13 ウサギパラダイス その1
そこは見渡す限りどこまでも続く草原だった。ネイビス達はゲートを潜るとポツンと草原の真ん中に立っていた。
「凄いわね!まるで別の世界ね」
よく見ると一本の道が続いていた。
「この道に沿って進めばいいのかな?」
「ねぇ、マギカードの所在地が『ダンジョン都市イカル』から『Fランクダンジョン『ウサギパラダイス』一階層』になってるわよ!」
イリスの言葉にネイビスとビエラは自身のマギカードを確認した。
「ほんとだね」
「マギカードって一体どういう仕組みしてんだよ!凄すぎないか!」
とりあえずここが一階層だと分かった三人は事前に確認していた掲示板の情報を思い返していた。
「一階層から三階層はホワイトツノウサギだったわよね。なら余裕ね」
イリスは自信満々だ。そんなイリスをネイビスは諫める。
「いや。ホワイトツノウサギは魔法こそ使ってこないが、角はかなり厄介だぞ」
「そうなの?」
「ああ。当たるとかなりダメージを喰らう」
ネイビスは前世の『ランダム勇者』でウサパラを高速周回していた時のことを思い返していた。『ランダム勇者』では三人のメンバーを交互に操作することができる。だがあくまでも一度に操作できるのは一人だけなのだ。他の二人はAIによって動くことになる。そうしたら何が起こるか。操作していないキャラがかなりの頻度で被弾するのだ。ツノウサギのツノアタックを食らって瀕死になったキャラをネイビスは何度も見てきていた。それ故にネイビスにとって油断はあり得ないのだ。
「それは怖いね。でももしもの時は私が『プチヒール』使うから」
「頼りにしているぞ、ビエラ」
幸いこのパーティーにはヒーラーのビエラがいる。ネイビスはビエラがいて本当に良かったと思うのだった。
「ガサガサ」
その時少し遠くの草が揺れた。
「敵ね!」
「ああ。作戦通りで行くぞ!」
出てきたのは一匹のホワイトツノウサギ。イリスとネイビスが剣を構えてゆっくりと近づいていく。対してホワイトツノウサギは近づく二人に向かって突進する。
「イリス!角だけは気をつけろ!」
「分かってる!」
ホワイトツノウサギはイリスの方へと向かってジャンプする。イリスはホワイトツノウサギをギリギリまで引きつけてから剣士見習いの第一スキル『スラッシュ』を放つ。
「『スラッシュ』!」
イリスの剣は吸い寄せられるようにホワイトツノウサギにヒットしてホワイトツノウサギが血で赤く染まって吹き飛ぶ。ネイビスは飛んでいったホワイトツノウサギの元へ駆け寄り横たわるホワイトツノウサギに剣を突き立てて絶命させる。
「なんだ。これなら余裕じゃない」
「イリス、スキルはあまり使うな。一、二回くらいならMPが自然回復すると思うが、ボス戦まで出来るだけ温存しておけ」
「はーい」
それからイリスはスキルを封印して戦うことにした。一本道の先には次の階層に繋がるゲートがあり、ここに来るまでに三人は合計で7体のホワイトツノウサギと戦った。だが三人ともレベルは上がらなかった。そう簡単にはレベルは上がらない。
「7体も倒したのに、どうして1レベルも上がらないのよ!」
「まぁ、それだけシルバースライムやゴールデンスライムの経験値が凄かったってことだ。多分このダンジョンをクリアしてようやく1レベル上がるかどうかだと思うぞ」
「ええー」
「頑張ろう、イリスちゃん」
次の階層からはホワイトツノウサギが二体で出てくるようになった。ネイビスとイリスが一体ずつ対応することで倒していったが中々に厳しい。三階層からは三体で出てくることを考えると余裕はなかった。
「結構キツイわね」
三階層へと繋がるゲートの前で三人は休憩していた。
「いかに今の俺達が弱いか実感させられるな」
「確かに……。ねぇ、本当にレベル99になったら転職できるの?」
