第2話 死神殺し《イモータル》

 

 唐突の戦闘は、お互いの得物が勢いよく交錯して響いた剣戟音と共に幕を上げた。

ミアはすんでのところで背後からの奇襲を防いだものの、応戦すべく抜き放った太刀が相手の大剣によって根元から宙を舞い、背後の地面に突き刺さる。

 衝突の勢いでのけぞり、体勢を崩した少女へと続く二の太刀が大上段から無情に振り下ろされる。が、得物は折れてもその心は、運命に抗うように剥いた牙はいまだ折れてはいなかった。


「……冗談じゃ、ない!」


 吐き捨てるように悪態をつき、宙を舞うかの如く後方に跳躍して距離を取る。しかし、襲撃者である偉丈夫の男が咄嗟の行動で生まれた隙を見逃すはずがなかった。

 空を切った大剣が大地と衝突して響いた轟音とともに砂塵が高く舞い上がり、男はそれに紛れるようにして足跡が深く残るほどの威力で地面を蹴る。そのまま重厚な白いマントと黒い長髪をはためかせながら少女ミアの着地点へと突進し、大剣を大きく振りかぶった。


「ああ、冗談など介在する余地はない。ここは嘘も偽りもない貴様の終着点だ」


 厳格な声と共に再び振り上げられた禍々しい大剣が、死を伴った黒い軌跡が地面に降り立とうとするミアの細い肢体を捉えるべく振り下ろされる。


 首筋を刺すように刺激する死の恐怖。周りの景色を歪めるほどの風圧。そして、なす術もなく自分の身体が両断される光景が鮮明に脳裏に浮かび上がった。

 その間にも大剣は、風圧は、そして死は無情にも迫りくる。


「なに……?」


 空気を切り裂くようにして大剣が迫り、ミアの身体を一太刀で断ち切らんとしたその時。不意に、彼女は鳥のように、あるいは風のように空中で方向転換し、そのまま男の剣技により発生した風圧に身を任せるようにして浮遊し、男の背後に回り込んだ。

 勢いもそのままに懐のナイフを抜き放ち、男の首筋に一振り。それはとっさに振り返った男の大剣によって阻まれるも、そのまま後方に跳躍して距離を取り、態勢を立て直すことに成功する。


「まったく、腕の立つ殺し屋は手札が多い。殺し屋が白兵戦を苦手とするとは、前時代の常識というわけか」

「……そういうあんたは一体何者? こんな辺境の賞金稼ぎにしては随分いい装備してるじゃない」


 ミアは殺しの現場において似つかわしくない男の言葉と態度に舌を巻きつつ、問いかける。

 かろうじて互角を演じてはいるものの、その重装備からは考えられない身のこなしに、片手の一振りで自らと同等の重量を持つ大剣を振り回す膂力。そして、そこから放たれる一太刀は体の一部をかすめただけで戦闘を継続できなくなるであろうことは想像に難くない。


 殺し屋である彼女を狙う存在など賞金稼ぎくらいのものだが、腕のいい賞金稼ぎは単純に殺し屋の絶対数が多い王都で活動しているはずだった。だとすれば、目の前の男の正体は一体。

 その問いへの答えは、男の口からすぐに明かされることになる。

「俺は、都落としの二つ名を戴くの一人だ。たしか、貴様らは死神殺しイモータルと呼んでいるんだったか」

「死神殺し……っ!」


 男の放ったその言葉に戦慄を禁じ得なかった。

 死神殺し。殺し屋として絶対に相手にしてはいけない存在だった。その実態は謎に包まれてはいるが、出会ったら最後、今まで殺した者の数に比例するかの如く痛烈な死が待っているとは、殺し屋の間で知らないものはいない言い伝えである。


 加えて、目の前の男は通り名つき(ネームド)。死神殺しの中でも一際抜きんでた実力を有していることは想像に難くない。そして、気づかぬうちに絶望的な状況に立たされていることも。


『どうする? 戦っても一個も得しないよ』

「……狙われてるんだったら、逃げてもいつか見つかるだけ。だったら、どうするかは決まってる」


 頭に響く相棒の声に、意を決したように応えて懐に手を伸ばす。そして、そのまま腰を落として構え相手の一挙手一投足どころか呼吸の変化一つ見落とすまいと意識を集中させる。

 その様は、これ以上ないほどに殺しの現場に似つかわしく、堂に入っていた。


「その若さでなかなか見上げた覚悟だ。貴様の名を問おう、月夜の怪物よ」


 一方の守護者は大剣を持ち上げてからまっすぐこちらへと掲げ、問いかける。


「あたしはミア。冥土の土産に教えてあげるから、まっすぐ天国まで届けなさいよ」


 その問いに応えるように、ミアは文字通りの殺し文句と共に地を蹴り、第二の幕が両手のナイフで切って落とされた。

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