06. 四人目の貴公子
「逃げようと思っても無駄だよ」
「けっ」
「誰に頼まれてこんな真似をした?」
「拷問されたって依頼人は売らねぇよ」
「ふぅん。じゃあ、駐屯所に連れ帰って拷問するね」
「えっ」
セントレイピア王国騎士団を名乗った殿方――アルウェン様。
彼はおじさんに手縄をかけて、身を起こした。
「二人とも怪我はありませんか?」
「危ないところをお助けいただき、ありがとうございますっ!」
私が答えるよりも早く、ヴァナディスさんが謝辞を述べた。
頬が赤らんでいるように見えるけど、星明りだけだとよくわからないわね。
「いつまでも淑女をこんな物騒な場所には置いておけません。すぐに中央に戻りましょう」
アルウェン様は、おじさんを縄でぐるぐる巻きにして動けなくした後、客車へと放り込んだ。
その上で私達を車内に入れて、自身は御者台に座る。
「馬車が手に入ったのも運がいい。まずは騎士団の駐屯所へ向かいますが、よろしいですか?」
「もちろんですわ!」
ヴァナディスさんが私を押しのけて、元気よく返事する。
さっきまで顔面蒼白だったのに、すごい変わり身。
「あの、アルウェン様」
「なんです?」
「つかぬことをおうかがいしますが――」
もじもじしながら、ヴァナディスさんが訊ねる。
「――ご結婚は?」
「えっ。……いや、まだ私は独身です」
「そうですか。そうですかぁ」
ヴァナディスさんの機嫌が急に良くなった。
今の会話、何がそんなに嬉しかったのかしら?
◇
アルウェン様の操る馬車に揺られて、私達は騎士団の駐屯所へと到着した。
……何やら、駐屯所の前が騒がしいわね。
「何の騒ぎです?」
「アルウェンか! おまえどこ行ってたんだ!?」
「ちょっと道に迷いまして」
「またか! おまえのは方向音痴とかそういうレベルじゃないぞ!」
「で、何かあったんですか?」
「それがな。聖女様が屋敷に戻ってないってんで、大騒ぎになってるんだよ!」
あー。
それはそうなるわよね……。
「本当ですか!? 捜索はどうなってるんです!」
「今、ケノヴィー侯爵邸の周りをしらみつぶしに――」
……すでに大事になっていたと言うわけね。
ちょっと言い出しにくいけど、このままにもしておけないわ。
「あの、よろしいでしょうか」
「あっ。そうでした、先にお二人を屋敷へ――」
「実は、私がその聖女なんです」
「え?」
「自己紹介が遅れてごめんなさい」
「まさか、ザターナ……嬢!?」
驚かせるつもりはなかったのよ。
アルウェン様も同僚の騎士さんも、私が
でも、何か引っかかる。
アルウェン様の驚きは、
◇
騎士団の駐屯所には旦那様のほか、
みんな、私を心配してここまで押しかけてきたのね。
「無事だったか、ザターナ!」
「ザターナ嬢がいなくなったと聞いて、心配したんですよ!?」
「怪我はありませんか、ザターナ嬢!」
エントランスに入るなり、ルーク様、アトレイユ様、ハリー様が私を取り囲んできたので、思わず後ずさってしまった。
「何があったか聞かせてくれないか。きみを傷つけようとした
言いながら、ルーク様が真剣な顔で詰め寄ってきた。
ありがたい申し出だけど、疲れたから今日はもう帰りたいのよね。
それに、私達を拉致した人も捕まっているし……。
「ザターナ嬢はお疲れです。拉致犯も確保していますし、今夜はもうお帰りいただいてはどうでしょう」
アルウェン様が、私とルーク様の間へと割って入った。
その直後、ルーク様が怪訝な表情を浮かべて彼へと詰め寄る。
「誰だ? たしか彼女の馬車に乗っていたな」
「ケノヴィー侯爵のご子息ですね。私は、王国騎士団のアルウェンと申します」
「アルウェン……。聞いたこともないな」
「なにぶん、ここ何年も国境警備に当たっていたもので」
「ふん。それがなぜ、今になって中央に現れた?」
険悪な雰囲気。
ルーク様もこういう態度で相手に詰め寄ることがあるのね。
でも、アルウェン様は私を助けてくれた恩人なので仲良くしてほしいわ。
「ルーク様。アルウェン様は、さらわれた私を助けてくださったのです」
「……そうだったのか」
ルーク様のツンツンした気配が、静まっていくのを感じる。
その一方で、アトレイユ様が何やら考え事をしていた。
「……アルウェンて、もしやヴァギンス男爵家の?」
「コリアンダ伯爵家のアトレイユ様ですね。私のことをご存じですか」
「東の国境線で起きた小競り合いで、バトラックスの軍神トールと互角に渡り合った騎士の名が、たしかアルウェンだったと」
それを聞いたルーク様が、目の色を変えた。
バトラックスというと、セントレイピアの東にある軍事国家ね。
軍神だなんて、物々しい二つ名だこと。
