第41話 一騎打ち
オークたちは、シールドディスクを展開するレオンの鎧に一斉に光線を放つ。
だが、レオンとそれに続くフェリアの鎧の速度は尋常ではなかった。転移を使えずとも、目で捉えることが難しい速さだった。ほとんど光線に当たることなく、オークたちの戦列に肉薄する。
──包囲のためだろうが、散開していたのが仇になったな。逆に突破しやすい。
レオンは比較的陣形に隙間があることを確認して、特に敵の薄い場所を狙って突撃していた。
もちろん、オークたちもレオンの突破の試みに気が付いている。散開していた陣形を密集させようとした。
しかし密集は間に合わなかった。
レオンとフェリアは瞬く間に、立ちはだかるオークの鎧を破壊し、陣形を抜けていく。
「フェリア様、あとはお願いします!!」
そう言うと、レオンは後方のオークたちへ振り返った。
「レオン、死なないで……!」
フェリアは力強い口調で言うと、まっすぐと空母へ向かっていった。
オークたちもそれを追おうとするが、レオンはシールドディスクとライフルの光線でそれを阻む。
「ベル。あとはフェリアを信じて、俺たちがここでオークたちを食い止めるだけだ。陣形の中で戦うぞ」
「りょーかいです!」
レオンは、再びオークの陣形に突っ込んだ。ずっと鎧を移動させながら、オークの鎧をライフルで撃っていく。
大異形軍は味方を犠牲にすることを厭わない、といってもやはり敵も味方に当たることは避けたい。オークはレオンへの攻撃が満足にできなかった。
「だ、駄目だ! このままじゃ、空母が!」
「せっかく、ここまでこれたのに!」
レオンの耳に響くオークたちの声には若さが感じられた。
──先ほど出てきたオークたちと違い、後方部隊だから新兵が担当しているのだろうか。
すでに空母へ進むフェリアは見えないぐらい小さくなった。
オークがいまさら追っても、もう追いつけないだろう。
少し安堵するレオン。
しかしそんな中、威勢のいい声が響く。
「どうしたぁっ、お前ら!? そんなんで、これから戦っていけると思ってんのか!!」
その声は、すぐにレオンの近くへ接近してきた。
振り返ったときには、濃緑の鎧の顔と、巨大なハルバードがレオンの目前に迫っていた。
とっさにレオンは盾を構え、ベルはそのハルバードにシールディスクをぶつけた。
しかし、シールドディスクは勢いよく吹き飛ばされ、レオンの盾にハルバードが振られる。
「──くっ!?」
レオンの鎧を、今まで味わったことのない衝撃が襲う。中にいるレオンの体をも震わせるようなそんな一撃だった。
こいつはただ者じゃないと、レオンはすぐにその場から離れる。
レオンに重い一撃を与えた鎧は、他の鎧と違い、全体に深い傷がいくつも入っていた。ハルバードも一際大きく、魔動艦をも一刀両断できるような刃を備えていた。
レオンは、傷だらけの鎧の搭乗者が歴戦の勇士であると確信する。
傷だらけの鎧は周囲に言う。
「こいつは俺がやる!! おめえらは、さっきの白いのを追え!」
その声に、レオンはライフルを構え、周囲をけん制する。
しかし、少しでも傷だらけの鎧から目を離せば、どうなるか分からない。もはやすべてのオークをくぎ付けにするのは難しかった。
周囲のオークは言う。
「だ、だけど、親父! そいつは!」
