十一  家族

 結局、あの男の子を見つけることはできなかった。


 制服を着て入っていくとその店員の本当の接客が判る。


 もちろん、誰にでも愛想がよければ、点数が捌けるだろう。

 客を選びたいなら、若向きの客によそよそしさを作るのもよい。


 店に入っても、

「いらっしゃいませ」の一言だけで、

小うるさくもなく、

のんびりと商品の品定めをさせてくれる。

 追い立てられるでもなく、放り置かれるでもなく、

程よい空間を保ってくれる。

 それでいて、

何かを聞こうとした時には、

自然と隣に居てくれる。


 冷やかすだけになっても、「また、お越しください」と、送り出してくれる。


 そんな距離感を作れるのは、

インテリアでも照明でもディスプレイでも展示方法でもなく、

ただ店員だけができることだ。




 リサーチの合間、店から店へ移るときに撫子さんは、

何度も、その写真を鞄から取りだした。

 そのうち、悪い写真ではない気がしてきた。

スーツ姿ではなく、

いや、




thy の営業時間中に、制服姿のまま出向くのは本当は、あまり好きではない。

 しめしが、つかないと思う。

 いつの間にやらの曇り空。

 人混みの渦巻くコンクリート色の街の中、

一人、置き去りの撫子さん。

 何か人恋しくなってたまらなく。

 いけないと思いながらも thy の渡りに辿り着く。

二階の事務室を開ける前から、

視界の隅に入る従業員の仕草で、

 自分が、仏頂面で居ることに気がついてはいる。


――ただいま――

 少し、驚いたように顔を上げた遥さんが、

打ち合わせ用の小テーブルから立ち上がってくる。

「珍しい。どうしました」

――ちょっと、寄ってみました――

「下に、智恵ちえちゃんが来てますよ」

――ああ、モデル撮りの日ですか――

「会ってあげたら、喜びますよ」

 優しい微笑みを絶やさずに話しかける遥さんにも無愛想に、

撫子さんはきびすを返す。

 扉を開けて、出て行こうとする撫子さんの背中にかけてきた

「お帰りなさい」

の声に撫子さんはほっとして、


踊り場に出てから一回だけ、啜り上げた。

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