第15話 再会
軌道エレベーターを降り、鉄道駅のコンコースのような場所を通っていく。
やたら大きなガラス張りの扉を出ると見えてきたのは、活気のある古風な大都市だった。
「おお、ここが帝都ですか! 都会ですね!!」
と、ベルが声を上げた。
五十メートルはありそうな大通りは、歩道と車道とで別れており。
道端には綺麗に整えられた街路樹と、花壇の吊るされた街灯が並んでいた。
整然と並ぶ五階建ての建物の低層階には、ショーウィンドウや華美な装飾を備えた商店も見える。
ヴェルシアの王都よりもずっと発展していることは明白だった。
だが、地球生まれのレオンにとって珍しい光景でもない。
ベルのようには驚けなかった。
──栄えているのは確かだな。
道を埋め尽くすほどの人間や馬車がそれを証明している。幸せそうに街路を歩く人々の手には、洒落た紙袋が提げられていた。
特筆すべきは、高層建築が極端に少ないことか。
自動車も見えず、皆、馬車を使っている。
景観のためにそうしているのだと、レオンは考えた。
ギュリオンが隣で呟く。
「夕食の前に少し観光されていきますかな? 私の家は、すぐそこですし」
その言葉に、レオンは真剣な眼差しを向ける。
「今日でなくてもいいのですが……なるべく早く、フェリア様とお会いできないでしょうか?」
「なるほど。それなら、士官学校の寮区にお住まいでしょうから、面会希望を出せばお会いできるかと。むしろ会うなら、夜のこの時間がいいかもしれませんね」
「寮に戻っているからということですね」
「ええ。ここからなら馬車で十分もあれば着きます。今、馬車を手配します」
ギュリオンは車道に向かって、手を振る。
それから、近くを走っていた一台の馬車がレオンたちの前に停まった。
「士官学校の寮区まで送って差し上げろ。お帰りは、商会本部まで」
ギュリオンは御者にそう告げ、馬車の扉を開けた。
「レオン様、どうぞ乗ってください。我が商会の運営する馬車です」
レオンはベルと共に、馬車へ乗り込む。
「あ、ありがとうございます。あとでお代は」
「そんなものは結構です。着いたら、門の前の兵士に身分証を提示して面会を希望する相手を伝えてください。私は私用がありますので、ここで一度お別れさせていただきます。また、あとでお会いしましょう」
ギュリオンは馬車の扉を閉めて、御者に首を縦に振る。
すぐに馬車はガタゴトと車道を進みだした。
ベルは、レオンと向かい側のシートに座る。
「いやあ、レオン様はやっぱりフェリア様のことしか頭にないんですね」
「そんなことは……でも、一人できっと心細いだろうから」
──同じ町にいるというのが分かれば、少しは気分も違うだろう。フェリアには一刻も早く、帝都に来たことを伝えたい。
しばらくすると、馬車の車窓から見える景色が変わってくる。
煌びやかな大通りの夜景ではなく、庭園付きの豪華な邸宅が立ち並ぶ地区が見えてきた。
ここが、貴族街か。ヴェルシアの貴族よりも、大きな邸宅に住んでいるんだな。
ギュリオンは貴族街と士官学校が近いと言っていた。
もうすぐだと、レオンは逸る気持ちを抑える。
やがてレオンの目に、白い列柱で彩られた壁の建物が見えてきた。三階建ての横に長い建物で、宮殿のようにも見える。
しかし、宮殿ではない。
黄金の門の隣には縦書きの文字が刻まれた銅板が。
帝都に来るまで文字だけは学んでおいたレオンには、そこに帝都士官学校寮区と書かれているのが理解できた。
門の前には兵士が立つ詰所があった。
その近くで馬車が停まると、御者の声が響く。
「つきましたよ、お客様。士官学校の寮区です」
「あ、ありがとうございます」
レオンは御者が開ける前に自分で扉を開き、馬車から降りた。
息を落ち着け身なりを整え、兵士のもとに向かう。
「すいません。私はレオン・フォン・リゼルマークと申します。フェリア・ディ・ヴェルシア様との面会を希望したいのですが」
身分証を見せるレオン。
兵士は淡々とそれを確認すると、少しお待ちをと詰所の中でホログラムに目を通す。
「フェリア様は現在、市街に外出中です。面会希望があった旨と用件はお伝えできますが」
「そう、ですか……そうしたら、また日を改めさせていただきます」
レオンはがっくりと肩を落とすと、馬車へ振り返る。
しかしレオンの乗ってきた馬車の後ろには、もう一台馬車が停まっていた。
その馬車の扉を、付近で控えていた使用人が開き、昇降用の足場を床に置く。
中から出てきたのは、
──フェリア!?
