ぽんこつメイド、聖女の替え玉がんばります!
R・S・ムスカリ
〈序章〉
01. ぽんこつメイド登場
「ダイアナ、次は犬の真似をしなさい」
「はぁ。でもザターナ様、私、尻尾ついてないんですが」
青い空の下。
お屋敷の中庭で、私はザターナ様のお相手をしていた。
「メイドごときが、あたしに逆らうの?」
「いいえ! そんなつもりではっ」
「なら、さっさと噴水の周りを三回まわってワン、しなさい!」
「噴水の周りをですか?」
「この犬ったら、自分の立場をわかってるのかしら。おまえは、あたしの命令を聞いていればいいのよ!」
「でも、仕事着が汚れてしまいます」
「あたしの気分ひとつで、おまえなんて簡単に貧民街に送り返せるのよ?」
「わ、わかりました……」
ザターナ様に凄まれると、いつも断ることができない。
なんと言うか、逆らっちゃいけないって気持ちになるのよね。不思議。
私は犬をイメージして、四つん這いになってみた。
犬の真似なんてしたことないけど、こんなんでいいのかしら。
……う~ん。
「あのぅ」
「何よ。もたもたしてないで、早く行きなさい」
「尻尾もあった方がいいですよね?」
「はぁ?」
「だって、犬の真似ともなると尻尾が必要では……」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと行きなさいよっ!!」
あいたっ!
……ザターナ様に、お尻を蹴られた。
◇
「はぁっ、はぁっ……。三周してきました」
「……あんた、本当にドジよね」
「え?」
「ちょっと嫌がらせしてやるだけのつもりだったのに、なんでそんな大事にしてるわけ?」
ザターナ様が、何やら呆れた顔で私を見下ろしている。
なんで……?
「あっ」
……鼻血が出てる。
噴水の周りをまわった時に、うっかり顔から転んでしまったんだっけ。
どうりで息をしにくかったわけだ!
「お嬢様! 何をなさっているのです!?」
突然、中庭に声が響いた。
……メイド長のヴァナディスさんだ。
「! また、ダイアナにこんなことを……」
「何よ。メイド長ごときが、あたしに意見する気?」
「お嬢様は、この国のシンボルである
「うるっさいわね。敷地の中でくらい、自由にさせなさいよっ!」
ザターナ様は大声で言うと、中庭から出て行ってしまった。
私はザターナ様のお背中を見送りながら、金色のポニーテールがフリフリ左右に振れていて可愛いなぁ、なんて思っていた。
「……いつまでそんな恰好でいるの。立ちなさい!」
「あ、はい」
私は、言われるがまま立ち上がった。
ヴァナディスさんに視線を戻すと、私のことをジロリと睨みつけていた。
怖い。絶対に怒ってるなぁ……。
「顔を洗って、さっさと仕事に戻りなさい」
ハンカチを私に渡して、彼女は
「旦那様には、絶対にその汚い顔を見せるんじゃありませんよ」
「はい。わかりました」
はぁ、と溜め息をついた後、ヴァナディスさんはお屋敷へと戻って行った。
一人残された私は、ハンカチで鼻を押さえながら裏口へと向かう。
こんな顔を旦那様に見られたら、心配かけてしまうものね。
私は裏口を通って廊下に出ると――
「……ダイアナ。一体、その顔はどうしたのかね?」
――バッタリと旦那様に出くわしてしまった。
私ってば、運が悪い。
◇
私は、セントレイピア王国のトバルカイン子爵邸でメイドとして働いている。
もともとは貧民街の孤児だったのだけど、私が幼い頃にトバルカイン子爵――旦那様に出会って、この聖都セントラまで連れてきてもらったのだ。
以来6年間、このお屋敷が私の家。
旦那様も、メイド長のヴァナディスさんも、私に良くしてくれる。
ザターナ様だって、機嫌が良い時には私を頼ってくれる。
この前も、夜に厨房へとご案内して、お酒を差し上げたら喜んでくれたもの。
私は、今の暮らしに満足している。
でもなぁ……。
ただひとつワガママを許されるのなら、お屋敷の外に出て街中を歩いてみたい。
願わくば、いつの日かそれが叶うといいなぁ。
「ダイアナ! 火を消しなさい、魚が燃えてるわよっ!?」
「あっ。いけない」
考え事をしていて、うっかり魚を焦がしちゃった。
ヴァナディスさんが叫んでくれなかったら、危ないところだったわ。
「……まったく。あなた、注意力散漫すぎるわよ」
「そうでしょうか。えへへ」
「褒めてませんっ!」
ヴァナディスさんがまた溜め息をつく。
私の前だと、この人いつも溜め息をついてるのよね。
どうしてかしら?