「あの軍神トールと……!?」
「尾ヒレがついて広まっているようですね。軍神と交戦したのは事実ですが、私を含めた七名でかろうじて退却せしめただけです。互角なんてとんでもない」
「だが、軍神と剣を交えて生き残ったのならば、十分誇れることだ」
「お褒めに預かり恐縮です、ルーク様」
その時、パンパン、と手を叩く音が聞こえた。
それは、これまでずっと沈黙していた旦那様だった。
「そんな些末なことはよろしいでしょう。それよりも、娘をさらった
「はい。我々としても、そのつもりです」
「ならば今すぐかかりたまえ。せっかく実行犯を捕まえても、モタモタしていては黒幕に悟られてしまうかもしれんだろう」
「トバルカイン子爵のおっしゃる通りです」
「そもそも、中央の警備はどうなっているのかね。聖女の身に危険が及んだこと自体、王国騎士団の沽券に関わるのではないか?」
「面目次第もございません」
旦那様のおっしゃることもわかるけど、何もアルウェン様が謝ることじゃないわ。
こんな時は、私が仲裁に入るべきよね。
「お父様、今回は一切抵抗しない私にも責任がありました。アルウェン様を――騎士団の皆さんを責めないであげてください」
「そう言うわけにもいかん。我々の身を守るのが、王国騎士団の盟約だ。責任は取ってもらう」
旦那様があまり家では見せない一面ね。
ちょっと尻込みしちゃう……。
でもザターナ様の性格なら、そんな旦那様にも物怖じしないはずだわ。
「では、私がその責任を半分持ちますわ! 黒幕がいるのであれば、私がその方を捕まえてみせます」
「な……何を言い出す!?」
「だって、このままでは安心して街を歩くこともできませんもの」
「いや、そうではなくて……」
「アルウェン様。私も黒幕を捕まえるのに協力します。聖女として、悪い人間を放っておくことなどできませんから!」
決まったわ!
まさに冒険小説のヒロインのごとき演説。
思いつきでこんな話をしてしまったけど、
……あれ?
旦那様も、ヴァナディスさんも、口を開けて唖然としているわ。
私、何かまずいこと言っちゃったのかしら。
「そこまで言うなら、私も協力しよう」
「ザターナ嬢の言葉には感銘を受けました。俺も力になります!」
「もちろん僕も。抜け駆けはダメですよ、ルークさん、アトレイユさん」
ええ……!?
まさか
「し、しかし、侯爵家と伯爵家のご子息であるお三方を、危険なことに巻き込むわけには……」
「構うな、アルウェン。これでも我ら三人、そこそこ剣は扱える」
「ご謙遜を……。お三方の実力が
どんどん冒険小説風になってきたわね。
その渦中に私もいると考えると、わくわくしてくるわ。
「……わかった。もう何も言わんが、くれぐれも無茶をするなよザターナ」
「ご安心を、トバルカイン子爵。ご令嬢は私どもが必ずやお守りします」
「ルーク。きみならば――いや、きみ達ならば任せられる。だが、あくまで
「もちろんです」
話はまとまったようね。
さて、私はこれからどうなるのかしら。
おじさんの事情聴取に協力する?
それとも、一時的に家に帰されるのかしら?
「それでは、ルーク様、アトレイユ様、ハリー様には今夜は駐屯所で休んでいただきます。ザターナ嬢とお付きの方は、最寄りのホテルへご案内します」
「警備はどうなる?」
「女性の騎士に任せます。ご安心を」
「わかった」
ルーク様は話し終えると、アルウェン様から私に視線を移した。
そんなにじっと見つめられると、恥ずかしいわ。
その後、私とヴァナディスさんは女性の騎士さんに連れられて、駐屯所近くのホテルへと案内された。
ヴァナディスさんと同じ部屋をあてがわれた私は、ようやく
「はぁ~。今日は疲れたぁ」
「……」
「ヴァナディスさんまで巻き込んでしまってごめんなさい」
「……」
「でも、聖女を演じるには心も聖女になりきらないと!」
「……」
「ヴァナディスさん?」
「……」
どうしたんだろう。
さっきから、ヴァナディスさんが黙ったまま……。
「ダイアナ。あなた、とんでもないことをしたわよ」
「え?」
「お嬢様は、外では決して旦那様に口答えしない。加えて、厄介ごとに自ら進んで関わろうとは絶対にしないの」
え。待って。
それってつまり――
「お嬢様を知る者なら、あなたの言動に違和感を持ったはず」
――ですよね。
「幸い、あの場には旦那様と私以外、お嬢様と付き合いの長い方はいなかったわ。でも、今後はそのことを留意しなさい」
「はい。すみませんでした……」
振り返れば反省だらけの一日。
聖女って、本当に大変……。
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