第17話 腕ならし

「爆発!?」


 倉庫の外から爆発音が響いた後、周囲がざわつき始める。


 すぐにサイレンも鳴り響き、異様な雰囲気になった。


 ベルが呟く。


「いやあ、またですかね?」

「ああ……でも、爆発音は初めてじゃないか?」


 帝都に来てから、数時間に一回はこのサイレンを聞いていたレオンたち。

 爆発音が外から聞こえてきたというのもあり、そこまで焦ってもいない。


 帝都は本当に治安が悪いんだな……


 他人事のように考えるレオン。


 しかし、今回はいつもと少し様子が違った。

 爆発音が二度、三度と続いたのだ。

 しかもその爆発音が近づいている。


「なんか、まずくないか? ──うん?」


 倉庫の地下都市側の入り口で、従業員の一人が叫ぶ。


「保安隊と何かがドンパチしてるみたいだ! ──こっちに近づいてくるのもいるぞ! 皆、シェルターに急げ!!」


 その声に、従業員たちは一斉に倉庫に備え付けられたシェルターに向かった。


 だが爆発音はすぐそこに迫っている。


 このままではここの倉庫にも危害が及ぶかもしれない──


「ベル! 鎧に乗り込むぞ!」

「了解です!」


 鎧の中のほうが安全。

 それにこの鎧の装備があれば、この倉庫を守ることができる。


 レオンの声に、鎧は膝をついて操縦席の扉を開く。


 そのままレオンはベルと共に鎧に乗り込んだ。


「ベル、いつまでその姿でいるつもりだ?」

「え? このほうがレオン様もいいでしょう?」


 ベルは人の姿のまま、レオンの後ろからぎゅっと抱き着く。


 しかしレオンは構わず、立てかけてあった盾を手にする。


「……今から使う装備は、お前がいないといけないんだ。スライムのベルが」

「へ? レオン様、私のことをそんなに……ふふっ、いいでしょう」


 変身を解き、ベルはいつもの姿にも戻る。


「それで、私は何を?」

「念のために聞いておくが、思念魔法は使えるな?」

「まあ、多少は」

「なら、ベルにこれの操作を頼むか」

「これ? ああ。この盾の後ろにある円盤みたいなやつですか?」


 オリハルコンの盾の後ろには、二メートルほどの円盤が複数ついていた。


「そうだ。一人で扱えなくはないと思うんだが」

「ふむふむ。鎧はレオン様が操縦して、私はこの円盤を操るわけですね!」

「ビンゴだ。それじゃあ、外に行くぞ」

「ほいさ!」


 レオンはそのまま鎧を倉庫の外に進ませた。


 見上げる従業員に言う。


「私がこの倉庫を守ります! 皆さんは、シェルターに!」

「お、おお。助かる!!」


 従業員たちはレオンに礼を言うと、そのままシェルターに向かった。


 一方のレオンは倉庫の入り口を守るように、仁王立ちになる。


 盾を前に、周囲の様子を確認した。


「酷い有様だ……」


 地下都市の至る場所から、煙が上がっていた。


 広範囲で何かが起きている。

 その一方で、こちらに近づいてくる鎧もあった。


 宇宙港前で見た帝国軍の鎧と同じ。

 それが、二体、三体とやってくる。


 だがどこか様子がおかしい。

 皆、銃をこちらに向けていた。


 自分が犯罪者と勘違いされている──いや、違う。


 一体の鎧の手には、馬車が握られていた。


 馬車の中には身なりのいい人間が見える。


 ──誘拐? 身代金目的か?


