第11話 救難信号
「な、なんてことだ。一日かかる距離を、たったの半日で」
ギュリオンはホログラムに浮かぶ航路図を見て言った。
レオンの魔力供給により、ギュリオンの商船は倍の速度で航路を進んでいたのだ。
ほぼクールタイムなしのワープにギュリオンと船員は驚いていた。
一方、レオン自身も意外だった。
「そ、そんなに早くなるんですか?」
「私も色々な船乗りを知っていますが、ここまでの速度は聞いたことがありません。そもそも、先程まで魔力を集めていたうちの航海士の魔力は相当優秀ですし……」
その航海士もこくこくと首を縦に振るのを見て、ギュリオンは続ける。
「士官学校は詳しくないが、商船学校でなら間違いなくレオン様はトップの成績を収められるでしょう」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。ですが、士官学校では……」
言い淀むギュリオン。
そんな中、通信員が声を上げる。
「うん? ──会長! ヒュルカニア公爵領所属エリドゥより、救難信号を受信しました。大異形軍より逃れてきたようですが、船体が中波。航行不能に陥っているようです」
「ふむ。戦闘が終わっているから、民間船向けの救難信号を送っているのだろうが……方角は?」
「十字の方向です」
「分かった。救難に向かう旨を伝えよ。レオン様。今日はもう遅いですが、あと一回ワープのためにお力をお貸しください」
「その方が早く着くのでしたら、もちろん」
レオンは再び、船の魔力を集め始めた。
ギュリオンが頭を下げる。
「ありがとうございます、レオン様。相手は公爵の船。もし、救難が遅かったなどとあとで言われれば、私のような者は仕事を失ってしまう……」
「そんなことを言う人がいるんですか?」
「貴族は人に責任を擦り付けるのが得意ですからな……私の友人で、救援に向かった貴族から、船の修繕費を請求されたことがあります」
「恐ろしいですね……救難は義務なのですよね?」
「戦闘時でなければ、義務ですね。戦闘時には、民間船に救難信号を出してはいけないことになっていますが」
「なるほど。ともかく急ぎます」
レオンのその言葉と同時に、船の魔力が充填された。
すぐに艦橋の外の景色が変わる。
しかし、ギュリオンが声を上げた。
「なっ!? 戦闘だと!?」
はるか前方では、光線が飛び交っていた。
低速で進む戦艦と、その周囲から攻撃を浴びせる円盤。
──あのボロボロの戦艦がエリドゥか。
そんなエリドゥを守るように、一機だけ黒い鎧が刀を持って円盤と戦っていた。
ギュリオンもその様子を見て言う。
「あの円盤は……大異形軍の襲撃船! まだ戦闘中だったか」
「ど、どうします、会長? 民間船に救難義務は──え?」
船員は、エリドゥを見て言葉を失う。
エリドゥがこちら側に船首を向け、近づいてきたのだ。
「航行不能なんかになってないじゃないか! やつら、俺たちに円盤を擦り付けるつもりか!?」
「転移までの時間稼ぎに俺たちを呼び出したんだ! 会長、ここはすぐに」
しかしギュリオンは歯ぎしりする。
レオンは察した。
ここで転移することは容易い。しかし、あとでこの件を聞いたヒュルカニア公が、ギュリオンに何をしてくるか分からない。
立場的に、ギュリオンはここから逃げられないのだ。
そんなギュリオンにレオンは声を発する。
「ギュリオン殿。私が」
「いや、レオン様。レオン様と言えど、あの円盤は」
「ここに残るしかないのなら、戦うしかありません。どうか、私に魔動鎧で戦わせてください」
「レオン様……」
目をぎゅっと瞑るギュリオン。
しかしすぐに返す。
「……お願いいたします。鎧の隣に、魔銅剣があります。あれならば、あの円盤も斬れるでしょう。お使いください」
「ありがとうございます! それでは」
レオンはそう言って、魔動船の後方部にある格納庫へ走った。
すでに魔動鎧は、ギュリオンによって宇宙で行動できるよう改修されていた。
その後をぴょんぴょんとベルが付いてくる。
「レオン様! 私が後ろ、見てあげますよ!」
「ベル? 助かる」
レオンはベルを肩に乗せると、膝をついていた魔動鎧の胸に乗り込んだ。
「これが、魔銅剣だな」
鎧の手で壁に置かれていた黒い剣を握ると、ギュリオンからの通信が入る。
「レオン様。くれぐれも、ご無理はなさらぬように。今、ハッチを開けます」
「お願いします」
レオンがそう言うと、格納庫のハッチが開かれた。
そのままレオンは魔動鎧を前に進ませる。
「──うおっ!?」
突然の加速に、レオンは驚く。
ベルもぴょんと跳ねて呟いた。
「おお! なんというか、空とはまた加速が違いますねえ」
「あ、ああ。空よりも早く進める。だが、これなら」
レオンは魔動鎧を停止させると、エリドゥの位置を確認する。それを襲う二十メートルほどの円盤も。
「あそこだな……」
すぐに、円盤のほうへ向かうレオン。
だが船体後方に光線を受けたエリドゥは、完全に動きを止めてしまった。
次いでエリドゥを守っていた鎧も、光線を受け脚を失ってしまう。
円盤はそのまま、鎧に光線を発射しようとした。
「させるか!!」
レオンは円盤へ猛スピードで肉薄すると、剣を振るった。
だが、円盤は間一髪のところで、横に逸れる。
「逃げた!? ──ウォール!!」
円盤についていた銃身が光ったので、レオンはとっさに防御魔法を展開した。
防御魔法は光線を見事防ぐ。
しかし、光が収まると、円盤は消えていた。
「レオン様、斜め右後ろです!!」
「ああ! くっ!?」
円盤はレオンの右に回り、光線を放っていた。
レオンはそれをまた防御魔法で防ぐが、次々と場所を変える円盤に攻撃される一方だった。
ウォールを展開しながら前進して、剣で斬ればいい。
魔力の場所は分かるのだから、自分でもできる。
しかしもし、防御が間に合わなかったら──
アンデッドや害獣の駆除はレオンもしたことがある。
しかし、命の駆け引きは体験したことがない。
レオンの手はどこか震えていた。
そんな中、ベルが言う。
「レオン様! しっかりなさってください! フェリア様を迎えに行くのに、こんな場所で死んでどうするんです!」
「べ、ベル」
「私でも防御魔法ぐらい使えます! 魔動鎧の魔力を勝手に使わせてもらいますから、防御のほうは私に任せて、レオン様は剣を振るってください!」
「……分かった!」
ベルに尻を叩かれたレオンは、円盤の位置にだけ集中する。
魔力の反応を掴むのはレオンにとっては難しいことではない。
周囲が光線の光に包まれる中、レオンは円盤の動く先を予想する。
次は左か──そこだ!
レオンは光の中、剣を振るった。
がんっという重い音が、剣を伝い響く。
光が収まるとそこには両断された円盤があった。
円盤の中からは、無数の緑色の粘液が飛び出てきていた。燃料なのか何かも分からぬまま、円盤の爆発の中に消えていってしまう。
「勝った……」
戦が終わって初めて、レオンは自分の心臓がどくどくと鳴っていることに気が付くのだった。
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