第51話 アーネストの警告

 驚きのあまり声を失っているビアトリスに対し、アーネストは「君に話があるから待たせてもらった」と淡々とした調子で言った。


「俺が君の教室に行くと目立つからな。ここに来れば君に会えると思っていた」

「そうですか……」


 また少し痩せただろうか。かつての自信にあふれた態度はなりをひそめ、今の彼はどこか儚げで、存在感が希薄なように感じられた。


「あの、お話とはなんでしょう」

「母についてだ」

「王妃さまについて、ですか」

「ああ。母が余計なことをやっているようですまない。こんなことはもうやめるように伝えたんだが、大丈夫だから気にしないでいい、全部自分に任せておけというばかりでな。……あの人は、まだ何か企んでいるようだ」

「そうですか」

「すまない」

「いえ、アーネスト殿下に謝っていただくことではありません」

「まあ、どうせ俺では母を制御できないからな」

「そういう意味では」

「誤魔化さなくていい。俺も自分の非力さは自覚している」


 アーネストは自嘲的な笑みを浮かべた。


「俺は結局ずっと母上の掌の上だ。あのときも」

「あのとき?」

「いや……王妃教育のあとのお茶会で、君を泣かせたことがあったろう」

「はい」


 ――君は自分が偉いと思っているのか?


 大好きだったアーネストに突き放された日のことは、忘れようにも忘れられない。


「もし、あのとき俺が」


 アーネストはそこで口をつぐんだ。彼の眼差しはビアトリスではなく、その背後に注がれている。視線を追って振り返ると、ちょうどカインがこちらにやってくるところだった。


「君の待ち人が来たようだから失礼するよ。それじゃ」


アーネストはそう言うと、校舎の方に消えていった。



「ビアトリス! まさかあいつに何かされたのか?」


 あずまやに到着したカインが、勢い込んで問いかけた。


「いいえ、少しお話していただけです。王妃さまがまだ何か企んでいるようだと警告していただきました」

「そうか……」


 ビアトリスの言葉に、カインはほっと肩の力を抜いた。


「殿下は王妃さまにやめるようにおっしゃって下さったのですが、聞き入れる様子はなかったそうです」

「まあそれはそうだろうな。国王ですらあの女を御しきれてないところはあるし、アーネストの手には余るだろう」


 カインはため息をついて言葉を続けた。


「俺は子供のころ、母親のいるアーネストが羨ましかったが、今にして思えば、そんな良いものでもなかったのかもしれないな。俺は他人だからさっさと離れることができたが、アーネストはあの女が生きている限り、振り回され続けることになりそうだ」

「そんなことは」


 そんなことはない、とは言えなかった。

 だけどそうだと言い切る気にもなれなかった。

 ただアーネストの儚げな後ろ姿が、いつまでもビアトリスの脳裏に焼き付いていた。

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