21 イリスの涙

✳︎前話の掲示板回と繋がっていますので、もし掲示板回を飛ばされた方はそちらを読んでからこの話を読むことを推奨します。



 Aランクパーティー『三連星』がネイビス達の泊まっている部屋から手を振りながら出ていった。


「またどこかで会おうな!」

「また会いましょう!」

「バイバーイ」


 部屋に残された三人はため息を吐く。


「完全に酔ってたわよね」

「そうだな。完全に酔ってたな」

「私『プチキュア』かけた方が良かったのかな?」

「気にしなくて良いぞビエラ。それよりもう夜遅いし寝るぞー」


 三人はベッドを一つに繋げて部屋の明かりを消し、ネイビスを真ん中にして横になる。イリスとビエラに左右から密着されているネイビスはやはりなかなか寝ることができない。三人がベッドに入ってから30分くらいが経った頃、イリスが小声で呟く。


「二人とも起きてる?」

「ああ。起きてるぞ」


 ネイビスも小声で返す。だがビエラの返答はない。ビエラは既に眠っていたのだ。


「ビエラは起きてないの?」

「そうみたいだな」

「そっか……」

「イリス。どうかしたのか?」


 ネイビスがイリスにそう訊くとイリスは話し始める。


「ネイビス。正直に答えて。ハルオンに泊まったあの日、やっぱりビエラと何かあったでしょ?」


 その言葉にネイビスはドキッとしてあの日の夜の出来事を思い返す。ビエラと手を繋ぎ、キスをして、恋人の鐘を一緒に鳴らした。イリスとビエラの子供の頃の夢の話を聞いたりもした。


「どうしてそう思うんだ?」


 正直に話すのが怖いネイビスはイリスの質問に質問で返す。


「分からないわよ……。でも上手く説明できないんだけど、なんだかあの日からずっと距離を感じるの。ネイビスとビエラが私を置いてどこか遠くに行っちゃう気がして怖いの」


 イリスは泣いていた。イリスの涙を見てネイビスは思う。確かにあの日ネイビスとビエラは恋人として一歩前に進んだ。イリスを置き去りにして。それはネイビスとビエラにとっては始まりの一歩かもしれないが、まだスタート地点にいるイリスにとっては大きな一歩だったのかもしれない。イリスはその差をどこかで感じ取っていたのだ。


「イリス。今まで気づけなくてごめんな」


 ネイビスはイリスをぎゅっと抱きしめて頭を優しく撫でる。


「ネイビスのバカ……」


 イリスの涙が止まるまでしばらく二人は抱き合っていた。


「やっぱりずるいよ。ネイビスはカッコいいから、私許しちゃう」

「それは、ごめん」

「ねぇ、ビエラとキスしたの?その……エッチなこととかしちゃった?」

「正直にいうとキスはした。でもその先はしてない」

「やっぱり。じゃあ私ともキス……してくれる?」


 ネイビスの耳元で発せられるイリスの声はいつもの声音とは違って、とても可愛らしい声だった。


「ああ。良いぞ」


 二人は一度少し離れて、ベッドに腰掛けて座った。


「あなたビエラとキスしたんでしょ?ならエスコートしてよ」

「分かった」


 ネイビスはそっとイリスの両肩に手を添える。


「目瞑って」


 ネイビスの言葉に従ってイリスは瞼を閉じる。そして二人はキスをした。数秒してネイビスは唇を離そうとしたが、イリスがそれを許さない。イリスは両手をネイビスの頭に回してホールドする。次第に二人はお互いの背中に腕を回して体を寄せ合い体温を共有する。それは永遠のようなひとときだった。


「唇ってこんなに柔らかいものなのね」

「そうだな」


 二人はベッドに腰掛け、手を繋いでいた。イリスはネイビスの左肩に頭を預けている。


「ねぇ。ネイビスはちゃんと私のこと好き?」

「ああ。好きだぞ。じゃなかったらキスなんてしない」

「ビエラのことも好き?」

「そうだな。二人とも大好きだ」

「そう、なら良かった」


 イリスとビエラは本当にお互いのことを思っているんだなとネイビスは改めて実感する。なんて素敵な二人に巡り会えたんだろうと思いネイビスは感極まる。


「本当にありがとうな。こんなノービスの俺を選んでくれて」


 この広い世界でイリスとビエラに出会えたこと。それが何よりも恵まれていることなんだとネイビスは思い感謝を込めてそう言った。


「ネイビスはカッコいいわよ。だからそう僻んだりしないの!もっと自信を持ちなさい。こんな可愛い女の子二人を侍らせているんだから」

「それ自分で言うか?」


 それからしばらく二人は語り合って、最後に寝る前のキスをして眠りにつくのだった。






「二人とも。昨日は凄かったね」


 翌朝、やけにニヤニヤしているビエラがネイビスとイリスに言った。


「えっと、ビエラさん?もしかして見てましたか?」

「ビエラ起きてたの!?」


 二人の質問にビエラは悪い笑みを浮かべて答える。


「そりゃああれだけ激しくしてたら誰だって起きるよ」

「なんだか誤解を生みそうな表現だな。言っとくがまだエッチなことは一切していないぞ!」

「そうよ!私達は健全に愛し合っていただけだわ」

「キスもエッチなことだと思うよ」

「それは否めないな」

「ビエラ。何が望みなの?」


 イリスがビエラに尋ねると、ビエラは頬を赤く染めながら言った。


「私もまたネイビス君とキスしたいなって。昨日ネイビス君とイリスちゃん長いキスしてたもん!私も長いキスしたい!」

「それは構わないが、この雰囲気でいいのか?」


 ネイビスは意外とロマンチストだ。一方のビエラは全く気にしていない様子。


「いいのいいの。これからは起きた後と寝る前に一回ずつキスすること!これ決定!」


 ビエラが珍しく大きな声を上げて宣言した。ネイビスはビエラと長めのキスをして、その後イリスとも長めのキスをするのだった。

 その朝、ネイビスとビエラは心に突っかかっていた何かが溶け出していくのを感じていた。宿を出ると空は見事に晴れ渡っていて、やっと一つになって歩み出せた三人を祝福しているかのようだった。


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