幕間Ⅰ~ケノヴィー侯爵家のルーク~

※幕間は三人称視点となります。





 街中を走る大型の箱馬車。

 その客車にて、ルークは酒の入ったグラスを片手に、ソロと語らっていた。


「――しかし、先ほどのルーク様はずいぶんと饒舌じょうぜつでしたね」

「そうか?」

「そうですよ。レイア様とは応対がまるで違います」


 ルークは酒をあおぐと、空になったグラスをテーブルに置いた。


「当然だろう。ザターナとレイアとでは、器が違う」

「酷いおっしゃりようだ。仮にもレイア様は、国王様のご息女ですよ?」

「王家の娘だろうと、第四子では話にならん。が欲しているのは、王家だけでなく、民衆にも影響力のある女性だ」

「それが聖女様だと?」


 ソロが手にしていたボトルを傾かせ、空のグラスへと注ぐ。


「俺には必要なんだ。腐り始めたこの国を正すために、絶対的な権威が……!」


 ルークは窓の外を眺めながら、過ぎゆく街並みを見つめる。

 時折、窓を横切る国民の姿を目で追いながら、その顔には焦燥があらわになっていく。


「もたもたしていれば、手遅れになる。これ以上、腐ったリンゴを放置すればその腐敗は拡がる一方だ。それを止められるのは俺しかいない」

「……お供しますよ。どこまでも」

「ああ、ついてこい。なんとしても聖女を手に入れて、セントレイピアからすべてのうれいを取り除いてやる」


 ルークは、酒の注がれたグラスをあらためて口へと運んだ。

 酒を一口含んだ時、彼は不意に思い出したことがあった。


「……ところで、ソロ」

「はい」

「ザターナのことだが、違和感がなかったか?」

「違和感ですか? 僕は特に何も……」

「そうか。……気のせいか」


 黙り込んだまま怪訝な顔を浮かべているルークに、ソロは困惑した。


「聖女様がどうかされたのですか?」

「いや、な。この前会った時と、雰囲気が違う気がしてな」

「雰囲気……」

「今思えば、身ぶり手ぶりも――」


 ルークはザターナとの会話を思い出し、何が違和感だったのかを考える。

 しかし、答えは出なかった。


「――いや、俺の思い過ごしだな。そもそもプライベートで彼女と話したのは、これで二度目だ」

「ははは。僕など、毎日のように顔を合わせている許嫁いいなずけの考えすら、いまだにわかりませんよ」

「……ふむ。そういうものかな」

「そう考えると、レイア様はかなりわかりやすい方かと」

「それは言うな」


 日も傾き始めた頃、聖都セントラの路上を走る馬車の中での出来事。

 この二人の会話を知る者は、他にはいない。

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