第38話 この国の姫として


「その『黒い【石碑せきひ】の欠片かけら』とはなんなのですか?」


 フランの質問に――落ち着いて聞いてね――と私はゆっくりとげる。


「魔術師の中には『魔術の王』……つまり――」


 【魔王】という存在が語り継がれているの――そんな私の言葉に、


「【魔王】ですか?」


 フランは少し戸惑っている様子だった。無理もない。

 御伽噺おとぎばなしなどでは有名な存在だが、そんな単語がいきなり出て来たのだ。


 相変わらず、キューイだけは――キュイキュイ――と鳴いている。

 仕方のない事だけど、事の重大さが分かっていないようだ。


 私は――そうよ――と肯定した後、


「そして、魔術師が【魔王】へといたるために必要なモノがあるの」「キュイ?」


 ここまで言えば、聡明な彼女の事だ。理解しただろう。


「それが『黒い【石碑せきひ】の欠片かけら』なのですね……」


 フランの言葉に、私はうなずく。

 果たして、そんなモノが本当に存在するのか?


 多くの人にとっては疑問だろう。


「旅をする魔術師――その多くの目的は【石碑せきひ】に触れる事なの」「キュイ」


 と私は補足する。すると、


「ベガートから聞いた事があります」


 フランが返答する。続けて、


「【石碑せきひ】に触れる事で――魔術師は新たな知識を得る事が出来る――のですね」


 と正解を言い当てた。

 私としては、説明をはぶく事が出来たので助かる。


「フランは物知りね」「キュー」


 私が感心すると――お姉様程ではありません――そう言って、彼女は微笑ほほえんだ。


「だけどね――」


 恐らく、『黒い【石碑せきひ】の欠片かけら』には――と私は続ける。


「知識とは違う――別のなにかが入っているんじゃないか――ってそう思うの!」

「キュイキュイ」


「別のなにか?」


 首をかしげるフラン。

 そんなに彼女に対し、決して怖がらせるのが目的ではないのだけれど、


「悪魔――とかね」


 少し深刻しんこくな表情で言ってみた。

 フランは、私のその言葉を笑う事なく、


「悪魔ですか……」


 真摯しんしに受けめる。なにか思い当たるふしでもあるのだろうか。

 彼女はみょう納得なっとくした様子だった。


 私とフランがそんな話をしている間に、兄達は作戦を詰めているようだった。


(こういうのは、お兄ちゃんにまかせておくのが一番だもんね!)


「作戦は決まったの?」


 私の問いに、


「大体はな……」


 と兄。当然、不安はあるのだろう。

 だが、一番の心配は私の事のようだ。


 兄の中での優先順位は、この国の人達よりも、私なのだろう。


(それはそれで嬉しいけど……)


 ――間違まちがってるよ!


「お兄ちゃん!」「キュイ!」


 私は人差し指を立てると、


しっかりしなさい! リオル・ルーグ――貴方あなたは魔術師・ロフタルの弟子でしょ! 師匠さんが残したモノをつなぐ事が出来るのは、私達だけなのよ!」


 と注意する。

 これには兄もそうだが、フランやベガートも唖然あぜんとした様子だった。


「……そうだったな」


 わずかな沈黙の後、兄はつぶやき、微笑ほほえむと、


「そして、クタルの兄でもある」


 そう言って、いつものように頭――ではなく、私を抱き締めた。

 突然の事に、今度は私自身が、なにが起きたのか分からなくなる。


 キューイが慌てて、私の肩から飛び降りた事だけは分かった。

 フランが――まぁ――とおどろいた表情で、口元を両手でおおう。


 そして、ベガートは肩をふるわせると、


流石さすがのお前も形無かたなしだな」


 そう言って――フッ――と息を漏らす。私としてはそれどころではない。

 突然、好きな人に抱き締められて、どうすればいいのか分からない状況だ。


 ただ、兄は、


「お前を失う事が怖い――」


 とだけ告げる。私自身、逃げる気はないが、すごずかしい。

 鏡を見た訳ではない。


(でも、顔が真っ赤になっているのが分かるよ……)


 時間にすれば、数秒だったのか、数分だったのかも、よく分からない。

 兄はようやく、私を解放すると、


「分かった――お前の信頼に答えてみせる」


 そう言って微笑ほほえんだ。


 ――ひ、卑怯ひきょうだよ! お兄ちゃん!


(そう言われると、私だって頑張るしかない……)


 私は――うん!――と笑顔でうなずくと、


「お願い! この国の人達を助けてあげて……」


 そう言って、兄を見詰める。

 兄はすでに、いつもの様子に戻っていた。


「分かっているさ」


 そう言って、私の頭を優しくでてくれる。

 作戦については、基本的に出たとこ勝負なところが大きい。


 まずは、フランとアーリと一緒に、私は城への隠し通路を使ってしのび込む。

 その後、兄とベガートの準備が整うまで待機する。


 ただ、時間も限られている。

 明後日には変装して、教会へ潜入する事になるだろう。


 ――決行は夜ね!


 人々が寝静まった頃に、始めなければならない。

 【石碑せきひ】が管理されている地下へと忍び込み、再契約を行うのだ。


(この時、なにが起こるのかは分からない……)


 一方でベガートは、人々を王都から遠ざけるため、命令を出すらしい。

 恐らく、再契約が完了すると【魔力マナ】の流れが変わる。


 そのため、教会の連中に動きがあるはずだ。

 彼は教会の連中の相手をするため――おとりとなる――と言っていた。


(ここからは時間との勝負ね……)


 また、兄が教会の様子を探るためにも、時間が必要である。

 教会に【よどみ】の力を悪用させないため、手を打たなければならないからだ。


 この三チームによる行動となる。

 だけど、確証がある訳ではない。まで、予測による行動だ。


 それぞれに臨機応変な対応が求められる。

 ただ、私とフランだけは、なにかあれば、この国から逃げ出さなくてはならない。


 教会の手に落ちるのだけは避けて欲しい――と言われてしまった。

 理屈は通っているので、私もフランも言い返す事はしない。


(ただ、守られているだけのような気もするけど……)


 ベガートは――兵を待たせている――と言った。

 どうやら、戻り次第、このまま下山するそうだ。


 時間がないので、私は一人でキューイを山に返す事にする。

 素早く木に登り、枝から枝へと飛び、山の奥へと入る。


 そして、その先で、罠が無い事を確認した。

 地上に降りると、いよいよ、キューイとのお別れだ。


「もう、罠に掛かっちゃダメだよ」「キュー」


(本当に分かっているのかな?)


 少し心配になる。


 ――でも、他人の心配をしている場合じゃないよね!


 私は――この国の姫として――責務を果たす必要があるのだ。

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