第1話 ~日常~

 「あたし、今度彼と旅行に行くことになったの」


 大学の食堂。いつものメンバー5人でお昼ご飯中。


 「舞の彼氏って4月にうちと一緒に行った合コンの人やんな?」

 「うん。そうだよ」

 「舞は彼氏できたのに、なんでうちはできひんかったんやろ……」

 「愛華先輩はその関西弁と強気な性格が原因だと思います」


 学食やコンビニのパン、自分で作った弁当など様々。私は今日寝坊してしまったので、学食のカレー。


 「……そんな関西弁ってあかん?」

 「いや、ダメってわけじゃないですけど……」


 愛華は感情がすごい顔にでる素直な子。いつも明るくて元気で、見ているだけで楽しい。


 「愛華ちゃんの関西弁は愛華ちゃんらしくて私は好きだよ」


 すかさず麻里がフォローを入れる。


 「やっぱ麻里は優しいなぁ。うち、麻里の彼氏になろかな~」


 ぎゅっと隣にいる麻里に抱きつく愛華。「ちょっと愛華ちゃん、恥ずかしいよ」と、困ったように私を見る麻里。どうしようもないので苦笑いを返しておいた。


 「え、百合、百合ですか」

 「こら沙羅、そんなこと言わない。冗談に決まってるでしょ」


 沙羅は二次元の百合や薔薇……同性同士の恋愛ものが大好きで、女の子同士のスキンシップを見るとすぐに騒ぎ立てるので、私が突っ込んでおいた。早めに突っ込んでおかないとどんどんエスカレートして、誰も止められなくなるし……。そして沙羅だけが一つ学年が下で、大学1回生。だからいつも皆には敬語だった。


 「舞、旅行はどこに行くとか決まってるの?」


 わちゃわちゃしている麻里と愛華を放っておき、話を戻す。もっとも、麻里は被害を被っているのだけど。


 「それが、場所とかは全然決まってなくて。夏休みに、海でも行けたらいいねって」

 「舞んトコ、付き合ったの5月の頭ぐらいじゃなかったっけ? まだ付き合って1ヶ月で旅行行こうって……。旅行は泊まりやろし、もうちょい気を付けた方が良いんちゃう?」


 さっきまでわちゃわちゃと遊んでいた愛華が、急に顔色を変える。


 「まだキスもしてないんだよ。大丈夫だって」

 「いやいや、そういう男ほど危ないんやって。な、志保?」

 「え、あぁ。そうね。愛華の言う通りかも」


 なんで同意を求めるのが私なの。まぁ、沙羅は二次元にしか興味ないし、麻里は男の人と付き合った経験がないからね。仕方ない。……ことにしておこう。


 「彼、そんな人には見えないよ」

 「見えへんくても男は大体狼なんや。それに舞の初めての彼氏やろ? 舞は男を知らんから、ちょっと強引にしてもいけるやろって思われてるかもやで!」


 でも、キスもしてないのに旅行に行こうなんて男は気をつけた方が良いかもしれない。手も繋いでないのに体を触ってくる男は、いる。舞は純粋で優しくて、好きな人には尽くしたいタイプだろうから、男が望んでも断りはしないだろう。だから心配だった。舞は汚い欲望に、その綺麗な心を粉々に砕かれそうで。舞が傷つく姿を、私は見たくなかった。


 「男が皆そういう奴とは限らないけどさ、舞がしたいと思わなかったらきちんと断るのよ」

 「う、うん」


 この忠告は舞じゃなくて、過去の私にしたかったんだろうか。私にはわからない。でも舞が、なんだか昔の私に少し似ていて、まぁ、そういうことなんだろう。


 「志保先輩のは、経験談ですか?」

 「ち、違うわよ。友達の話」


 しまった。下手な嘘をついてしまった。このメンバーで、自分の恋愛の話はしたくないのに。


 「そういえば、志保の彼は相変わらずなの?」

 「まぁ……相変わらずだね」


 これ以上自分の恋愛話はしたくないのに、舞が切りこんできた。……この場から逃げ出したい。


 「いつ以来連絡とってないの?」

 「うーん。いつだろうねぇ。忘れちゃった」


 嘘。本当はしっかり覚えてる。今日で1ヶ月。1ヶ月も連絡をとってない。そろそろ、来るとは思うけど。


 「そんなん付き合ってるって言えるん?」

 「そうですよ。そんな男、早く別れた方が良いですよ」


 もうそういう言葉は聞き飽きた。皆同じことばっかり。私は私なりに頑張っているのに。


 「あ、そういえば。英語の課題、今日提出だったよね?」


 麻里がこの話は嫌なんだろう。がらっと話題を変えてくれた。私にとっても有難かった。


 「え、嘘やろ。うちやってへん!」


 愛華は前もやってなかった気がする。


 「ちょ、誰か見して~」


 私は一応やってあるけど、英語は壊滅的に苦手でいつも3割程しかあっていないので、私は絶対に見せない。


 「私のでよければ、どうぞ」


 こういうのは麻里に頼るのが一番だった。


 「麻里ありがとう! いつもごめんなぁ」

 「全然大丈夫だよ」


 麻里がノートを渡す。麻里っぽいピンクのノート。表紙には綺麗な細い字で「英語 木村麻里」と書いてあった。


 「麻里先輩は優しぎるんですよ」

 「そうそう。たまには愛華自身でやらせないと、愛華が駄目になっちゃうよ」


 確かにここの所ずっと、愛華は麻里にいろんな授業の課題を見せてもらっている気がする。


 「……舞ちゃんと沙羅ちゃんの言う通りだね。次から気を付けるよ」


 少し残念そうな麻里。麻里は誰かの役に立つのが大好きだからなぁ。


 「愛華ちゃん。早くしないと講義始まっちゃうよ」

 「あかん。それはあかん」


 頑張って。そう言って愛華を見守る麻里のほんわかした笑顔が、ただただ微笑ましかった。




 愛華は麻里のおかげでなんとか課題を提出できた。

 今日も当たり前のように講義が終わり、当たり前のように夕方になり、当たり前のように今日という一日が終わろうとしていた。


 「じゃ、あたしと愛華はサークル行ってくるね」

 「また明日な~」


 ダッシュで講義室をでていく2人。


 「愛華ちゃんと舞ちゃんって、バレーボールのサークルだっけ? 2人とも頑張ってるね」


 麻里と私はサークルに入っていない。沙羅は……漫画研究会だったけか。


 「運動のどこがいいのか、私にはさっぱりわかんないよ」

 「皆でわいわいするの、楽しいよ?」


 その皆でワイワイするのが嫌なんだけど。私運動下手だし。チームの足を引っ張て和を乱すのが心底嫌いだった。


 「あのさ……今日は志保、バイト?」

 「いや、今日は休みだけど」


 「じゃあ、」志保は心底安心したように「志保の部屋泊っても良い?」と続けた。


 「うん。良いよ」


 さあ帰ろうか。そう言って2人で大学を出る。

 どうせ葉月から連絡はこないだろう。

 今日はまだ、木曜日だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クロユリ 彼岸キョウカ @higankyouka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る