40 翡翠の指輪

「『魔獣斬り』!『魔獣斬り』!」


 イリスは二匹のウィンドタイガーを二回の剣撃で仕留めた。


「これなら余裕ね」

「うんうん!」


 雷鳴剣に付いた血を払いながらそう呟いたイリスにビエラが頷いた。


「最近イリスが人間辞めて来てるな」

「あなただって人間辞めてるでしょ?『蟻塚』で女王アリに放った『プチメテオ』とか!」


 ネイビスの「人間辞めてる」という指摘にイリスは腹を立てて言い返す。


「まぁまぁ。二人とも。先進もう?」

「そうだな」

「そうね。行きましょう」


 ビエラが上手いこと緩衝材となって二人の間を持つ。イリスがウィンドタイガーの死体をインベントリに入れてから三人はさらに奥へと続く洞窟を進んでいく。洞窟の中は薄明るい。というのも壁がほんのり光っているのだ。

 その後も三人はイリスの『魔獣斬り』頼みでどんどんウィンドタイガーを倒して進んでいく。一度ネイビスが試しに『プチメテオ』を放ったこともあったが、そのせいで洞窟が崩れかかるというアクシデントがあり『プチメテオ』は封印した。つくづく使い勝手が悪いと思うネイビスだった。


「この先がボス部屋?」


 ビエラが今までの隠しエリアの経験からなんとなく予測してネイビスに訊く。


「そうだぞ。だからイリスのMPが回復するまで休憩な」


 三人はイリスのMPが完全回復するまでの約三十分、テントを立ててその中で待つことにした。狭いテントの中で三人はイチャついた。三人は本能的に分かっているのだ。イチャイチャが一番時間を忘れられることを。結局気づけば一時間が経っていて、三人は急いでテントを出て片付ける。


「長居しちゃったわね」

「緊張感もあったもんじゃないな」

「そうだね。あはは」


 三人は仕切り直して作戦会議を始める。


「接敵一番に俺とイリスが『ノービスの本気』と『剣士見習いの本気』を使って、イリスは『魔獣斬り』で畳み掛けよう。俺はイリスに当たらないように『プチマジックミサイル』と『マジックアロー』をひたすら連発する。ビエラも打てるなら『プチホーリー』で攻撃してくれ」

「うん!」

「りょーかい」

「恐らく今までフリーズコングとメテオキメラと戦って来た感じ、敵のHPはそこまで多くない。魔法が一番の問題だな。だから今回は敵の魔法を完封することを目標にしよう。以上!何か質問は?」


 ネイビスが訊くとビエラが手を挙げた。


「もし『プチストーム』を使われたらどうするの?」

「ただひたすら逃げる!それだけだ!」

「シンプルすぎて逆に怖くなるわね」

「だからこそ魔法を使われる前に倒す。それでいいか?」


 イリスとビエラは真剣な眼差しで黙って頷いた。それを確認するとネイビスは洞窟の奥へと歩み始める。イリスとビエラはネイビスの後を追うように歩き出す。そして三人は開けた空間に出た。


「湖?」


 ビエラがポツリと呟いた。メテオキメラのいた溶岩に囲まれたボス部屋のように、そこには地底湖に四方八方を囲まれた陸地があり、その中心に一体の巨大な虎が座っていて、入り口の反対側には青白く輝く宝箱があった。


「そうみたいだな。じゃあ、作戦通りで行くぞ!『ノービスの本気』!『プチマジックミサイル』!」

「『剣士見習いの本気』!行くわよ!『魔獣斬り』!」


 呑気に座っているストームタイガーをイリスの剣と『プチマジックミサイル』が襲う。ストームタイガーはすぐさま立ち上がり、バックステップをして二人の攻撃を避けた。


「くそ!流石に敵のAGIが高いな」

「そうね。ネイビス。何か手は?」


 初手を避けられたことに焦りを見せたイリスが策はないかとネイビスに尋ねる。


「もうアレ使うか。『プチメテオ』!」


『プチメテオ』が発動してストームタイガーの上空に巨大な火球が生成される。火に弱いストームタイガーは急激な気温上昇に辺りを警戒し始めたが、よもや自分の真上にその原因となる物があるなど気づかなかった。そのまま火球がストームタイガーに直撃する。


