66 聖裁

 ネイビス達は暗闇の中にいた。辺りはすっかり夜。ここはAランクダンジョン『ドラゴンの巣』の出口だった。ダンジョンの出入り口となっている受付の明かりを頼りにネイビス達が歩き出すと、受付の前の広場にはネイビス達を待っていたかのような人集りがあった。灯りを携えている彼らはネイビス達を見つけるとすかさず大音声の歓声を上げた。


「これでまた武勇伝が増えるな」

「そうね。早く行きましょう」


 ネイビスとイリスは喝采を受けて自慢気になる。だが、ビエラだけは眉をひそめていた。


「ねぇ、二人とも。ちょっと変じゃない?」


 イリスとネイビスが足早に受付へ向かおうとするのをビエラが制止した。


「どうしたんだ、ビエラ?」

「いや、ただの勘違いかもしれないんだけど、少しおかしいなって」

「ビエラ、何かあるなら言ってちょうだい」

「うん……。どうしてあの人達は私達がダンジョンをクリアしたことを知ってるのかなって思って。だって、クリアしたかは受付でマギカードの履歴を確認しないと分からないはずだよね?」

「……それもそうか」


 ビエラの話を受けて、ネイビスはしばし考えてから頷いた。それを見て、さらにビエラは続ける。


「私達が必ずクリアすることを確信してたってことも考えられるけど、それでもなんだか怪しくない?」

「ビエラの言いたいことは分かった。そうだなぁ。話だけでも聞きに行って見るか?」

「う、うん。気をつけてね」


 ネイビスは一人で人集りのもとへと話を聞きに行った。ネイビスが近づくと、一人のマントを深く被った男がネイビスに尋ねた。


「もしかして、『ランダム勇者』か!」

「ええ、そうですが、この集まりはなんですか?」

「なら、Aランクダンジョンをクリアしたって話は本当なのか?」


 ネイビスは質問に質問で返されたことに一瞬苛ついたが、ここは我慢することにした。ネイビスは仕方なく答える。


「そうですけど、なぜそれを知ってるのですか?」

「そうか。それは残念だ……」


 ネイビスが話し終えると、男の纏う空気が一変した。ネイビスは反射的に身構えるも、その男に近づいてしまった時点でもう遅かった。


「えっ……?ぐっ……」


 気づくと男の太い右腕がネイビスの腹部を貫いていた。酷い頭痛と吐き気がネイビスを襲い、ネイビスは血反吐を吐いた。


「よく聞け!俺は七大聖騎士が一人、【破壊のバルザック】だ!まぁ、お前はもう死ぬから教えてやるがな。クリアしちゃいけねぇんだよ、Aランクダンジョンは!」


 ネイビスは必死に抵抗しながらも、以前に【金色のヘス】と会話した時のことを思い出していた。何故転職が知られていないのか、ネイビスは常々疑問に思っていた。上級職には転職がないことも理由として考えられたが、上級職以外ならレベル99になれば自ずと転職を知るはずだ。なのに連綿と紡がれてきた歴史の中で一人たりとも転職の言葉はない。


 今になってこうやって間引かれていたのかとネイビスは思い知った。バルザックはそのまま抵抗するネイビスを宙に持ち上げる。


「イリスっ!ビエラっ!逃げろぉぉぉ!」


 ネイビスは怒鳴った。イリスとビエラに届くように。ネイビスはもう勝つことを諦めていた。出来るなら二人だけでも逃げて生きのびてほしい。そう願って声を上げるネイビスにバルザックは容赦なく語る。


「安心しろ。お仲間はもうとっくに天国だぜ!なんせ、俺よりも恐ろしい二人が相手だからな。特別に見せてやるよ」


 バルザックは空いていた左手でネイビスの首を強制的に曲げる。ネイビスの視界に映ったのはローブを纏い仮面をつけた二人の魔導士らしき者だった。二人はネイビスの方に背を向けて立っていた。


「イリスっ!ビエラっ!」

「無駄だよ。ほら!」


 仮面の二人はそれぞれ一人ずつ人を抱えていた。仮面の二人がゆっくりと振り返る。


「そんな……」


 仮面の二人はそれぞれイリスとビエラを腕に抱えていた。だが、二人の四肢は力なく宙に垂れていて、もう生気は感じられなかった。ネイビスはもうイリスもビエラも死んでいることを悟った。


「ほら。愛しの二人なんだろう?死に様くらい見届けてやりなよなぁ?」


 バルザックの声はもうネイビスの耳には入らなかった。ネイビスの中にあるのは憤怒だけだった。


「くっそぉぉぉぉ!喰らえ!『プチメテオ』!『プチメテオ』!『プチメテオ』!」


 嗄れた声でネイビスは自身と仮面の二人の頭上に『プチメテオ』を三つ生成した。死ねば諸共。それがせめてもの足掻きだった。仮面の二人は抱えていたイリスとビエラの亡骸を優しく地面に置くと、天に向けて手を伸ばした。


「「『フリーズ』」」


 辺りを冷たい空気が支配し、プチメテオは冷気に包まれて雲散する。ネイビスの『プチメテオ』はローブを纏った二人の魔法によって相殺されたのだ。『フリーズ』。それは大蒼魔導士がレベル99で使うことのできる魔法スキルだった。


「ごめんなさい……。でも仕方がなかったの」

「まさかクリアするとは思わなかった」


 そう言う声はどこかで聞いたことのある声だった。ネイビスのもとに近づきながら二人はその身に纏うローブと仮面を外した。現れたのは二人の白髪の美女。ネイビスのよく知る人物だった。


「何故……だ?」

「私は『絶対零度』のレナである前に【太陽のレナ】なの」

「私は【月光のルナ】。騙すようなことしてごめんなさい」


 ネイビスはあまりのことに続く言葉が出ない。


「なぁ、選ばせてやるよ。このまま死ぬか、氷漬けか、それとも恋人さん達と同じ目に合うか!あはは!……あれ、返事がないなぁ?」

「バルザック。弄ぶのもいい加減にしなさい」

「代わりに私が殺すわ」

「ちぇっ!わかったよ。せっかく久しぶりの聖裁だったのに!」


 ネイビスは死ぬことを恐れてはいなかった。今はもう、七大聖騎士を憎んでもいなかった。ただ、虚しかった。切なかった。悲しかった。何故、こうも立て続けに死や苦痛を経験しなくてはならないのか。何故、イリスとビエラと別れなくてはならないのか。恨むとすれば世界の方だった。


「安心して。二人は痛みもなく、一瞬で死んだから。あなたもすぐに終わるわ」

「お互い転生した時代が悪かった。ただ、それだけのことよ。じゃあね」


 ルナはネイビスに向けてそっと手をかざした。そして呟く。


「『デス』」


 避けようのない死がネイビスを赤子を抱く母のように優しく包んだ。何もかもを諦めた暗闇の先にネイビスの脳裏に煌めいたのは、始まりの日の記憶だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る