〈ある貴公子の憂い編〉

03. 舞踏会にて

「……そんなことがあったのか」


 書斎にて、旦那様に昨日の・・・ルーク様来訪についてお伝えした。

 旦那様は頭を抱えながらも、安堵した表情を浮かべている。


「何事もなく済んで良かった。替え玉がバレていたら、どうなっていたか」

「大したなりきり・・・・でしたわ。この子は、私の想像以上にお嬢様を演じてくれました。短時間の会話なら、毎日顔を合わせている私達でなければ気づかれないかと」

「それほどか」

「ええ。まるで舞台女優の用でしたわ」


 あ。そう言われるとなんか嬉しい。

 と言うか、こんなに褒められるって初めてかも。


「だが、本当の難関は今夜だな」

「……はい」


 旦那様とヴァナディスさんが、私をじっと見つめてくる。


「舞踏会には、よりによって三剣みつるぎの貴公子が勢揃いするようだ」

「……! それは本当ですか!?」


 三剣みつるぎの貴公子……?

 ずいぶん仰々しい名称だけど、何のことかしら。


「三人とも、舞踏会では必ずダイアナザターナに絡んでくるだろう」

「彼らをまとめて相手取るとなると、難易度が高過ぎますね……」


 お二人は何のことかわかっているみたい。

 私だけ知らないなんて、なんだか仲間外れにされた気分だわ。


「あの、三剣みつるぎの貴公子ってなんですか?」

「……社交界で圧倒的人気を誇る三人の殿方のことよ」

「はぁ。どなたと、どなたと、どなたのことです?」

「ケノヴィー侯爵家のルーク様。次いで、コリアンダ伯爵家のアトレイユ様。並びに、リンデルバルド伯爵家のハリー様……そのお三方よ」


 アトレイユ様とハリー様か。

 そのお二人とは、たぶん私は顔を合わせたことがない。

 いざ話すことになったら、ちょっと困ったことになりそうね。


「舞踏会では、その三人に注意しろ。それ以外は適当にあしらっていい」

「取り急ぎ、私の知る限りの殿方の名前と特徴を、ダイアナに覚えさせます」


 ええっ!

 あまりたくさんの人のことなんて、一度に覚えられないわ。


「ダイアナ」

「は、はいっ」

「おまえだけが頼りだ。なんとか舞踏会を乗り切ってくれ」

「……! お任せください!!」


 私、期待されてる!


 旦那様の頼みなら、多少無理してもやり遂げなくちゃ。

 私に今の暮らしを与えてくれた恩人だし、お役に立って差し上げたいもの。


「それと、今のうちに言っておきたいことがある」

「なんでしょうか?」

聖女の奇跡・・・・・の源泉は、純真と純潔だと伝えられている。絶対にそれは守り抜け」

「はぁ。それってつまりどういうことでしょうか」

「……言わせる気か!」

「だって、教えていただかないとわかりませんし……」

「処女を守れ、ということだっ」


 ははぁん。

 えっちなことをしなければいいわけか。


「大丈夫ですよ、私、殿方に興味ありませんから」

「人の気持ちというのは、何をきっかけに変わるかわからんから言っているのだ」

「そういうものですかねぇ」

「そういうものだ!」


 旦那様がヴァナディスさんに目配せすると、私は彼女に外へと追い出された。

 もっとお話ししたかったのにぃ……。



 ◇



 そうこうしているうちに、あっという間に日が暮れてしまった。


 私は今、ケノヴィー侯爵の別邸にやってきている。

 別邸と言っても、本邸と何が違うのかわからないほど豪華で大きい。


 さすが、侯爵家。

 トバルカイン子爵家とは、スケールが違うわ。


「お嬢様、ぼうっとしてどうしたのです」


 門扉の前でお屋敷を見上げていた私に、ヴァナディスさんが話しかけてきた。


 ……そっか。

 周りには他のお客様の目もあるし、私はすでにザターナ様になっていなければならないんだ。


「えぇと……ヴァナディス。相変わらず大きなお屋敷だと、感心していたのよ」

「左様ですか。では、参りましょう」


 ヴァナディスさんにうながされて、お屋敷の玄関へと歩を進める。


 私はザターナ様のパーティードレスを着て、ルーク様から贈られたガラスのヒールを履いているけど、周りからおかしく見えていないかしら。

 こんな格好をするのは初めてだから、ちょっと心配。


「もし、ザターナ嬢ですよね?」


 玄関口へと向かう途中、殿方から声をかけられた。


 とても大柄で、凛とした顔立ちをした若者だわ。

 松明トーチが燃え盛っているような逆立った赤髪と、赤く光る瞳が、とても目立っているわね。

 彼の顔には覚えがないけど、どちら様かしら……?


「お久しぶりです。あなたに会えることを心待ちにしていました!」

「私もですわ。今夜の舞踏会、共に楽しみましょう」

「もちろん、そのつもりです。ダンスのパートナーには、ぜひとも俺を選んでください。後悔はさせません!」

「前向きに検討させていただきます」


 適当に話を合わせたら、嬉しそうな顔をしてお屋敷に入って行った。

 結局、誰だったのかしら。


「あれがアトレイユ様よ」


 後ろから、ヴァナディスさんの耳打ちが。


 今の殿方が、三剣みつるぎの貴公子――の二人目、アトレイユ様か。

 たしかに頼りがいのありそうな大きな体だったわね。

 人柄も良さそうだし、社交界で人気が高いというのも頷けるわ。


「ん?」


 不意に、私は刺すような視線を感じた。

 視線を感じた方に向き直ると、淡いドレスを着た女性が私を見つめている。


 思わず見惚れてしまうほど、美しい銀色の髪。

 加えて、宝石の散りばめられた煌びやかなティアラ。

 とても綺麗な人ね。


 私が視線を向けてすぐ、彼女はお屋敷へと入って行ってしまった。

 ザターナ様のお友達かしら……?



