第37話 頭でも痛いのかな?


「なら、護衛が必要だな……」


 兄のつぶやいた言葉に、


「あれ? お兄ちゃんは一緒じゃないの?」「キュイ?」


 私は首をかしげる。すると、


勿論もちろん、湖の方の【石碑せきひ】については俺もそばに居てやれる……」


 だが、教会に潜入するのは難しいか知れない――と言われてしまった。


(うっ、確かに……)


 急に不安になる。【よどみ】とやらを利用される前に、すみやかに再契約を実行しなくてはならない。


(なるほど、さっきは過保護かと思ったけど……)


 ――ここまでの流れを考えていたんだね!


 私は――流石さすがだよ――と思いつつも、自分の考えのなさに項垂うなだれる。


「順番としては、場所が特定出来ている教会の【石碑せきひ】が先だな」


 とはベガート。続けて、


「クタルが潜入する事自体は、それほど難しくはないだろう」


 と付け加える。なにか作戦があるようだ。


 ――わふん!


 私が興味を持つと、兄は私の背後にまわり、髪を触った。


「つまり、こういう事だ」


 と言って鏡を手渡してくれる。

 そこにはフラン――ではなく、銀髪の姿の私が映っていた。


「目の色を変えて、髪型で耳を隠せば、誰も気が付かないだろう」


 と兄。こういう機転が瞬時に利くところは、素直にすごいと思う。


「それはいい案だね!」「キュイ!」


 私は鏡を返す。

 誰でも思いつくさ――と兄はそれを受け取った。


「えへへ、おそろい♥」「キュイ!」


「おそろいですね、お姉様☆」


 笑顔でフランと向かい合う。だが、アーリは何故なぜか頭を押さえた。


(頭でも痛いのかな?)


「フランが二人になった気分だ……」


 そんなアーリの言葉に――気持ちは分かる――と兄。

 ベガートは苦笑した。


「時間もないので、教会への潜入作戦はこれで行くとして――」


 ベガートの言葉に、


「湖の方か……」


 と兄は返す。

 こればかりは、誰も経験していないので、当日の実行となってしまう。


(湖に【石碑せきひ】が現れてくれるといいのだけれど……)


「考えても仕方がない――次はどうやって、教会が【よどみ】を利用しているかだ」


 兄はもう一つの問題を確認する。

 再び【竜】を召喚されては、今度こそ国は終わりだ。


「十四年前は師匠が命と引き換えに封印してくれた」


 今度はワタシの番だ――とベガート。だが、その遣り方を誰も望んではいない。


「儀式とは別に、教会は【石碑せきひ】を管理しているはずだ」


 とは兄。魔術――この場合は奇跡を使える神官になるのだろうか?

 【石碑せきひ】に対し――祈りを捧げれば発動する――と考えるのが良さそうだ。


 彼らは上から命令されれば、その通り実行するだけだ。

 つまり、誰もが実行可能となる。兄は溜息をくと、


「やはり、俺が探るしかないか……」


 と肩をすくめた。

 どうやら、私達とは別の形で、兄も教会に潜入するようだ。


(しかも、一人で……)


「お兄ちゃん――」「キュイ?」


 私が上目遣うわめづかいで兄を見詰めると、優しく頭をでてくれる。

 同時に、髪の色を変えた魔術を解いてしまった。


「心配するな――むしろ」


 そう言って、兄はアーリに視線を向けた。


「オレが苦労するって訳か……」


 と彼は肩をすくめる。


「アーリは強いので大丈夫です!」


 勿論もちろん、わたくしも!――とフラン。


「私だって戦えるよ!」「キュイ!」


 そう言って、私も胸を張る。


(確かに、聖騎士などが敵に回ると厄介だけど……)


 逆にそれ以外はどうとでも出来る。兄はベガートに視線を送った。


「十四年前にワタシが始末したので、教会に手練れの戦士はいない」


 ベガートは答える。だが、その言い方だと、まだなにかありそうだ。

 兄は少し考えたが――構わない――と告げる。


 するとベガートは、


「現国王だが、教会に操られている――そちらはワタシが相手をしよう」


 とだけ答えた。


「やはり、父は……」


 とフラン。そのまま、アーリに抱き着いて顔をせる。

 彼はなにも言わずにそれを受け入れ、優しく、彼女の頭をでた。


「助けられないの?」「キュイ!」


 つい、口を開いてしまった私に対して、


「黒い【石碑せきひ】の欠片かけらか?」


 兄はベガートへ質問する。


「知っていたのか……」


 とおどろくベガートに対し、兄は――当然だ――と答えた。


 ――『黒い【石碑せきひ】の欠片かけら』。


 私は兄との旅の途中で、何度なんどかそれに関わった事がある。

 文字通り、漆黒に染まった【石碑せきひ】の欠片かけらの事だ。


 適性のある人間が使うと、体内の【魔力マナ】が増幅し、強力な魔法を使えるようになる――ただし、それには代償をともなう。


 大抵の人間は性格が変貌へんぼうするのだ。

 適性がある場合は、より狂暴になったり、冷酷になったり、残酷になったりする。


 逆にない場合は、意識が朦朧もうろうとし、考える力を奪われ、まるで彷徨さまよう死体のように徘徊はいかいし出す。


 膨大ぼうだいな【魔力マナ】を持つため、飲まず食わずでも生きていられるらしい。ただただ、死をばらくだけの存在として、恐れられている。


 助ける方法はなく、めるには【石碑せきひ】の欠片かけらを破壊するしかない。


「どっちだ?」


 聞くまでもない。だが、兄はえて質問する。


「適性はない」


 とだけベガートは答えた。


「なら、お前でも勝てるな――」


 兄の台詞に――ああ――とベガートはうなずく。

 戸惑う様子はない。最初から、そのつもりだったようだ。


「フランには、後で私から説明するよ」「キュイ?」


 助かる――とベガートは私に礼を言った。


(これが、彼なりの責任の取り方なんだね……)

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