「ああ。出来るはずだ。だがこれだと一週間でSランクは結構厳しいかもしれないな」
「そうなの?」
「ああ。何か手を考えるか……」
ネイビスはずっと一つ引っかかっていたことがあった。なぜこの世界の人が一日に何周もダンジョンを周回しないのかと。今のネイビスはその答えを分かっていた。疲れるのだ。モンスターと戦うと思った以上に疲労が溜まる。この世界の人にとってみれば何当然のことを言っているんだという話だ。だがネイビスがしていたのはあくまで『ランダム勇者』というゲームだった。もちろんゲームのキャラに疲労なんて概念はない。だが現実世界は違う。こうして休憩を挟みながら進まないといけないのだ。
「とりあえずこのダンジョンをクリアしましょう!」
「それもそうだな」
ネイビスはイリスの忠告に悩んでばかりはいられないなと思い直す。
「次からは俺とイリスが一匹ずつ倒して、先に倒した方が三体目のホワイトツノウサギと戦おう。ビエラの方に来るかもしれないからビエラは警戒しておけよ」
「うん!敵が来たらこの短剣でなんとかする!」
ビエラはそう言って腰につけた短剣をぽんぽんと叩く。三人はゲートを潜り相変わらず地平線の彼方まで広がる草原に出る。三人が周囲を警戒しながら一本道を進んでいくと「ガサガサ」と前方の草が揺れてホワイトツノウサギが二体出てきた。イリスとビエラが対応する。
「あれ?あと一匹は?」
イリスとネイビスがそれぞれ一匹ずつホワイトツノウサギを倒すとイリスがそう問いかける。その時イリスの後方の茂みから一体のホワイトツノウサギが飛び出す。それに気づいたネイビスが「イリス!」と声を張るも少し遅かった。
「うっ!」
ホワイトツノウサギの角がイリスの脇腹に突き刺さり、イリスが苦悶の表情を浮かべる。ネイビスはイリスの元へ駆けつけイリスに当たらないよう慎重にホワイトツノウサギに剣を突き刺して倒した。ビエラが駆け寄りスキル『プチヒール』を使う。傷口はみるみるうちに塞がって行った。
「イリス平気?」
「ええ。少し油断したわ。でも今は大丈夫よ。先に進みましょう」
心配するビエラにイリスは平気だと告げる。その二人の様子を見てネイビスはあることに気づく。
ゲームではダメージを受けてもキャラはHPがゼロになるまで平然と動いていた。しかし、現実世界だとそうはいかないのだと思った。このパーティーにはヒーラーのビエラがいるからいいが、もしもヒーラーのいないパーティーが負傷したらダンジョンをリタイアしなくてはならなくなる。
『ランダム勇者』の世界には体力回復ポーションや薬草などのアイテムはないのだ。というのも、薬を飲んだり草を傷口に付けるだけで傷が治るわけがないだろうという製作者のポリシーが関係していた。スタート時のキャラガチャでヒーラーのいないパーティーになった時は極力敵の攻撃は避けて、HPが減ったらエリアの隅っこで自然回復するのを待っていたのをネイビスは思い出す。
この現実となった『ランダム勇者』の世界にもポーションや薬草はあまり普及していない。というのも、それらはとても高く、それでいて効果は自然回復力を促進させるだけで、直ぐに回復する僧侶の『ヒール』に劣っているからだ。
どうやらこの世界ではヒーラーはあまり冒険者にはいない。大抵のヒーラーは教会や病院で働くのだ。
三人のうち一人がヒーラーで潰れるよりも例えば142期の剣聖三人組のようにアタッカー三人で揃えた方が確かに強いし戦闘面では安定する。しかしダメージを喰らったら戻るのを繰り返すのは効率が悪い。
戦闘での疲労。ヒーラーの不在。固定観念。そう言ったものが冒険者を効率的なレベリングから遠ざける要因になっているのではないかとネイビスは考えるのだった。
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