 ◇



 舞踏会が催されるホールは、とても広い空間だった。

 でも、何十人という紳士淑女が集まっていては、息苦しくて居心地が悪いわ。


「私は常にお傍におりますので、何かあればお声がけを」


 ヴァナディスさんはそう言った後、すれ違い様に――


「くれぐれもアドリブは控えて。マズイと思ったら、すぐに目配せしなさい」


 ――と耳打ちして、壁際へと移っていった。


 いざ一人になると、緊張してくる。

 くだんの殿方にいつ話しかけられても対応できるように、心の準備だけはしておかなくちゃ。


「紳士淑女の皆様! 今宵は、わたくしの舞踏会へようこそおいでくださいました!」


 奥の舞台で、優美なドレス姿の女性が話し始めた。

 きっとあれがケノヴィー侯爵夫人なのね。


 夫人は色々な講釈を述べた後、舞踏会の開催を宣言して舞台を降りた。

 どこからともなく蓄音機の音が聞こえ始め、男女がペアになって手を取り合う。

 いよいよ舞踏会の始まりだわ!


「「「ザターナ嬢」」」


 と思ったそばから、一斉に声をかけられた。

 誰かと思って振り向けば――


「私の贈ったヒールを履いてきてくれて嬉しいよ」

「俺にエスコートさせてくれませんか!」

「今日も綺麗だ。ぜひ僕と踊ってください」


 ――ルーク様、アトレイユ様、そしておそらく三人目の貴公子のハリー様。

 お三方とも凛々しいスーツ姿で、腰には剣まで携えているわ。


 そのうちのハリー様。

 初顔合わせだけど、物腰の柔らかそうな優しい雰囲気の殿方ね。

 アッシュグレイの髪に、黒曜石のような瞳が目を引くわ。


「……アトレイユに、ハリーか」

「久しぶりだな、ルーク。しかし、相手を間違っていないかな?」

「それはルークさんだけじゃないでしょ。あなたもですよ、アトレイユさん」


 私の目の前で、三人の殿方が睨み合いを始めた。

 舞踏会が始まって早々、妙な展開になってしまったわね……。


「ザターナ、私と踊ってくれるだろう?」

「ちょっと待った。彼女はまだ誰と踊るか言ってない!」

「ですね。一方的に言うのは失礼ですよ」


 周りの人達がすでに踊り始めている中、この状況はどうなのかしら。

 ここは、彼女を頼るしかないわね。


 ヴァナディスさんに目配せしようとしたら――


「えっ」


 ――彼女ってば、紳士に声をかけられてるじゃないの!


 付き添いの使用人に声をかけるなんて、ありなわけ?

 しかも、本人もまんざらでもない顔だし……。


 どうやら、私一人でこの状況を乗り越えないといけないみたいね。


「しつこいな、おまえ達。最初に彼女に話しかけたのは私だろう」

「異議あり! 我々が彼女の名を呼んだのは同時だった」

「そうです。抜け駆けは許しませんからね」


 お三方とも、割と対等に話しているのね。

 親の立場は子供には関係ないってことかしら。


「……わかったよ。ならば、誰が彼女のパートナーに相応しいか、ゲームで決めようじゃないか」

「いいだろう。口論よりも、ずっと建設的なやり方だ」

「ゲーム? 公平なものじゃないと嫌ですよ」


 ルーク様が、懐からエル金貨を一枚取り出した。


 コイン……?

 となると、もしかしてコイントスかしら。

 運で決めると言うのなら、たしかに公平と言えるわね。


「コインスライサーで決めよう!」


 あら。違ったわ。

 コインスライサーって、どんなゲームかしら。

 聞いたことないけど。


「なるほど! それなら俺達・・には公平だな」

「ですね。この場の余興としても退屈しませんし」


 ええ?

 余興ってどういうこと……。


「皆さん! 申し訳ありませんが、少し場所を取らせてください」


 ルーク様が声を上げて、手元のコインを掲げた。

 それを見て、周りの人達がざわめきと共に拍手を送り始める。

 みんな何が起こるかわかっているの……!?


「コインスライサー! トスしたコインに対して我々三人が同時に剣を抜き、最初に斬り落とした者が勝者となる。セントレイピア騎士、伝統のゲームだ!!」


 そんなの初耳よ。

 意外と物騒なゲームで驚いたけど、本当にやる気?


「ザターナ。きみにコイントスを頼みたい」

「……そんな気がしました」


 私は、ルーク様からエル金貨を受け取った。


 ……う~ん。

 もはや私の意思は完全にスルーみたい。

 お三方とも、私を無視して話を進めないでもらいたいわ。


 気づいたら、周りの人達もいつの間にかダンスを中断して、事の成り行きを見守っているじゃないの。

 ……もう、好きにして!


「それでは行きます」


 私はお三方の輪の中で、天井へとコインを弾くや――


「コインスライサー、始め!!」


 ――すぐさまその輪から外に出た。


 一瞬の後に、空中で三つの剣閃が煌めく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る