第35話 師匠が繋げてくれた未来を――


(はて? 先程まで、深刻な話をしていたはずだけど……)


 兄の表情が急におだやかになる。


(真剣な表情もカッコイイけど……)


 やはり、私はこちらの表情の方が好きだ。兄は、


「人間は何処どこから来たのか? 何処どこに向かっているのか?――そんな話もしたな」


 と語る。師匠さんが生きていた時の事を思い出しているのだろう。

 兄はそういった話をするのが好きなのだ。


 私が居なければ、もっと好きな事が出来ていたのかも知れない。


「お前は『月から来た』と言っていたな――今でも、その考えは変わらないのか?」


 ベガートの質問に――分からなくなった――と兄は首を横に振る。


「月にも【石碑せきひ】がある――という考えは変わらない……ただ、昔みたいにムキになる気はもうないさ」


 これが大人になったという事なのか、夢を失くしてしまったという事なのかは分からない――と兄。


「ただ一つ確かなのは――人はつながっている――という事だ」


 私が余計な事を考えていたのを見透みすかしていたのだろうか。

 兄はかがむと私の手を取った。そして、


「師匠がつなげてくれた未来を――弟子である俺達が終わらせる訳にはいかない」


 そう言って、私を見詰め、微笑む。


 ――わふん!


 パタパタパタ――尻尾が勝手に動く。


なんだか、ほほも熱いよ……)


 そんな兄の言葉に――そうだな――ベガートも同意した。更に続けて、


「だが、その前に……もう一つだけ、ただしておかなければならない事がある」


 と前って、ことわるような言い方をする。


なんだろうか?)


 私とフランが仲良く首をかしげた。なんだか真剣な表情だ。


「【竜】についてだ」


 その言葉に兄だけは――やはりか――という表情を浮かべた。

 立ち上がると、再びベガートを見る。


(どうやら、大切な事のようね……)


 私も覚悟を決める。


「十四年前――この国に現れたのは【竜】などではない……」


 ベガートは言った。


(どういう事なの?)


 確かに、私は実物を見ていない。当然、フランもだ。

 しかし、兄とベガートは現場に居た。


 その二人が言うのであれば、そっちの方が正しいのだろう。


「師匠の言っていた【よどみ】か……」


 静かに言った兄の言葉に、


「恐らくはな……」


 ベガートも同意する。

 二人だけで、なにやら理解してしまっているようだ。


(私達にも、分かるように話をして欲しい……)


 私は兄の外套ローブをクイクイと引っ張った。


「ああ、悪い……」


 そう言って、兄は私の頭をでると、


「魔術には少なからず、人の想いが宿ってしまう事がある」


 と説明をしてくれた。

 魔術の元になる【魔力マナ】は、本来、体内で作られるモノではない。


 自然と身体に蓄積されるモノである。

 つまり、この世界の何処どこにでもある力なのだ。


 魔術師は呼吸をするように、それを自然と行う。

 逆に言えば――【魔力マナ】を必要とする身体になっている――という事だ。


 時折、魔術師の資質を持って生まれてくる子供が居る。

 その子供が、【魔力マナ】を暴走させてしまう事はまれにある出来事だった。


 教会が保護する事もあれば、魔術師が対処する事もある。

 その位の知識なら、私も持っていた。


「強い想いで使えば、魔術はより、強力なモノになる」


 と兄。神官などが使う奇跡の力も、日頃の精神の鍛錬たんれんが関係している。

 神への強い信仰が、その力になるからだ。


「しかし――強い想い――それは大抵の場合、恨みや憎しみなどの負の感情だ」


 そう言われてしまうと、否定は出来ない気がする。


勿論もちろん、誰かを助けたい、守りたい――その思いが力になる事もある」


 兄は私を気遣って、そう言ってくれたのだろう。


「だが――」


 とはベガート。

 恐らく、兄の代わりに嫌われ役を買って出てくれたようだ。


「その多くは、己の欲望を満たすために使われる」


 そう言って、再び円卓テーブルに手を置くと、地図を作り変えた。

 今度はこの国の地図だ。兄は水球を作り、その上に落とす。


「本来、人の想いに善も悪もないのかも知れない」


 と兄。私に対し――例えば、魔術で獲物を取る事は悪か?――と質問する。

 私は首を横に振る。殺された動物から見れば悪だろう。


 しかし、生きるためには必要な事でもある。

 それは私達にとっての善だ。


「別に――問答もんどうをしよう――という話じゃないさ」


 兄は言い訳をした。代わりにベガートが、


「ただ、そこに殺意があった事だけは事実だ」


 と付け加える。言いたい事は分かる。


「魔術を使うには――人の意思が関係している――って事だよね?」「キュイ?」


 私の言葉を兄は――そうだ――と肯定する。そして、


「魔術のみなもとである【魔力マナ】は――大気や地脈をめぐる――と言われている」


「それが、その水なのですね?」


 フランが円卓テーブルの上にこぼれた水を見る。

 よく見るとみぞがあり、水がまって川のようになっていた。


 ベガートはうなずくと、


「それを監視、管理するための装置が、王都や教会にある【石碑せきひ】だ」


 と教えてくれる。


 ――なるほど!


「つまり、人の想いも――【魔力マナ】と一緒に流れている――という事ね!」

「キュキュ!」


 兄とベガートは再び顔を見合わせた。

 どうやら、正解のようだ。


不謹慎ふきんしんだけど……ちょっと、嬉しい♪)


 ――わふん!


 続けて、ベガートは語る。


「十四年前の出来事は――その負の感情が蓄積し、【よどみ】となって具現化したのではないか?――というのがワタシの推測だ」

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