掛けられて、ハッと我にかえる。
さっきのはなんだったのだろう? 貧血の影響が、まだ残っていたのかな?
だとしたらもう少し保健室で休んでた方がよかったかもしれないけど、それよりも今は——
声を掛けてきたその人を、改めて見る。
えっと。この人が、紅山君なんだよね?
彼は大きかった。
それはもう、とにかく大きかった。
一年五組の生徒ってことは、私と同い年。中一のはずだよね?
だけど彼は中一男子の平均身長を、遥かに凌駕していた。たぶん、180センチくらいあると思う。
150センチと少ししかない私と比べたら、まるで壁みたいに高い。
そして桃ちゃんが教えてくれた通り、目は蛇を連想させる上三白眼。
鋭くて迫力があり、その目で見つめられると気押され動けず、何も喋れなくなってしまう。
まさに蛇に睨まれた蛙状態。自分で呼び出しておいたくせに、固まったままだ待っていると、彼はふと気づいたように口を開く。
「君、もしかしてさっき、貧血で倒れてた子?」
「あ……は、はい。そうでしゅっ」
か、噛んだ~。
金縛りが解けたのは良いけど思いっきり噛んじゃって、恥ずかしくてつい、目を背ける。
ううっ、お礼を言いに来たのに、なにグダグダやってるんだろう~。
すると今度は、紅山君が困ったような声を出す。
「ごめん、怖がらせちゃった?」
「えっ?」
「よく言われるんだ。目つきが悪くて、何もしてなくても、睨んでいるように見えるって。けど別に、怒ってるわけじゃないから。怖がらせちゃったのなら、本当にごめん」
どうやら彼は、私が怖がって目を背けたものと勘違いしたらしく、申し訳なさそうに頭を下げる。
と言っても彼は背が高いから、ようやく私と目線が合わさるくらいなんだけどね。
「べ、別に怖がったわけじゃなくて。それより君、紅山君だよね? 貧血で倒れた私を、保健室まで運んでくれたって聞いたんだけど」
「ああ、うん。もう大丈夫なの?」
「うん、おかげで助かりました。運んでくれてありがとう」
今度は私が、深々と頭を下げる。
ふう、やっとお礼が言えた。
だけど顔を上げると、紅山君はキョトンとした様子で私を見ている。
あれ、何か変なこと言ったかなあ?
「あの、どうかしました?」
「ああ、ごめん。まさかお礼を言われるなんて思ってなかったから」
「そんな、お礼くらい言うよ。そんな冷たくないもの」
「いや、そうじゃなくてね。君を運んだ事で、色々誤解されてるみたいだから」
「誤解?」
そこでふと気がついた。
教室にいる生徒達が、遠巻きに私達の事を見ていて、ヒソヒソと何か話していることに。
「あの女の子、さっき頭下げてたけど、ヘビヤマ君に何をされたんだろう?」
「きっと酷いことされて、無理矢理謝らせられたんだよ。ヘビヤマ君、やっぱり怖いなあ」
「俺、もっと凄い話聞いたぞ。昼休みに別のクラスの女子を拐って、どこかに連れ込んだとか。見たやつたくさんいるから、マジだぜこれ」
皆そろって、見当はずれのことばかり言っちゃってる。
と言うか最後に聞こえた拐われた女子って、私のことじゃない! 誤解ってのはそういうとこ!?
「なんかごめんね。僕のせいで、君まで変な風に言われちゃって」
紅山君は謝ったけど、むしろ私の方が申し訳ない気持ちになる。
私を助けてくれたばかりに、変な噂を立てられて。そもそもどうしてみんな、紅山君の事を悪く言うの? いや、失礼ながら、理由は何となく分かっちゃうんだけどね。
高身長で鋭い目付き。強面な見た目から、怖い印象を与えてしまうのだろう。
かくいう私も、最初はその迫力に圧倒されちゃったから、これに関しては偉そうな事は言えないや。
けど喋ってみると、案外話しやすい。
それに見た目に反して謙虚な姿勢や一人称が『僕』な所も、ギャップがあって可愛いと思うんだけどなあ。
さっきから怖い怖いって言っているのが聞こえるけど、私の中では第一印象なんて、すっかり書き換えられてしまっている。
「あの、誤解して人もいるみたいだけど、私は助けてもらったことに、ちゃんと感謝してるから」
「え?」
「私こそごめんね、面倒かけちゃって。けど、本当にありがとう」
そこで丁度、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。
たくさん迷惑かけちゃったみたいだけど、気持ちだけは伝わったかな?
「そう言えば、まだ名前言ってなかったね。私、二組の遠山姫子。じゃあね!」
早口で名前を告げてから、五組の教室を去って行く。
紅山君。桃ちゃんや花ちゃんが言っていたように……ううん、聞いていた以上に迫力のある見た目をしていたけど、良い人そうだったなあ。
ただ気になるのは、最初に紅山君を見た時に感じた、懐かしい気持ち。
あれはいったい、何だったんだろう?
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