6.莉子は「乙女ゲームをプレイしたことがない」

「———上手く整理出来たでしょうか?」


美女の声に、私ははっと意識を飛ばした。美女のたおやかな銀髪が見えない風になびく。

だが私は、先ほどから気になっていたことを思わず口に出した。


「え、えぇ……でも、ひとつ腑に落ちないことがあるの。」

「あらぁ。何でしょう?」

「ここが『乙女ゲーム』の世界じゃ、ないのではないかと。」


そう。それが気になって、ずっともやもやしていた。女神のいぶかしげな声に、私は答える。


「だって、莉子は乙女ゲームをプレイしたことがないのですもの。」

「……どういうことでしょうか。」

「莉子は、そもそもゲーム機が家になかったの。したがって、『乙女ゲーム』というものは知識でしか知っていませんでしたわ。」


わたしは、ごく普通の女子高生だった。でも、小説や漫画のように乙女ゲームをやりこんでいてその世界に転生とか、そんなはやりの展開があるはずがないのだ。もともとの基盤が違うのだから。

私は名も知らぬ美女の吸い込まれそうな碧眼を見据えていった。


「———そして、“わたし”は十四代目聖女のステラ・テンゼルという存在に、心当たりがあるのですわ。」

「……」

「某有名小説投稿サイト。そこで掲載され人気となり一時期社会現象にまで発展した大人気ロマンス小説。『乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまいましたが、龍王様に溺愛されてます』の世界でのいわゆる『意地悪ヒロイン役』。特待生で魔法学園に入学し、平民でありながら光魔法が使え、可愛らしい見た目で攻略対象を魅了していく邪魔者役、ステラ・テンゼル。」


私はわたしの印象に残っている情報をつらつらと並べ立てる。自分でもここまで覚えているのは予想外だったけれど、頭の中に浮かんでくる情報を口に出すごとにますます私の状況が酷似していることに嫌でも気が付いた。

ほんとうにそうならば、私は主人公である悪役令嬢の具合のいい当て馬として、破滅の運命をたどっていくことになるのだろうか。ふと思った。


「いえ。ステラは間違っています。わたくしの『全知』は絶対。間違うはずがないのです。」

「でも!…わたしはゲームをしていない!しかも私の名前が出てきたのは小説だけだったもの。貴女が間違えているのにちがいないわ!」


感情が高ぶり、思わず平民だったころのぞんざいな口調に戻ってしまった。こんな口調ではメイド頭のモニカに怒られてしまうと、見当違いに焦った。

——しばらくして、ふと気が付く。彼女の言った不可解な単語に。


「—————ねえ。貴女は、いったい誰?『全知』……って、何?」

「……今更ですね、本当に。」


はぁ。と憂い気に、でも相手をびっくりさせようとしているワクワクさが隠しきれていない顔に。私はクツリと喉を鳴らした。

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