「ここはもういいから、旦那様の書斎へ行ってきなさい」
「書斎へ? でも、あの部屋のお掃除担当はヴァナディスさんでは……」
「お馬鹿ねっ。旦那様がお呼びなのよ!」
「あ、はい」
私は焼け焦げた魚の入ったフライパンをヴァナディスさんに渡して、厨房を出ようとした。
「ちょっと、ダイアナ!」
「はい?」
「その焦げついたエプロンは置いていきなさいっ」
「ええっ!?」
エプロン、焦げてた。
どうりで焦げ臭いと思った!
◇
書斎の前に着いた私は、ドアをノックした。
「ダイアナ、参りました」
「入れ」
旦那様の返事があったので、私は書斎へと入った。
部屋の中では、机で旦那様が羽ペンを走らせているお姿が見えた。
旦那様って、いつも忙しなく何かをなさっているのよね。
尊敬しちゃう。
「仕事中、悪かったな」
「いいえ。おかげで魚を焦がすのが一枚だけで済みました」
「何?」
「あ、いえ。どういったご用件でしょうか」
旦那様は私を手招きすると、羽ペンを置いた。
「今日来てもらったのは他でもない。おまえに重大な仕事を――いや、仕事と呼べるかどうかは微妙なところだが、頼みごとがあるのだ」
「なんでしょう? 旦那様のご用命ならば、私はなんでもお聞きしますよ!」
精一杯ニコニコしながら言ったのに、旦那様から次のお言葉が出てこない。
「……絶対に他言しないでほしいのだが」
「はい」
「きみに、ザターナの代わりを務めてほしい」
「はぁ。私でよければ、かまいませんけど」
「……意味がわかっているのかね?」
旦那様が溜め息をついて、席を立った。
今日は、溜め息つく人が多いわね。
「実は、ザターナが家出をしてね」
「またですか」
「また、だ。だが、今回はちょっと様子が違うのだ――」
旦那様は、言いにくそうなお顔を見せながら続けた。
「――聖都近郊の農村で、娘にそっくりな少女が街道の馬車に乗るところを見た者がいる」
「はぁ」
「すぐにその少女を調べさせたところ、ザターナであることがわかったのだ」
「あら。今回はけっこう遠出なんですねぇ」
「そんな呑気なことを言っている場合ではない! 私の一人娘であること以上に、あの子は
旦那様が興奮なさってるわ。
こういう時は、余計なことを言わずに黙っている方がいいのよね。
……でも、どうして今回に限って聖都からお出になられたのかしら。
いつもより苛立つことでもあったのかなぁ。
「すまない、取り乱した」
「いいえ。どうぞお気になさらず!」
「そんな事情があって、おまえにザターナの代わりを頼みたい。もちろん、あの子の行方は捜索させている」
「はい。旦那様のご命令ならば、喜んでお務めさせていただきます!」
ザターナ様の真似は初めてね。
犬や猪やリスと違って、同じ人間の真似なら私でもちゃんとできそう。
「あ。でも私、髪の毛が黒いんですけど、大丈夫でしょうか」
「整髪料を取り寄せる」
「お召し物は?」
「あの子の部屋にあるものを着ればいい」
「お化粧は?」
「それが一番不要だ。なぜなら――」
突然、旦那様が私の前髪を掻き上げたので、びっくりした。
いつもは髪を下ろして顔を隠すようにおっしゃられていたのに、どうしたのかしら。
「――おまえは、ザターナと瓜二つだからな」
「えっ。そんなに似てますか?」
「……この時のためと言っていい」
「?」
「私の役に立てよ、ダイアナ。おまえを屋敷に置いていたのは、
旦那様が笑ってらっしゃるわ。
それほど私に期待をかけてくれているのなら、がんばらなくちゃ!
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