06 女神たちの嫉妬
「ネイビス……。何故胸があるんだ?」
朝起きると、一糸まとわぬ姿のリレイラがその美しい薄桃色の髪と翡翠の瞳を曙光に煌めかせながら、俺のことを覗いている。変なことを言いながら。
「胸? なんのことです?」
俺はそう呟くが、違和感を覚える。俺の体にも俺が発した声にもだ。俺は体に手を這わせると、その感触を確かめていった。やはり変だ。異様に柔らかい。
「うん。柔らかいな。それに髪も伸びてるし」
俺は異常なまでに厚くなった胸板を、いや、むしろこれはおっぱいだろ、を揉みしだく。
「胸が……ある、だと? それに、たまがない!……ち、チンも!」
俺は自身の股に手を伸ばして、あるべきものがないことを知る。
「なん、だと! 女になっている!? まさか……」
俺は真っ先にリレイラの方を向く。リレイラは慌てて手を振った。
「私は何もやっていない。それにいくら生命を操るといえど、他者の性別を変えるなどしたことがない」
「本当なのか?」
「あぁ。主神に誓ってな」
「うーん。リレイラが違うというのなら……」
そこで俺はステータスを徐ろに確認した。すると性別がやはりメスになっていた。
【名 前】ネイビス・アルバルト
【種 族】ヒト
【性 別】メス【女神たちの嫉妬:残り64:23:54】
【年 齢】15歳
【職 業】???
【レベル】99
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・
・
「女神たちの嫉妬?」
俺は独り言ちる。微かに夢の中で女神たちと話していた記憶があったが、それもなかなか上手く思い出せない。だが、俺はどうやら女神たちに嫉妬されているようだ。何がいけなかったんだ?
「そういえば、ネイビスにはそんな名前の呪詛があったな」
そう言ってリレイラが俺のステータスを見ようとしたので俺はリレイラが俺のステータスを閲覧することを許可した。
「女神たちの嫉妬ね。残り64:23:23。カウントダウンしているし、残り64時間と23分経てばってことみたいだな」
「うーん。取り敢えずそのカウントダウンが終わるまで待って、それで元の体に戻らなかったら考えますか」
「ああ。出発日なのに不運だな」
リレイラはベッドの隅に置いていた服を身に纏いながら振り返って、不敵に笑う。
「だがネイビス。女のお前もかわいいぞ」
俺は嬉しいのか恥ずかしいのかよく分からなかった。
リレイラは歩きで住み慣れた森の林道を行く。俺はその後をただひたすらついていった。服は女物に着替えていた。リレイラは空間魔法で大量の服を始めとする資源を蓄えていた。姿見もその中にあり、自身を見てみたが、これまたなかなかに可愛かった。
黒髪ボブにくるりとした瞳。リレイラは妖艶といった感じで大人の女性的な魅力があるが、俺はあどけなさ残るような可愛さだった。自分で言ってて恥ずかしくなるが、マジで可愛いかった。
一日も歩けば宿場町が見えてきた。木製の大きな柵で囲まれている造りになっている。まだ神聖国レインの領地にも魔物がいた頃の名残だという。
数百年前に神聖国レイン全域を囲う壁が出来て、しかもその中から有害な魔物を一掃していったという。今現在は魔物に怯えることなく国内を闊歩できるというわけだ。他に神聖国レインのように魔物を一掃した国はないという。
「ですが、よく国一つ覆える壁を作れましたね。神聖国レインが一番小さいからというのは分かりますが……」
歩きながら俺が尋ねると、リレイラは得意な表情で振り返って答える。
「ああ。なにせ、レインにはあいつがいるからな」
「あいつ?」
「永世法霊となった、四番目の賢者メル・ハイリッヒ・セイラルト」
「エイセホウレイ?」
俺はオウム返しで聞き取れなかった単語を訊く。
「要は王とか法王とか皇帝とかよりも上ということだ。クレストローレの皇帝は許していないがな。まぁ、少なくとも北大陸では永久に約束された法霊として絶対的地位に立つということだ」
「なんですかそれ、最強では?」
「彼女はそれだけのことをしたんだよ。壁を作ったのも、魔物の大半を滅したのもメルだ。メルは人類の希望。言わば聖女だな」
「聖女……。やはりメルさんも不老不死なんですか?」
「ああ。まぁな」
これでメルはリレイラに抱かれていることが発覚したが、今のリレイラの姿は美女なので、百合展開しか想像できなかった。これはこれでいいか。メルさんって、どんな人なんだろう。
しばらく歩くと大きな門に辿り着く。門番はリレイラの顔を見るや、すぐに胸元に目を移す。俺は少し嫌な気分になる。
「身分証明書の提示を」
「今はそんなものが必要なのか?」
「ああ。ないのか?」
リレイラさんはとぼけている。大丈夫だろうか?
