70 やらかしちまった

「ねぇ、ネイビスくん。レベル上げの前に、行きたいところがあるんだけど……」


 王城から出て、とりあえず王都の宿屋に泊まろうとなった三人が王都の町並みの中を歩いていると、ビエラが当然そう切り出した。


「どこだ?」


 ネイビスが訊くとビエラは嬉しいそうに頷いてから続きを話した。


「エルデ地方ってところでね。とても綺麗なところなんだよ!一回行ってみたくて!」

「そういや、前に一度言ってな」

「うん!」

「イリスはどう思う?」


 ネイビスはイリスにも意見を聞いた。


「そうね。あの預言者も自由にして構わないって言ってたし、多少はいいんじゃないかしら?」

「じゃあ、次の目的地はエルデ地方にするか」

「やったぁー!」

「私は賛成よ」


 ビエラは喜々として喜び、イリスもネイビスの案に同意した。


「で、どう行くんだっけ」

「ダンジョン都市イカル経由で飛空艇使えば二日で行けるわ」

「じゃあ、明日の朝出発にするか?」

「そうね」

「今日は早めに休まないとな……うん?どうした?」


 不意にネイビスの袖をイリスとビエラが掴んで、優しく後ろに引っ張った。


「そのことなんだけど、お願いがあって」

「今夜は優しくしてほしいかなって」


 ネイビスは一瞬何の話か理解が及ばなかったが、顔をほんのりと赤らめる二人を見て夜の営みのことだと少ししてから理解した。


「ああ。久しぶりだからな。もちろん優しくしてやるぞ」

「それは助かるけれど、そうじゃなくて……。ツァーネの加護の力で時が戻ったでしょう?ステータスとかは変わらないけど、髪とか体は元通りなのよ」

「つまり……?」

「ネイビスくん。言わせないでよ……」

「察しなさい!」

「うん?」


 ネイビスが二人の真意を理解したのはその夜、王都で一番の宿屋のスイートルームでのことだった。ネイビスはイリスとビエラの二度目の初めてを堪能し、歓喜したのだった。


 翌朝、ネイビスはあることに気づいて顔面蒼白になる。


「あ、やべ。避妊の指輪つけ忘れてるやん」

「んー?ネイビス、どうしたのよ?」


 起きてきたイリスが寝ぼけ眼のままネイビスに質問した。


「俺達、昨日アレしましたよね?」

「ええ。したわね」

「イリスさん。避妊の指輪つけてました?」

「あ……」


 イリスの表情も曇り始める。


「おはよう、二人とも……」

「おはよう、ビエラ。あのさ、ビエラ。昨日聖なるアレしたでしょ?」

「う、うん……。したよ?それがどうしたの?」

「ビエラさん、避妊の指輪つけてたっけ?」

「あ……、忘れてた!」


 ビエラは驚きの表情で声を上げる。それを見てネイビスはベッドに倒れ込む。


「思いっきりやってしまった……。魔王討伐の前にパーティーメンバーを妊ませるって……」

「ま、まだ妊娠したと決まったわけじゃないし……」

「そうだよ、ネイビスくん!」

「そうか?まぁ、気にしてもやってしまったことは仕方ないんだけど……」

「そうよそうよ。それよりネイビス。飛空艇の出発時間が迫ってるわ!」





 エルデ地方。大陸西北にある、小麦の名産地。そこにネイビス達は飛空艇に乗ってたどり着いた。


「なんて空気がキレイなのかしら!」

「そうだな。それにどこを見ても美しいな」


 遠くには連峰が聳え立ち、その麓まで畑が広がっていた。のどかな田園風景。


「なんか、戦いとか忘れて、このままスローライフ送りたくなってきたな」


 ネイビスが独りごちるとビエラが聞き返した。


「すろーらいふ?」

「ああ。のんびり過ごすことだよ」

「私達、相当なお金持ちだから、死ぬまで暮らせるかもね」


 ネイビス達はしんみりとした空気に包まれる。


「いっそのこと、新居構える?」

「あり」


 結局ネイビス達はエルデ地方の一等地に新居を建設することにした。その手続きを終えてネイビス達はある宿屋に泊まった。


 それから月日が経ち、ネイビス達の新居が出来た。三人はそこに住むようになって、魔王討伐のことも忘れて過ごした。来春には子どもも生まれて、ネイビス達は家族になった。


 家族水入らずで過ぎ去る季節をスローライフ。そんなある時、ネイビスの息子がネイビスに語りかけた。


「お父さんはどうしていつも独りなの?」

「え?俺はイリスとビエラに、お前らにも囲まれて、独りじゃないぞ?」

「ううん。お父さんは独りだよ?だって、だって、だって……」


 ネイビスは息子の言葉に吸い寄せられる感覚に陥った。それは高いところから落ちるような恐怖を伴っていた。怖い、辛い、寂しい……。






「あ、夢か」


 ネイビスはテントの中で目を覚ました。今現在レベリング中のネイビスはCランクダンジョン『トカゲの巣窟』に籠もっていた。


「あーあ。あのままエルデ地方で余生を過ごしたかったなぁ」


 ネイビスの精神はかなりすり減っていた。というのも訳がある。今ネイビスは一人でダンジョンを周回しているのだ。イリスとビエラは今、エルデ地方にいた。ネイビスは一人でダンジョンにかれこれ二ヶ月は籠もっていた。精神も擦り切れる。


「二人とも元気かなー」


 先程の夢は途中までが現実だった。ネイビスは実際にやらかしていた。イリスとビエラはネイビスの子どもを妊娠したため、ダンジョン攻略を中止しエルデ地方に新居を建てた。現在二人はエルデ地方で療養中だ。


「とっととカンストさせてやる」


 ネイビスは独り言を言うと、再びダンジョンの入り口に入っていった。

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