第54話 どう⁉ お兄ちゃんは凄いんだから!


なんなのよ! これ……」


 そう言って、私は思わず、フーラの後ろに隠れる。


(ドロドロしてるけど、生きてるの? わふん?)


 恐る恐る、その【魔物】をのぞき込む。

 よく見ると、人間が溶けて、黒く変色したような姿だ。


(複数の顔を持っているって事は……)


 ――もしかして、融合したのかな?


「黒い【魔力マナ】の影響を受けたのでしょう……」


 もう、元の姿には戻れませんね――とフーラ。

 彼女はそう言って肩をすくめると、首を左右に振った。


(やっぱり、元は人間だったみたいね……)


 ――正解したところで、嬉しくもなんともないよ……わふん!


 それよりも、フーラは彼らが【魔物】になった原因を知っているようだ。

 その証拠に、彼女に同情する様子はない。


(でも、今はそんな事より……)


「わふっ! ちょっと、私の【魔力マナ】も黒なんだけど、大丈夫なの⁉」


 わふんわふん!――とフーラの肩をつかみ、する。

 彼女は――ハハハッ――とかわいた笑いを浮かべると、


「クタルの場合は<闇>属性なので、問題ありません」


 いて例えるのなら、あちらは<混沌こんとん>でしょうね――と答えた。


(わふ? 安心していいのかな……)


 私が首をかしげると、


「クタルは『純然たる黒そのもの』、あちらは『混沌なる黒まざりもの』……」


 まったく違うモノなので、安心してください――とフーラ。

 それらしい事を言ったつもりだろうけど、余計に訳が分からなくなる。


(まぁ、安心していいのなら……)


 ――よし、安心しよう! わふん!


ちなみに彼らは【不死】ノスフェラトゥたぶらかされた人間――つまり、教会の連中ですね」


 脆弱ぜいじゃくな魂はあわれです――そう言って、彼女は冷たい眼差しを向ける。

 どうやら、フーラは教会のやってきた事を理解しているようだ。


 ――わふん?


(でも、どう見ても――人間の原型をとどめていないよね……)


 ようやく、れてきたので、泥の【魔物】を直視出来るようになった。だけど、


「ああっ! 逃げる……」


 わふん!――と私は声を上げる。しかし、私の姿は【魔物】には見えていない。

 当然、私がどうこうしたところで、【魔物】がまるはずもなかった。


(わふぅーっ! あんなのが街に出たら大変だよ!)


 どうにかしてめてもらおうと、私は兄を見た。

 だが、気付いてもらえるはずもない。


(わふん……いつもだったら、これで通じるのに……)


 一方で、【魔人】と化した父は、理性というモノがない様子だった。

 苦しいのだろうか? ただただ、暴れているだけのようだ。


(出来る事なら、これ以上、苦しんで欲しくはないけれど……)


 そんな私の考えは甘かった。

 【魔人】は人間の頭一つ程の大きさの黒い【魔力マナ】のかたまりを作り出す。


 すると、それを際限さいげんなくはなってくる。


 ――ボンッ! ボンッ! ボンッ!


 王宮の壁が崩れ、屋根が吹き飛び、柱が折れた。

 泥の【魔物】となった存在も、本能で行動しているのだろうか?


 この場から逃げるように――ズルズル――と瓦礫がれき隙間すきまからい出てしまった。

 なんとかしなくちゃ!――そう思ってしまう私の肩に、フーラは手を置くと、


「仕方ありませんよ」


 そう言って、首を左右に振った。


「今、お二人は【魔人】の相手をするので、手一杯でしょうからね」


 ――もうっ! 冷静に見てないで、なんとかしてよ……わふっ!


 私はそう言おうとしたのだけれど、フーラの表情を見る限り、彼女も緊張しているようだった。


 このままでは、この国は終わる。

 それは彼女にとっても、好ましくない状況なのだろう。


「すみません。なんとかしたいところなのですが……」


 とフーラ。どうやら、この場は兄とベガートにたくすしかないようだ。

 兄とベガートは素早く動き、【魔人】の攻撃を器用にかわす。


 一方、無尽蔵むじんぞうはなたれるかのように見えた攻撃だったが、次第にはなたれる間隔が開き、威力も弱くなる。


(わふ? どうしたのかな……)


 どうやら、原因は植物のようだ。次々と周囲から植物が生えてくる。

 そして、【魔人】の身体からも、小さな芽を出す。


 ――わふん! お兄ちゃんの魔術だ!


「なるほど、植物を使い、【魔力マナ】の流れを制御しコントロールているのですね」


 フーラは感心する。

 【魔人】は常に【淀み】である負の感情の混じった【魔力マナ】を吸収している。


 しかし、兄の作り出した植物が、それを阻害しているようだ。


流石さすがはお兄ちゃんだよ……わふん!)


 どうやら、ベガートが土を作り出し、兄がそこへ植物を生やす――という戦術のようだ。


「お互いに協力して、自分達の有利なように、戦況を運ぶ訳ですね……」


 やはり、人間は面白い――フーラは戦いに見入っていた。

 だが、【魔人】は背中から翼を生やした。同時に咆哮ほうこうを上げる。


 私は思わず耳をふさいだ。


(まるで、聞く者すべてに恐怖を与えるつもりみたい……)


 魔術で作った植物のある地上では、【魔力マナ】の確保が難しいらしい。

 足りなくなった【魔力マナ】をおぎなうために、上空へと飛ぶ気なのだろう。


「逃がすなよ!」


 と兄。既に相手の行動を読んでいたらしい。

 植物で素早く【魔人】を拘束こうそくする。


「お前がな……」


 とはベガート。こちらも、こうなる事は予想していたのだろうか?

 既に、上空に石のつぶてが用意されていた。


 数発が地上へと放たれ、【魔人】の翼を粉砕ふんさいする。

 更に、残りのつぶては合体し、大きなかたまりとなると【魔人】を押しつぶした。


 ドシンッ!――と地面が大きくれる。

 兄はかさず、植物で【魔人】と周囲の石をおおった。


「なるほど、二手三手先を読む――あのリオルという魔術師の作戦のようですね」


 フーラの言葉に、


「どう⁉ お兄ちゃんはすごいんだから!」


 わふん!――と私は胸を張った。


 いつもなら――何故なぜ、クタルが得意気に言う?――というツッコミが入るところだけど……。


 ――今日は無いみたいね!


「そうですね」


 とフーラ。続けて、


「教会の無力化といい、彼は中々面白いですね」


 と言って笑った。一方で、


「わふ?」


 私はフーラの言葉に首をかしげた。

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