「グァァァァ!!!」


 ストームタイガーの断末魔が空間に響き渡った。


「まさかの一撃かよ」

「恐ろしいわね」


 三人は『プチメテオ』により形成されたクレーターを覗き込んで感想を言う。


「あれ魔石?」


 ビエラがクレーターの底を指差して言った。確かにそこには大きな緑色の魔石が転がっていた。イリスが恐る恐る歩み寄って回収する。


「風の魔石A!Aランクの魔石よ!」

「ネイビス君。もしかしてフリーズコングとメテオキメラもAランクだったりするの?」

「そうだったかもしれないな。それよりも宝箱宝箱!」


 ビエラの問いに答えたネイビスは視線をイリスのインベントリに消えていく魔石から青白く輝く宝箱へと移した。


「最後はどうせ緑色の指輪でしょ?」


 イリスが宝箱の中身を予想した。


「流石に分かるか。名前は翡翠の指輪だ。効果も他の指輪とほとんど同じでMPプラス75とINTプラス25。それと『プチストーム』だな」

「『プチストーム』ってどんな魔法なんだろうね」

「そう言えば使ってこなかったな」

「ネイビスが『プチメテオ』で瞬殺したんでしょ?お陰で私の出番全くなかったわ」


 そう言ってイリスが不服そうにため息を吐く。


「ごめんごめん。まさか一撃とは思わなくてな」

「二人ともそろそろ宝箱開けよう?」

「おう。いいぞ」


 三人はせーので宝箱を開けた。中には案の定緑色の指輪が一つ入っていた。


「これは誰がつけるの?」


 ビエラがネイビスに訊くとネイビスは考え込む。


「うーん。これは俺がもらってもいいか?」

「私はいいよ」

「私も構わないわ。私に魔法は合わないもの。でも、てっきりビエラが付けるんだと思ってたわ」

「そのことなんだが、俺も最初はビエラに渡そうと考えてたんだ」

「じゃあどうしてネイビスがつけるの?」

「この経験値二倍のミスリルバングルをビエラにつけてもらおうと思ってな」

「え?いいの?」

「ああ」


 そう言ってネイビスが自身の右腕に付いたミスリルバングルを二人に見せると、ビエラが確認する。それにネイビスが同意した。


「理由を聞いても?」


 イリスが尋ねるとネイビスは語り始める。


「ダンジョン都市イカルにあるAランクダンジョン『ドラゴンの巣』は知ってるだろ?そこのボスは黒竜って言うんだけどな。そいつが死のブレスっていう攻撃をして来ることを思い出したんだよ」

「死のブレス?」

「物凄く物騒な名前ね」


 ネイビスは風林山に登る途中でこの先何をするかを考えていた。約四ヶ月後の十月十日に開催されると言うオリエンス世界大会に出るのは確定として、それまでの間何をしようかを思案していた。思いついたのが未攻略のAランクダンジョンとSランクダンジョンをクリアすることだった。そしてあわよくばその二つのダンジョンを周回して高速レベリングをしようと企んでいた。普通なら一日に二回以上のダンジョン攻略はご法度だ。だがネイビスには一つ策があった。

 いずれにせよ、ネイビスは三つの指輪が揃ったらAランクダンジョン『ドラゴンの巣』を攻略しようと決めていた。ここで問題になって来るのが『ドラゴンの巣』のボス、黒竜の使ってくる死のブレスだった。


「死のブレスは名前の通り食らうと一定確率で死ぬ」

「「え!?」」


 ネイビスの言葉にイリスとビエラは驚きの声を上げた。


「それってどのくらいの確率なの?」

「25パーセントだ」

「それは恐ろしいね」


 25パーセントという数字に戦慄する二人を見てネイビスは話を続ける。


「そこでだ。ビエラにはいち早く僧侶系の中級職である巫女のレベル99になって第四スキル『レイズ』を覚えて欲しい」

「レイズ?」


 首を傾げるビエラにネイビスが告げる。


「要するに復活の魔法だ」


 それを聞いた二人が再び驚きの声をあげる。


「えー!復活!?」

「復活って。それって本当なの?」


 ネイビスは「ああ」と首肯してから自身の右腕に付いたミスリルバングルをビエラに渡す。


「とにかくこれからはビエラが巫女レベル99になるのを目標にするぞ」

「分かったよ!」

「りょーかい」


 ネイビスの立てた目標に二人は賛同する。それを確認したネイビスは翡翠の指輪を宝箱から取り出して自身の右手の薬指に嵌めた。その後三人は『虎穴』を後にするのだった。

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