 そんな中、向かってくる鎧の中から声が響く。


「貴族の鎧か!? 囲んでやるぞ!」


 その声と共に、鎧が散開し、レオンを三方から囲んだ。


 すぐに、三体の鎧が光線を放つ。


「ベル、頼む!」

「合点承知!」


 ベルが威勢よく答えると、盾の裏側から円盤が勢いよく射出された。


 円盤はレオンの鎧の周囲に展開すると、放たれた光線を見事に阻んだ。


「おお! すいすい動きますね、これ! ……でも、防御に全振りしすぎでは?」


 ベルは円盤を動かし、次々と光線を防いでいった。


「防御だけじゃないぞ、それは。魔力による光線もでるようになっている」


 レオンが答えると、円盤は早速光線を鎧の一体に発射した。

 そのまま鎧の足を焼き払う。


「おお、すごい火力! ワンオンワンなら、敵の後ろも狙えますね!」

「ああ。いざという時は、体当たりもできる。ともかく、馬車を救出しよう。俺が馬車を持つ鎧に向かう。もう一体は任せた!」

「イエッサー!」


 レオンはそのまま、馬車を持つ鎧に走った。


 一方でベルは円盤を操り、周囲の鎧からの光線を防ぐ。

 それから光線で反撃した。


 相手も回避運動を取るが、あまり練度の高い操縦者ではなかったようだ。

 馬車を持っていないもう一体は、ベルの光線によって四肢を撃たれた。


「よし、沈黙!ラス一です!」


 しかし、最後の一体は馬車に銃を向ける。


「く、来るな!! 動けば、こいつを撃ち殺す!」

「……分かった! 武器は捨てる!」


 レオンは鎧を止めると、持っていた盾を道路に落とす。


「く、くそ! もう少しで上手くいくところだったのに!! お前のせいで!」


 鎧は再び、銃をレオンに向けた。


 だが、その鎧の後方には、大回りしてやってきた円盤が二つ。


「へ?」


 鎧の者が振り返ったときにはすでに遅かった。


 鎧は両腕を光線で焼かれた。


 同時にレオンは鎧を走らせ、馬車を受け止める。


「分かっているじゃないか、ベル」

「ふふふ。こう見えても、ヴェルシアのスライムの間では頭がいいことで知られてたんですよ? あ」


 ベルは動けなくなった鎧から逃げ出す者に気が付く。


 彼らは人間ではなく、緑色の肌をした者だった。

 ゴブリン……魔物で間違いない。


「どうします、レオン様?」

「逮捕は俺たちの仕事じゃないだろう……放っておこう」


 彼らの境遇を考えれば、理解できない行為ではない。


 むしろ、レオンは彼らを見て、ある不安が頭によぎる。


 ──ヴェルシアも、こんなことになってしまうのだろうか?


 現在、ヴェルシアの魔物は、アルバードが主人となることで今までの生活を保っている。

 だが、いずれは帝国人のように考えるヴェルシア人も出てくるだろう。

 また、アルバードが亡くなれば、いずれは……


 ともかく今は馬車の中の者の安否が重要だ。


 レオンは鎧に膝をつかせ、馬車を道路に戻した。


 そのまま鎧を降り、馬車へと走る。


「大丈夫ですか!?」

「は、はい! 自力で出れます!」


 扉の中から聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。


 扉から出てきたのは……


「あ、あの……ほ、本当にありがとうございます! まさか、二度も救っていただくことになるなんて!」


 長い黒髪を持つ、丸い蹴鞠のような体型の女の子。


「えっと……ヒメナさん?」


 帝都に来る途中、大異形軍に襲われていたヒュルカニア公の船で会った子だった。

 開かない鎧の操縦席をレオンが開け、外に出した子だ。


 ヒメナは顔を明るくする。


「わ、私の名前を憶えてくださっていたのですね! レオン様を探していたのですが、見つからず! どうかお礼をさせてくださ」

「ヒメナさん! いますぐこちらに戻って! そっちに魔物がいますわ!」


 馬車の中にいたのは、ヒメナと同じ年齢の女の子たちだった。皆、華美なドレスを身に着けている。どうやらベルを恐れているようだ。


 鎧から顔を出していたベルは、しまったと操縦席に戻る。


「あ、あ……ご、ごめんなさい……」


 ヒメナはレオンに申し訳なさそうな顔をすると、馬車へと戻っていった。


 さすがのレオンも、女の子たちにそれはないんじゃないかと返したくなった。


 だが、身なりからして皆、帝国貴族の子なのは間違いない。ここで争いを起こすのは得策ではなかった。


 また、保安隊と書かれた鎧や車が、集まりつつあった。


 降りてきた兵士らしき男は携帯端末を見ながら、レオンに言う。


「レオン・フォン・リゼルマーク、様ですね。戦闘は見ていました。救出活動に感謝します。後の処理は我々にお任せを」


 兵士はそのまま、倒れた鎧の近くに走った。

 レオンは黙って鎧に戻る。


「ベル……悪いな」

「いえいえ。こっちに来てからもう慣れっこですから。危機も去ったことですし、帰りましょう」

「ああ、そうだな」


 そのまま鎧でレオンは倉庫に帰ることにした。


 周囲の騒乱はすでに収まっていた。

 サイレンだけが鳴り響き、すでにどこからも爆発音は聞こえない。


 倉庫に戻ると、そこには誰もいなかった。

 皆、まだシェルターにいるらしい。


 鎧を壁に戻し、レオンはもう大丈夫だとシェルターに伝えに行こうとする。


 だが鎧を降りてすぐ、コンテナの近くの魔力に気が付く。


 その魔力はコンテナから出てきた。


「動くな!」


 出てきたのは、二本足で立つ小さな犬のような生き物だった。

 真っ白な毛を蓄えた、細身の子犬。


 ──言葉が喋れる。ヴェルシアにもいた、ウェアウルフか。


 ウェアウルフの手には、物騒な銃が握られていた。

 銃口はまっすぐレオンに向けられている。


「鎧をもらう! 動くなよ!」

「鎧をもらって、どこへ逃げるんだ? すぐそこに保安隊はいるんだぞ?」

「う、うるさい! そうなったらそこまでだ」


 そう叫ぶウェアウルフ。

 だが、近くにサイレンの音が近づいてくる。


 レオンははあとため息を吐く。


 まだ小さな子供を、保安隊には捕まえさせたくない。


「……ベル」

「ほいほい」

「う、動くなと! ──なっ!」


 レオンは風魔法で、ウェアウルフの銃を落とす。


 その隙を逃さず、ベルがウェアウルフに覆いかぶさった。


 そのままベルは、ウェアウルフを鎧の中に連れていくのだった。

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