「時間がねえ! あれが撃てるかどうかに、この戦はかかっているんだ! おめえらがあれを落とせば、百年は帝国が死ぬのが早くなる! 死ぬ気で追え!!」
傷だらけの鎧はまっすぐとレオンを見ながら続ける。
「お前たちならできる……必ず帝国を、人間を、滅ぼすんだ! 行け!」
オークたちはその叫びに、しばらく沈黙する。
だがすぐに、フェリアが向かった空母へと向かった。
レオンはそれを追おうとするが、当然傷だらけの鎧がそれを阻む。
「わりいが、ここは通さねえぞ」
「……その傷、きっと多くの戦場で戦ってきたんだろう。なら、もう追っても追いつかないことぐらい分からないか?」
フェリアの鎧の速度は、誰の目にも異常だった。オークたちの三倍の速さはある。あと、一、二分の間には空母に攻撃を開始するだろう。
傷だらけの鎧は声を発する。
「分かっている。もはやこの戦、俺たちに勝利はない。だが、最後には必ず、お前たちに勝つんだ」
負けを悟った上での負け惜しみ……とはレオンには思えなかった。
「ここで死ぬまで戦うことが、そのためになるとは思えないな」
「いいや。お前を倒せば、人間が滅びるのが十年……いや、二十年は早まるはずだ。だから俺は、命に代えてもお前をここで確実に倒す」
大異形軍は誰もが戦士ということを、レオンは思い出す。
傷だらけの鎧の者にとっては、最後に帝国と人間が滅びれば自分の命などどうでもいいのだ。
逆に言えば、それまで大異形軍の戦いは永遠に終わらない。
「俺が、それだけの存在だと?」
「ああ。今まで多くの帝国の豚や連合のクソどもと戦ってきた……強力な鎧に乗った奴、おそらく膨大な魔力を持った奴……どっちもないが、戦い方は上手い兵士もいた」
傷だらけの鎧は、ハルバードをゆっくりと振りかぶる。
「だから断言できる。お前は、今まで俺が戦ってきた中で一番やべえやつだ」
「俺もまだ数戦しかしてないが……お前が一番やばいやつだと思う」
現に、レオンが見たオークの中では最高の魔力をヴァートルは持っていた。しかも、決死の覚悟なのは間違いない。
レオンは言う。
「……名前を聞いても良いか? 俺は、レオンだ」
「ランドグリーズの族長ヴァートル。
傷だらけの鎧のパイロットはやはり強者だった。帝国を騒がせたランドグリーズの族長なのだから、それはもう最強の男と言っていいはずだ。
レオンとヴァートルはしばし睨み合い、互いに相手の隙を探る。
しばらくすると、周囲を閃光が照らした。空母へのフェリアの攻撃が始まったのだ。
先に動いたのはヴァートルだった。
ハルバードを手に突っ込んでくる。
「ベル!」
「お任せを!」
シールドディスクがヴァートルの後方に回ろうとする。
しかしヴァートルは片手から小さな斧を投げて、シールドディスクを止める。
「ええ!? それ、当てます!?」
ベルは唖然とする。高速のシールドディスクに、ヴァートルは見事投げ斧を当てて見せたのだ。
「おいおい、こんなのは朝飯前だ。俺はなぁ、生まれてすぐ斧を握ったんだぜ? 次はこれだ」
ヴァートルは次に球体を周囲に投げた。その球体はすぐに弾け、周囲を塵のようなもので覆う。
目くらましの煙幕だ。しかし、レオンには魔力の動きが分かるから、視界が奪わても問題ない。
「うぉおおおお! 斧の錆になりやがれ!!」
ヴァートルの叫びが前方から響く。そのまま前からハルバードを振ってくる──いや、違う!
