第10話 襲撃

「転移を開始します。全乗組員は、ワープ後の魔力枯渇による停船に備えてください」


 艦橋の通信員が全艦にむけ通達した。


 レオンも艦橋の片隅の椅子に深く腰掛け、ワープを待つ。


「三、二、一──ワープ」


 艦橋の外の景色が一瞬で変わった──にしては、あまり変わり映えのない暗闇とデブリが見える。


 宇宙はどこも似たような景色だな……


 最初はワープに驚いたレオンだったが、もうすでに慣れてしまった。


 ──しかし、転移魔法を使い、魔動船をワープさせるか。まあ、じゃないととても宇宙の移動なんてできないよな。


 ヴェルシアから帝都までは、普通に魔動船で航行すると三年はかかる距離とギュリオンはレオンに教えた。

 しかしこうして転移魔法を繰り返す航法だと、半月で到着するという話だ。


 ──大航海時代の帆船とジェット機ぐらいの差はありそうだ。


 だが、このワープも万能ではない。

 転移魔法は膨大な魔力を消費するため、転移後は魔力充填時間が必要になる。


 ワープ後は完全に停止するか、低速で航行するかして、魔力が貯まるのを待つ。

 長距離航海の場合は、だいたい停止してはワープの繰り返しだ。


「ここで襲われたら……」

「実際、後を絶ちませんよ。特に、大異形軍は襲撃のプロですからね」

「ギュリオンさん」


 ギュリオンは淹れたばかりの茶をレオンに差し出す。


「どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」


 ギュリオンはレオンに茶を渡すと、ぐうぐうと床で寝るベルを見て言う。


「代り映えのない景色で退屈でしょう。もう一週間もあれば、帝都に着きます。ここも飽きたでしょうが、もう少しのご辛抱です」

「そんな。ここは初めて見るものばかりで、飽きませんよ。こんな子供を艦橋においていただき、ありがとうございます。乗るまでは、鎧と同じ感じなのかなっておもってましたけど」

「鎧よりも、色々と複雑ですな。魔動鎧は感覚的に操作できますが、魔動船はそうもいきませんから」


 ギュリオンの言う通り、魔動船は魔動鎧とは違った。


 鎧は人型だから、多くの魔力を操ることが出来る。操作も、本当に鎧を着ているような感じを覚えた。


 しかし魔動船は形が複雑だ。

 魔力の集まりが悪く、鎧のような機動性はない。


「ちょっと思ったんですが、魔動船は人型じゃないんですね。巨大な鎧はないのでしょうか?」


 レオンの言うように、ギュリオンの魔動船は地球のタンカーのような見た目をしていた。


「人が魔力を集められる距離は限られてます。魔動鎧がだいたい十メートルなのは、それ以上大きいと魔力の集まりが悪くなるからです。それに皆、レオン様のように魔力を扱える者ではありません。私を含め、ほとんど魔力を扱えない人間のほうが多い」


 ギュリオンは続ける。


「また、魔動鎧に複数の生物が乗ると、魔力の集まる場所に偏りができます。搭乗者が多いほど、上手く操作できなくなる。たくさんの人と物資を載せ、寝食をしながら目的に向かうには、いまだ船という形が最適なのですよ」

「なるほど、勉強になります」

「もちろん、操舵手をはじめとして、魔力が重要なのは変わりませんがね。よかったら、魔動船に魔力を集めてみますか?」

「いいんですか?」

「ええ。こちらへ」


 レオンはギュリオンの案内する場所へ向かう。


 簡素な台に、緑の宝石のようなものが埋め込まれている。


 ──これは王都の地下でも見たな。


「この緑の宝石に魔力を集めるようにイメージしてください。本来ならここが操縦席で船も一緒に操作するのですが、今回は操作権限をロックしてます。運転は、他の者が行いますので」

「分かりました──うん?」

「どうしました、レオン様?」

「いえ、ここから左のほうに、何か魔力の波を感じたような」

「左?」


 ギュリオンは艦橋の窓から、備えつけてあった望遠鏡のようなものを覗く。


「特に何も──いや! 全員、迎撃態勢を取れ! 三時中央の方向だ!」


 ギュリオンが言うと、一斉に船内に警報音が鳴り響く。


 艦橋から見える砲塔が回り、三時に砲身を向ける。


 次第に、レオンの目にも巨大な艦が迫るのが見えた。


「よく分かりましたな、レオン様。やつら、魔力を潜める魔法で、近づいてきておりました。おかげで、奇襲は避けられそうだが……ロングシップ級なら、とても逃げきれん」

「でしたら、ギュリオン殿。私が、鎧で」


 自身のなさそうに言うレオンに、ギュリオンは首を横に振る。


「いくらあなたが魔力に優れているとはいえ、戦い方も知らないのに、大異形軍とは戦えません。彼らは襲撃戦のプロだ。鎧の武器もないですし」

「ならば、逃げましょう。私が魔力を」


 レオンはすぐさま、緑の石に手をかざし魔力を集める。


「やらないよりはましですが、とても充填が間に合うとは──え?」


 ギュリオンは、操縦席の隣のホログラムを見て、唖然とした。


 パロメーターのようなものが、急上昇している。


「ま、魔力が凄まじい速さで──なに!? もう、満タンだと!?」


 他の船員も何が起きたか分からないような顔をする。

 だが船員の一人が声を上げた。

 

「か、会長! いつでもワープできます!」

「で、デブリの多い場所へワープだ!!」


 ギュリオンが言うと、魔動船がワープした。


 外には、迫っていたはずの魔動船が見えなくなっていた。


「座標を割り出して、またすぐ追ってくるかもしれないが……とりあえずはなんとかなったか」


 ギュリオンはホッと溜息を吐いた。


 レオンも安心したような顔で訊ねる。


「な、何だったんですか、今のは?」

「私のほうこそ、あなたの魔力が何なのか聞きたいが……あれは大異形軍でしょう」


 ギュリオンは息を整えて言った。


「大異形軍? 魔物の軍のことですか?」

「ええ。彼らは人間の星や船を略奪することで、生きています。帝国の船よりもはるかに長距離を航行できる船を持っているのです。逃げ足も速く、本当に神出鬼没でしてな──おい、帝国軍に連絡を」


 ギュリオンの声に、通信員がどこかと交信を始める。


「ともかく助かりました、レオン様。お礼を申し上げます」

「いえいえ。もしよろしければ、また魔力を送りましょうか?」

「いいのですか? それならば、もっと先ほどの大異形軍から離れることができる」 

「もちろんです。ギュリオン殿にはよくしてくださっていますし。では」


 レオンは再び、魔力を魔動船に集め始めた。


 その後もレオンは、魔力を集め続け、船のワープを助けるのだった。

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