第9話 アメリア王妃
ビアトリス・ウォルトンの王妃教育は、去年の段階で既にほとんど終了している。
ゆえに現在ビアトリスが王宮に通うのはせいぜい月に一度か二度のことであり、その内容もアメリア王妃が己の体験を踏まえて語る形式の、ごくゆるやかな内容へとシフトしていた。
ビアトリスはこれまでアメリア王妃とはまずまず良好な関係を築いてきた。それはウォルトン公爵令嬢という彼女の身分に加え、真面目で勉強熱心な態度が王妃のお気に召したからだろう。
しかしその日のアメリア王妃は、普段と少しばかり様子が違っていた。
一通りの講義が終わると、アメリア王妃はきつい眼差しで問いかけた。
「ところでビアトリスさん、貴方、あの子から生徒会の手伝いを頼まれたのに断ったそうね」
「はい、今は少し忙しいので」
カインの件をここで出す気にはなれず、ビアトリスは当たり障りのない返答をした。
「まあ、忙しいのはむしろアーネストの方でしょう? 王太子としてのお勉強に加え、生徒会のお仕事までやっているのだから。そのアーネストが手伝ってくれと頼んでいるのに、断るなんていったいどういう了見なのかしら。王妃にとって一番大切なお仕事はお世継ぎを産むことだけど、二番目に大切なお仕事は陛下をお傍で支えることなのよ? 未来の王妃になろうという人が、未来の国王を支える仕事を『忙しい』と言って断るなんて、到底考えられないことだわ。貴方、その辺りをどう考えているのかしら」
「……アーネストさまがおっしゃっていた仕事は、別に私でなければできないものではありませんでした。アーネストさまは大変人望がおありですから、自ら進んで手伝いたい生徒は大勢いますし、そういう方々の方が適任かと考えました」
「アーネストが貴方が相応しいと選んだのでしょう? なら貴方がそれに異を唱える理由がどこにあるのかしら。ねえ、こんなことはあまり言いたくないのだけど、貴方少し調子に乗っているのではなくて? まさかとは思うけど、自分の力でアーネストが王太子になれた、などと勘違いしているのではないでしょうね」
「はい?」
「確かにウォルトン家は古い血を受け継ぐ名門だし、それを誇りに思うのはけして悪いことではないわ。だけどあくまで臣下は臣下なのだから、そこはきちんとわきまえなきゃ、ね? 貴方はそれをきちんと理解している賢いお嬢さんだと思っていたのだけど、私の勘違いだったのかしら」
「それはもちろん、わきまえております」
「本当にそうかしら。数多いる令嬢の中から、貴方がアーネストの婚約者に選ばれたこと、それは望外の幸運なのよ? まずはそこに感謝しなくてはいけないのに、当たり前のように思っては――」
「母上、あまり余計なことを言わないでください」
王妃の饒舌を遮ったのは、他でもない王太子アーネストその人だった。
「生徒会の件は俺と彼女の問題ですから、母上に心配していただく必要はありませんよ」
部屋に入ってきたアーネストは、王妃に対して苦笑するようにそう告げた。
「まあアーネスト、なぜ貴方がここに?」
「婚約者をお茶に誘いに来たんです。王妃教育はそろそろ終了の時間でしょう? トリシァを借りて行きたいのですが、構いませんよね、母上」
「……仕方ないわね」
愛する息子にそう言われて、王妃はため息とともに引き下がった。
アーネストは唖然としているビアトリスの方に向き直ると、穏やかに微笑みかけた。
「――トリシァ、お茶の誘いに来たよ」
まるで幼いころの優しい王子様そのままに。
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