レオンは横へそれると、間一髪のところで脇を光線が通り過ぎた。だが、すぐさままたハルバードが迫ってくる。
「汚い男ですね!」
ベルがそう言ってシールドディスクで四方から光線を放つも、ヴァートルは不規則に鎧を蛇行させ、それを避けていく。
「なんとでも言いやがれ! 戦場じゃ殺したほうが勝ちだ!」
さすがにヴァートルは戦闘経験豊富だった。レオンは防戦一方になってしまう。
「くっ!?」
再び振られるハルバードを、レオンは剣で防いだ。
その場からまた離れるレオンだが、煙幕の中すぐにヴァートルが迫ってくる。
レオンはヴァ―トルのハルバードを盾で防いだ。
「……くっ!? 俺の動きが読まれている?」
「意外に若いのか? ……お前は俺の魔力が分かるみたいだな。だが、そんなものなくても、煙の動きを見れば丸わかりだ」
ヴァートルはその言葉を証明するように、レオンが逃げる先へと現われ攻撃してくる。
「鎧が動けば周囲の煙も動く……その流れを見れば、魔力が捉えられなくても、動きが読めるということか」
となれば、煙の外へ逃げればいい。そう思い、レオンは外へ向かおうとするが、煙からはなかなか逃れられない。ヴァートルはレオンの進行方向に次々と煙幕を展開しているのだ。
「逃げられると思ったか? お前はこの煙の中で確実に殺されるんだ」
そう話すヴァートルだが、逃げていればいつかは煙幕も切れるはず。
だが逆に言えば、ヴァートルはこの煙幕が残っている間に勝負を決めなければいけない。
だからか、ヴァ―トルはレオンに休む暇も与えず、猛攻を加える。
ベルはシールドディスクを動かすが、非常に焦っていた。
「ごめんなさい、レオン様! 全然、当てられず!」
「気にするなベル。逃げ切れば、こっちの勝利だ」
そうだ、このまま耐えきればこちらの勝利……逃げ切るんだ。
そう思った矢先、フェリアの向かった場所から、大量の魔力が拡散していくのが感じられた。
同時に、レオンは煙の外への脱出する。ヴァートルは煙幕をついに切らしたようだった。
見ると、空母からは爆発が起こっていた。
また、空母の近くから別の場所に瞬間移動する二つの魔力に気が付く。フェリアとエレナだろう。
やがて小規模な爆発が空母全体を覆うと、船体の一部から眩い閃光が広がっていった。
だがこの閃光は、レオンの視界を奪い、周囲の魔力の流れを狂わせた。
この隙を逃さず、ヴァートルはレオンの鎧に抱き着いた。
「よし──捕まえたぜ……」
「自爆する気か?」
「あとは、子たちに託すだけだ。俺の子は強い。」
「だから……自分だけ残してあとは逃がしたんだな」
「そうだ。あいつらはまだ若い。こんな場所で死なせるわけにはいかねえ……あいつらは必ず、青々とした地を取り戻してくれるはずだ。お前たちが奪った、俺たちの土地を」
レオンはもう、それ以上何も言わなかった。
やがてヴァートルの鎧の中から大きな魔力が弾けたのを確認して、レオンはすぐに別の場所に転移した。
レオンにはもう転移阻止装置が機能していないことは分かっていた。フェリアたちが瞬間移動したことを見れば、それは明白だったからだ。
ベルがレオンに訊ねる。
「せめて、最後は自分が勝ったと思わせてあげようとギリギリまで転移しなかったんですか?」
「どうだろうな……最後の言葉を、知りたかっただけかもしれない」
レオンがヴァートルの言葉から感じたのは、人間への憎しみという以上に、豊かな地への憧れだった。
大異形軍が住まうスペースラート宙域は、年々居住できる空間が狭まっている。彼らは一刻も早く新たな地を求めるため、帝国と宇宙連合の星を得る必要があるのだ。もちろん、自分たちを搾取し裏切った人間たちへの恨みとその問題は切り離せないが。
だが、もしも……もしも彼らが豊かな星を得られれば、こんな争いはしなくて済むのではないか。
レオンはそんな思いを抱いた。
やがて、第四軍団と戦っていた大異形軍の鎧や艦は、残った二隻の空母のほうへ一目散に退散していく。これ以上の戦闘が無意味なのは明白だった。
第四軍団も相当な損害を被ったためか、追撃はほどほどに、新たな敵の出現に備えて陣形を立て直し始めた。
それからまもなく、残りの空母二隻は光に包まれ消えていくのだった。
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