剣技

富安

第1話 三段突き

 沖田総司は幕末の剣豪として多くの人を斬ったが、特段体格に恵まれていた訳ではない。並、というよりは虚弱な感じの貧相な体つきであった。彼が負け知らずだったのは、自ら編み出した三段突きのおかげである。

 今、沖田の前には抜刀した浪人がいる。

 新選組として京の街を警邏中に不審人物を見かけたので職務質問をしたところ突然逃げ出したので追跡したら暴れだした、という感じである。

 興奮した浪人は八双に構えていたのだが、沖田が抜刀して晴眼に構えると、同じく晴眼に構えなおした。

 八双(上段)は振り下ろすだけで相手を攻撃できるので一見有利だが、斬るために前進すると晴眼(中段)にある相手の刀が腹に刺さってしまう。沖田の落ち着き具合を見て力押しをあきらめたのだ。

 条件が整うや沖田は躊躇しなかった。

 通常の間合い、一足一刀よりは少々遠い距離から沖田は喉をめがけて突きかかった。・・・と、相手には見えたが、実際は広げていた脇を締めて剣先を上げ、右足を30cmばかりだして前傾姿勢をとっただけである。

 意表を突かれた相手が沖田の刀を避けようと自分の刀を横に振るが、その時には沖田は左足を引き付けながら刀を下腹のあたりまで下げているので当然のごとく空振る。

 その相手の刀が無くなった空間を、鳩尾の骨のない所をめがけて下から突き上げる。本当は刃を横にして肋骨の間から心臓を狙うのが王道なのだが、相手の腕に当たって失敗する危険があるため、沖田は下から突き上げることにしていた。

 相手が突きを避けようと刀を左に振ったため体も左に向いており、沖田の放った突きは浪人の鳩尾から入り心臓を捉え、背中側の肋骨に当たる。次の瞬間にはもう刀を引き抜いていた。刀で肉を突いてもほとんど抵抗が無いので骨に当たった感触を刀を戻す合図にしているのだ。

 その間約一秒。瞬殺である。

 沖田の後ろに控えていた隊士も周囲の野次馬もあまりのあっけなさに呆然としている中、沖田は刀の血糊を懐紙で拭い納刀した。うつ伏せに倒れた浪人の下にじわじわと血の池が広がり始める。心臓が裂かれていても切り口が小さいので血が噴き出さないのだ。達人技である。


 この技を三段突きと命名したのは近藤である。誘い、躱し、突く。この三つを以て成し、また上段、下段、中段と攻める意味もあると言うのだ。

 きっかけを作ったのもまた近藤である。沖田が、まるで歯が立たない近藤になんとか一矢報いようとして考えたのだ。道場で近藤相手にこの技を繰り出し、初めて見事に体を捉える事が出来た時、沖田は感動に震えた。

 その姿を見て近藤は言った。

 「総司、道場では禁じ手。」

 一瞬だけ怪訝の表情を浮かべた沖田であったが、すぐに意味を理解した。この技は奇襲だ。一度見たら対処は容易い。同じ人間に二度は使えない。つまり使うのは実戦のみ。見せた相手は確実に仕留める。そういうことだ。

 「な。」

 沖田の表情を見て、近藤はニヤッと笑った。

 今度は即座に理解できた。この人も見せていない技があるのだ。おそらく三段突きも近藤が本気だったら通用しなかっただろう。この沖田の予想は京の町で裏付けられることとなる。戦闘中でじっくり見ている暇はなかったのだが、近藤のブレる様な体の動きと違和感のあるタイミングで刀を振るう姿は道場で目にしたことのないものだった。運足に鍵がありそうなのだが、見ても真似のできない、まさに名人芸であった。


 沖田は病気で戊辰戦争に参戦していないが、見方によっては幸運だったともいえる。剣術は装甲を纏った兵には効果が薄く、体力の劣る沖田が戦場で活躍できるとは思えないからである。


 

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