第50話 演奏会のお誘い

「それじゃ、これからはまた一緒に過ごせるのね?」


 ランチをとりながら、マーガレットが嬉しそうに声を上げた。


「ええ、もう有力なご夫人には一通り紹介し終わったから、あとはときどき大きなお茶会に参加すればいいということだったわ。二人とも、今まで待っていてくれてありがとう」

「あら当然よ。やっぱり三人一緒じゃないとつまらないもの」


 シャーロットが微笑んだ。

 ビアトリスが大叔母に連れまわされている間中、マーガレットたちは「ビアトリスが参加できないなら」と、週末に遊びに行かずにずっと待っていてくれたのである。

 ビアトリスは「私に遠慮しないで、二人で楽しんで来てね」と口では言っていたものの、実際に自分抜きで遊びに行かれたら、やはり寂しく感じただろう。彼女らの友情には感謝してもしきれない。


 おまけに二人の母親たちも、社交の場に出るたびに「娘の大切な友人であるビアトリス嬢」を大いに賞賛してくれていたらしい。そのおかげもあってか、バーバラにも「アメリア王妃が何を言おうと、もう大丈夫ですよ」との太鼓判を押してもらったのである。


「嬉しいわ。三人で行きたいところがたくさんあるのよ。郊外にピクニックに行くのもいいし、新しくできたカフェや骨董市にも行ってみたいし、ありすぎて迷ってしまうわね」

「ねえ、そのことなんだけど、エルマとエルザたちから、週末に屋敷で演奏会を開くから参加しないかって言われてるの。みんなで一緒に聴きにいかない?」

「演奏会?」

「ええ、屋敷の改装が終わったから、お祝いにピアノの演奏会を開くんですって。驚くなかれ、演奏するのはあのアンブローズ・マイアルよ」


 シャーロットは最近王都で引っ張りだこの人気ピアニストの名前を挙げた。


「まあ素敵、アンブローズ・マイアルが個人宅で演奏会なんて滅多にないことじゃないかしら」

「そうね、私も大きなコンサートホールで聴いたことはあるけど、サロンで聴くのは初めてよ」

「でしょう? エルマたちのお母さまって昔からピアノが大好きで、プロの演奏家の人たちにお知り合いが大勢いらっしゃるんですって。だからそのつてで承諾を取り付けたらしいわ」

「そんな貴重な演奏会に私たちも参加していいの?」

「ええ、エルマとエルザも当日ピアノの二重奏を披露するから、学友を何人か招待していいってお母さまに言われているんですって。だからビアトリスとマーガレットにもぜひ来てほしいって言っていたわ」

「まあアンブローズ・マイアルはもちろんだけど、エルマたちの演奏も楽しみね」

「そうね、双子の二重奏なんて滅多に聞けないもの」

「あ、それから、ヘンリーさまも招待されているの」

「まあそうなの、お会いするのが楽しみだわ」


 シャーロットの婚約者であるヘンリー・オランド侯爵には前に一度紹介されたことがある。一回り以上年下のビアトリスたちにも丁寧な態度で接してくれる、温和な雰囲気の男性だ。


「それからね、私の母も『改装中にお世話になったから』ということで招待されたのだけど、あまりピアノは興味ないから辞退してしまったの。それでその空いた分でビアトリスの友人である辺境伯ご子息をご招待してほしいって私からエルマたちのお母さまにお願いしたら、ぜひそうしたいと仰ってくださったのだけど」

「まあ、カインさまを?」

「ええ、余計なことだったかしら?」


 シャーロットがいたずらっぽく微笑みかける。


「いえ余計じゃないわ……ありがとう」


 ビアトリスははにかみながらも礼を述べた。

 カインは以前ピアノが好きで、自分でも時々弾いていると、ビアトリスに語ったことがある。アンブローズ・マイアルの演奏会とくれば、きっと喜ぶに違いない。



 翌朝。ビアトリスは弾む思いで、いつもより早めに王立学院に登校した。そしてあずまやへと赴いたところ、柱の陰に男性のものと思しき人影が見えた。


(まあ、カインさまったら早いのね)


 てっきり自分の方が先だと思っていたのだが、今日のカインは随分と早起きだったらしい。


「カインさ――」


 ビアトリスは声をかけようとして、思わず息をのんだ。

 そこにいたのは目当ての赤毛の青年ではなかった。


(幻……じゃないわよね)


 朝の日差しを受けて輝く黄金の髪。

 かつての婚約者、アーネスト王太子殿下が柱の陰にたたずんでいた。


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