「昔は顔パスだったのにな。どうしたものか」
リレイラさんは悩みに悩む。リレイラさんはどうやらかなりの歳月森にいたようで今の勝手を知らないようだ。加えて俺も捨てられた身なので身分証はない。
「すまんが、ないなら通せないな」
「それは困るな」
「そうか……。なら提案だ。耳を寄せろ」
門番の男はリレイラに耳打ちして話す。俺は無性に腹がたった。俺の耳には確かにこう聞こえたからだ。お前らを抱かせろ、そしたら通してやる、と。
「ほう。いいぞ」
「リレイラ!」
俺は我慢に耐えられずにリレイラと門番の元へ詰め寄って声を荒げる。だが、リレイラは「待て」と一言。その剣幕に俺は仕方なく待たざるをえなかった。
「お前。名前は?」
「ケルンだ。約束、破るなよ?」
「ああ。だが、何。その前に私のステータスの一部を見せてやる」
「ステータス?」
リレイラは自身のステータスを門番に見せる。すると門番ははっとして叫ぶ。
「!? レベル、千二ひゃ……」
「愚か者! 声が大きい」
リレイラは魔法で門番の口を閉じさせた。そんな魔法もあるのかと驚くよりも、確実に聞こえた千という数字の方に俺は驚いた。
「リレイラさん。マジですか?」
「さぁ、どうだか。それよりケビンだったか、通してくれるか?」
俺が確かめるために訊いてみても、リレイラに軽くあしらわれてしまった。門番は及び腰になってぺこぺことリレイラに非礼を詫びるかのように頭を下げている。
「あ! はい! もちろんですとも! どうぞどうぞ!」
リレイラは堂々と門を通り歩んでいく。そうだよな。千レベル越えたら神話級なんだもんな。そりゃそういう反応にもなるよなぁ。そんなことを思いながら俺もリレイラの後を追う。
「あいつはまだ人として堕ちてない。だからからかってやっただけだ。心配するな、ネイビス」
門を抜けてからリレイラが語りだす。
「はぁ……。自分的にはアウトだと思うのですが」
「あれは私達の美貌のせいだ。それに通してやりたいという良心も見えた。人は権力を得ると普段から逸脱した行動を取る傾向にある。今回は通すか通さないかの権力だな」
「権力ですか……」
「そうだ。ネイビスも今回の経験から学んでおくといい。レベル100を越える者はみな今回のように交渉においてはほぼ絶対的な権力を得る。何故だか分かるか?」
「えっと……。強いから、ですか?」
「ふむ。それも正解ではあるな。理由は単純だ。レベル100以上にとって一般人相手ならば息をするように殺せるからだ」
要は、交渉も命あってこそということだろう。そう考えると、レベル高いと、逆に恐れられそうだなぁ。
それからしばらく俺はリレイラから講義を受けた。存外リレイラは教えることが好きなのかもしれない。
俺は朱く染まった空を眺めながらリレイラの話にこくこくと頷いて歩くのだった。
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