馬車から降りてくる華美な黒い軍服の少女を見て、レオンは安堵した。
流れるようなブロンドのロングヘアーに、晴れ渡った空を思わせる水色の瞳。
軍服で大人っぽく見えるが、レオンも良く知るフェリアで間違いなかった。
「フェ、フェリア様!!」
レオンは声を上げて、フェリアに早歩きで向かう。
しかし、フェリアの周囲には別の馬車から出てきた軍服の女の子たちが集まってくる。皆、フェリアとレオンと同じ、十二歳ぐらいの見た目だ。
フェリアは周囲の者たちに囲まれ、楽しそうに会話をし始めた。皆、高そうな紙袋を持っているので、何か買い物をした後なのだろう。
「フェリア様!」
「な、何者です!?」
周囲の軍服の者や使用人たちは、レオンを警戒する。
「し、失礼しました。私はレオン・フォン・リゼルマーク。フェリア様! レオンです!」
片膝をついてレオンは言った。
しかしフェリアはまるで知らない人間を見るかのように、冷たい表情をレオンに向ける。
「レオン……? あー……そんな従者もいたっけ。えっと、お父様から何か?」
「……え?」
レオンはフェリアの困惑するような顔に、言葉を失う。
だが、すぐにこう訴える。
「わ、私も帝都士官学校に入学するのです! フェリア様のおそばでまたお仕えできるように! アルバード様にも支援していただき、ここに!」
「そう。だけど、あなたの助けはいらないわ。さっさとヴェルシアに帰りなさい。お父様にも、今後一切の支援はいらないと伝えて」
はっきりとフェリアは言い切った。
レオンはその言葉に固まってしまう。
フェリアの周囲の者たちは、何あの田舎者っぽいのとか嘲笑する。
それからフェリアはレオンに振り向きもせず、寮区へと入っていくのだった。
レオンはしばし、その場で立ち尽くすしかなかった。
~~~~~
煌びやかな服を着て、金銀宝石の類を身に着ける。自分の家族のこととか、所有物を自慢し合う。
ここに来てからずっと、そんなつまらないことばかりやっている。
私にはお金はなかった。
でも、魔動鎧と卓越した魔力があった。
それを駆使して私は、さっそく大異形軍との戦争で功を上げた。そのおかげで私には莫大な報奨金が支払われた。
その報奨金で、私は周囲の貴族との自慢合戦に参加することにした。
こうするしか今の私は生き残れない。この帝国に溶け込むには、それしかなかった。
戦いで名声を得ていたこともあって私は、すぐに帝国貴族の社会に溶け込めた。
帝国で出世し、あのヴェルシアを守る……それが私の願いだ。
だが、その願いを叶えるのは、この帝国では非常に難しい。
いずれは、私の育ったヴェルシアは変わってしまう。
どうしたら守れるか……最終的には、帝国と戦うしかない。
もちろん正面から何かするなんて馬鹿なことはしない。帝国を滅ぼすつもりもない。
でも、どんな手法であっても、到底一人ではとても成し遂げられない。
だからかいつも、レオンの顔が頭に浮かぶ。
レオンが私の近くにいてくれればって。
だけど、それは叶わない。
経済的に無理だから、というわけじゃない。私のせいでレオンやヴェルシアの皆を危険な目に遭わせるわけにはいかないから。
そう言い聞かせて、私は帝国貴族フェリアともう一人のフェリアを演じ分けることにした。
そう、決めたのに────
馬車の車窓の向こうには、何故か分かれた日と変わらないレオンが立っていた。
馬車を下りて、すぐにでもレオンに飛びつきたかった。
抱き寄せて、苦しかったことを全部話して、励ましてもらいたかった。ずっと傍にいてほしいって言いたかった。
でもそれをしたら、今から私のやろうとしていることにレオンを巻き込んでしまう。
レオンは大切な人。
私が守らないといけない。
私は、帝国貴族フェリアとして、レオンを突き放した。
その日の夜は、帝国に来て初めて涙を流した。
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