二人の隙間

天野久美

第1話 不器用な二人と外野







 レーナー大陸の南西にあるイナザルク公国。

 その王都、ナナイの街に大陸一、二の信頼性と強さを誇る傭兵ギルドがある。

 ボスと加入員から呼ばれる主は、伝説の偉業をなしえた英雄、ナナエ・ハーロイド・ヘルダー。

 剣を持つ者全てが憧れる大男である。

 が、現役を引退してからおかしな趣味に没頭していた。

 人間性、カリスマ性は変わらないが、見た目や言動が首を傾げるものだった。



「こら、オリビエちゃん。ハスラムが待っているわよ」

 短い金の髪に金褐色の瞳をした筋肉隆々の身体におしゃれと言い張る、ふんだんにレースがあしらわれたドレスまがいの服を着て、大鳥の羽根を極彩色に染めた扇を片手に開かれた扉から部屋に入って来た。

 顔には、本人いわく嗜み程度の化粧が施されている。

「ボス、オレお腹が痛い!」

 ベッドの上で布団を被り、さも痛いという呻き声も付けて応える。

 行きたくない。

これがオリビエの本音だった。

 前回の失敗のことや何かにつけ小言をくらう相手と。

 自分が悪いこともあるが、そうでないこともある。

 鬱陶しいのだ。

「あーら、そうなの。けどね、今回のお仕事は、そう、前のお仕事のお詫びを兼ねた依頼よね」

 ふふふと、意味深な笑いが布団の上から響く。

 前のお仕事、魔導協会からの依頼で重要な魔術書を盗んだ犯人を捕まえ、取り返すという。

 仕事は、魔導協会が納得する形で終わらせることができたが、関わったオリビエがとんでもないことをしでかし、ハスラムに迷惑をかけていた。

 ハスラムはいいと言うが、ヘルダーはそういうわけにはいかない。

 ギルドの規律問題に引っかかる。

 いくらかわいい養女とはいえ、それはそれなのだ。

 ということがあり、ハスラムに次の仕事はお詫びだからオリビエにただで仕事をさせると約束をしていた。

「うちの決まりは分かっているわね。約束違反は、アレって」

 アレという箇所に力が入る。

「あー、ははは! 気のせいだったみたい」

 パッと勢いよく布団を跳ね除け、短い亜麻色の髪を乱してオリビエは姿を現した。

 そう、あのとてつもなく恐ろしいアレ。

 濃紺の瞳は見開かれている。

 ボス・ヘルダーの趣味をふんだんに取り入れたギルド唯一の罰を執行する本人からほのめかされたのだ、焦る。

「いい子ね。さあ、早く行きなさい」

「はーい!」

 ベッドから飛び出し、用意をしていた荷物を担ぎ部屋から逃げるように出て行った。

「まったく」

 ふーと、大きく息を吐く。

 荷物が用意されていて、着ていた服も旅に出る時のもの。

 気は進まないが、行く気はあったようだ。

 ハスラムからまたあの時のことを注意されるのが嫌なのだろう。

 それにただ働きも気に入らないはず。

 ハスラムならわがままが通るかもと考えていたようだ。

「甘いからねぇ。ハスラムはオリビエちゃんに」

 子供の頃の負い目か惚れ過ぎか、これ以上嫌われたくないという思いからか、かなり気をつかい接していた。

 当のオリビエはまったく気づいてはいないが。

「幼い頃の心の傷ねぇ……。好きな女の子をいじめるって、男の子ならよくあることなんだけど」

 大好きな幼なじみに遊び仲間たちの前で「オマエなんて大嫌いだ! 付いて来るな」と言われたり、なまじ人気があり憧れを抱くオリビエより年上の女の子たちから嫌みを言われたりで、いつの間かオリビエにとって

ハスラムは、側にいると嫌な言葉ばかり聞こえてくる存在になっていた。

「オリビエちゃんの性格を考えてなかったハスラムも悪いけどね」

 人懐っこく、世話焼きで素直だった。

 単純でもあった。

「ほめたり、態度ではなく言葉で思いを示せたら良かったのにね」

 と思いつつも二人とも子供。そんな駆け引きのようなことはできなかっただろう。

 そして、子供の頃のハスラムは、オリビエには厳しかった。

 オリビエからすれば、他の女の子と同じ失敗をしても彼女たちは許され、怒られるのは自分ばかりだった。

 そんなことが続き、オリビエは悟った。

 自分は嫌われていると。

 そうなると、ハスラムが好きだけど嫌いにならなければいけない。

 幼いオリビエが出した答えだった。

 それから姿を見れば逃げ出し、話しかけられると適当に答えるようにした。

 こんなオリビエの様子にハスラムもついに嫌われたと確信した。

 仲間にオリビエへの気持ちがバレることが嫌でわざと人前で冷たくしたり、きついことを言っている自覚はあった。

 一番の原因は、小言だろう。

 好奇心が旺盛で失敗が多いオリビエによく注意もしていた。

 分かってはいるが、ハスラムは素直に謝れない。

 誤解を解くこともしなかった。

 変な意地があった。

 だけど、オリビエへの想いを諦める気はない。

 逃げられても関わることだけは、続けていた。

 この年齢になっても。

「うーん、早く誤解が解けるといいんだけど」

 お互いの思い込みが本音を押し込めて、複雑なんてものを通り越した絡み方をしている。

「見たいわ。幸せそうに笑うハスラムを」

 きっと眼福もの。

 ヘルダーは、かわいい養女とお気に入りの傾国の美女ばりの美形が早くお互いの気持ちに素直になり手を取り合うことを願いながら、皆が待っているギルドの応接室へと向かった。-

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