第8話 宇宙へ!

 ヴェルシアの宮殿の庭園には、十メートルほどの巨大な鎧が立っていた。

 レオンとベルが王都の地下で見つけた鎧だ。


 帝国の商人ギュリオンは、それを見上げて声をもらす。


「驚きました……この星にも、同じような構造のものがあるとは」

「どうでしょう、ギュリオン殿? これならば使えるでしょうか?」


 レオンの問いかけに、ギュリオンは頷く。


「飛んでいるところを見ましたが、十分に魔動鎧の条件は満たしています。むしろ、帝国の鎧と比べても質の良い鎧でしょう。機動性だけ見ても、帝国なら少なくともBランク以上に格付けされる。それに頑丈そうだ」


 ギュリオンは鎧の足を、手の甲で叩いて言った。


「これなら、あとは気密性を確認すれば十分でしょう」

「宇宙空間に空気が漏れないか、ということですね。ですが、空気はどうしているのでしょう? 気密性が万全でも、次第に息ができなくなりますよね? 自分で風魔法を起こさないといけないのしょうか?」

「緊急時はそうしますが、通常は空気を供給するための風魔導具を操縦室に取り付けます。魔動鎧の魔力で動くので、特に気にする必要はないでしょう」

「なるほど。ですが、お高いのでは?」

「それぐらいなら、安く手に入りますよ。他にも飲料水や消火のための水魔導具などのオプションがありますが、セットで私が用意いたします」

「それはありがたいお話です」


 レオンは頭を下げた。

 しかし隣のアルバードが言う。


「れ、レオン君。今の話、私は十分の一も理解できなかったぞ……」


 アルバードは困惑するような顔で呟いた。


 ギュリオンもはっとした表情をする。


「そういえば……レオン様は博識ですな」

「い、いえ。ギュリオン殿からいただいた帝国の本のおかげですよ」


 読んだのは本当だ。

 だが地球の知識がない者が読めば、理解するのに相当な時間がかかっただろう。

 突然宇宙だの酸素だの言われても、何がなんだか分からない。


「それに、フェリア様が向かったのがどんなところか気になりましたし」


 レオンの言葉に、アルバードは目を潤ませる。


「レオン君……本当にフェリアは良い友人を持ったものだ。ともかくこれで鎧のほうは心配いらなくなったな。だが」


 ギュリオンが頷く。


「ええ。魔動艦という大きな壁がまだ残っていますな。それがなければ、あとの費用はこんなものです」


 ギュリオンが見せる電卓に、アルバードは頷く。


「魔動艦さえなければ、私やレオン君の家でも十分だせる金額だ。賢者リゼルが魔動艦もどこかに残していればいいのだが」


 アルバードは、はあとため息を吐いた。


 だが、さすがに船の記録は何一つ残ってない。

 ベルにも聞いたが、浮かぶ船を見たのは約二百年前だという。これはヴェルシアが飛行艇を開発した時代と一致する。


 ギュリオンは腕を組みながら呟く。


「まあ……とりあえずは、中等部に入るというのも手ですな」

「それは、高等部に入るまでの三年間、お金を貯めるということですか?」


 レオンの言葉にギュリオンは頷く。


「はい。ですが、失礼ながらヴェルシアの方がそこまでのお金を稼ぐのは大変でしょう。ですから、レオン様が帝都で稼ぐのです」

「俺が?」

「士官学校の者は、戦いがあると後方任務へ参加するよう打診がきます。おもに輸送艦護衛などの任務ですが、参加すればいくらか報酬がもらえます。あとは……」


 少し言いづらそうにするギュリオンだったが、真剣な眼差しを向けるレオンに口を開く。


「帝国にも貧乏な貴族は多い。そういった家の苦学生は、鎧を動かせるのを活かして、工事や運搬作業など、日雇いの仕事をするのです」

「なるほど……学生をやりながら、お金を稼ぐわけですね」

「ええ。我が商会も帝都に本部がございますから、いくらかお仕事は紹介できます。貴族階級の方にこんなことを言うのは、失礼なことですが」

「気になさらないでください。ぜひお願いしたいぐらいです」


 レオンがお辞儀すると、アルバードも頭を下げる。


「私からもお願いする。だが、ギュリオン殿。私やヴェルシアのほうでも、もっとできることはないだろうか?」

「でしたら、魔力を貯蓄する素材、我が魔吸材と呼ぶものをまずは探すといいかもしれません。魔動鎧や魔動艦の素材になることはすでにご存じかと思いますが、帝国では魔導具の製造にかかせません」


 魔力を集める素材を、帝国ではまとめて魔吸材と呼んでいた。


「それがあれば、我らも魔導具を作れる、ひいては魔動鎧や魔動艦をも作れるようになるということか」

「仰る通りです。レオン殿のためになるだけでなく、ヴェルシアの発展にもつながるでしょう。この魔動鎧が作られたということは、つまりこの鎧を作る魔吸材がこの星にもあったということ」

「そうなるな。しかし、魔力を集める素材か……マギダイヤが思い浮かぶが、あれは非常に希少だ」

「ふむ。我らも一応、この星の表面部分は調査させていただきました。ただし、貯蓄が豊富な場所は見つかりませんでした。あるなら、海底や、地下に埋蔵されている可能性が高いですね」

「まずは調査しなければな。我らは我らでそれを進めるとしよう……」


 アルバードは申し訳なさそうな顔をレオンに向けた。


「ほとんど何もできず、申し訳ない。不便な生活を強いることになる」

「そんなことは仰らないでください。これは僕のわがままのようなものです。むしろ僕なんかがこの鎧を持っていっていいのか」

「それは賢者リゼルが作ったんだ。子孫の君が使わないでどうする。それに我が子たちは誰も帝都に行こうと口にする者はいなかった。他の貴族もだ。言ってくれたのは君だけ。どうか、フェリアを頼む」

「お任せください。もう一度、フェリア様のおそばに」


 こくりとアルバードは頷く。


 こうしてレオンは、帝都へと向かうことになった。


 ギュリオン商会の帝都行きの船に同乗し、前世でも今世でも初めての宇宙へ飛び立つ。


 手を振るアルバードとヴェルシアの貴族たちが瞬く間に豆粒のような大きさになると、レオンを乗せた船は宇宙空間へと出た。


「これは……」


 窓の外には、緑と青が交じった豊かなヴェルシアの地表、そしてどこまでも続く暗闇とそれを彩る星々の光が見えた。


「本当に、宇宙なんだな……」


 レオンは遠くなっていくヴェルシアを見て、不安を覚える。


 だがフェリアも同じ思いをしているはず。


 自分がフェリアの支えにならなければ。


 無限に続くような宇宙に、レオンはフェリアの顔を思い浮かべるのだった。

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