ネイビーのアンティークな窓
夜風と傷
ほんの少しの酔いには心地良い、冷たい風。
冷えきった寒空の下、2人で腕を組んで歩くのが好きだった。
コンビニに寄って、飲み直すためのお酒とおつまみ、それからデザートを買う。
今となっては顔すら思い出せない相手とは違って、思い出だけは強く残っていた。
いつもそうだ。寒い日は、昔の恋を思い出す。
彼に未練など1ミリもない。だって、顔すら思い出せないのだから。
それなのに、今も思い出してしまうのは何故だろう。
"プシュッ"
家に着き、帰宅途中で買った缶ビールを開けると、勢いよく泡が溢れた。慌てて泡を吸い込みながら、束ねていた髪を解く。この瞬間、私は私に帰る。
無音が寂しくて付けたテレビの横、賃貸アパートの壁についた傷が、ふと目についた。
私がここに引越してきたとき、彼とふたりで運んでいた重い棚を、勢いよく壁にぶつけてしまってできた傷。ふたりで「あ!」って叫んで、でも「隠れるから、とりあえずいいだろ!」なんて言って笑ったんだった。その棚はもう処分してしまって、新しい棚がそこにはある。背丈の低い棚だから、あの日隠した傷は丸見え。
当たり前だ。どんなに隠していたって、傷は消えない。
思い出すのは幸せなことばかりなのに、いつも痛みを伴う。もうそこに感情なんてないのに、ただひたすらに痛い。
幸せだった分だけ、深く深く傷が付いてしまったんだと、私は悟った。
明日は休みだ。まずは、壁の傷を直そう。
そう思った私は、一人きりの晩酌を切り上げ、さっさと寝る支度を済ませて布団に入った。今日の傷は今日のうちに治してあげよう。
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