体育祭編

Episode ⅩⅡ (3-1)

「うわ! 痛った〜」

 彼女が描いていた両腕で跳ね返せなかった。

 ボールは頭上に落ちた。

 ぼんやりとした景色が一時的に広がる。

 時間の経過と共に視界ははっきりしてくる。

 しかし、より苦手なものへの意識が強くなってしまう。

「大丈夫?」

 最初から頭上に落ちたアテナを心配する一人のチームメイト。

「あぁ~うん。大丈夫で~す」

 最初から小規模の傷が生まれた。

 その後も暗く苦しいが回復しない。

 泣き出しそうな心を締め付け、ボールに触れようと全身を動かす。

 体育祭まであと二週間。

 ボールに触れるようになってきた。

 だが、足が前へ出ようとしない。

 ボールを上がるか後ろに上がる事しかできない。

 ミツキはアドバイスをする。

「仮にできなくても、攻撃は後ろの人がやってくれるから。前衛に専念してほしい」

 彼女の一言。

 アテナもアドバイスが的確だと思う。

 しかし、向上心に溢れている今。言いたい事がある。

「でも、私っはははっ……身長が低いから……っおさえきれないよ。はっは……は~~」

 彼女の強い気持ちを聞いた。

 チームメイトは言う。

「攻撃をしなきゃという気持ちとチームに得点を入れるという気持ちは、とても分かる」

 彼女の気持ちを少しでも組もうと続ける。

「守りに入れば、相手に得点を取らせないという気持ちにもなる。苦手な事を武器にする事は難しい。できる事からやっていけば私達の武器になる」

 チームメイトの一言にようやく納得する。

「分かった。でも、練習だけはさせて欲しい」

 アテナが無理をしているように見えた。

 だが、彼女は諦めない。

 一生懸命練習をしようとする彼女を見て、周りは折れた。

「分かった。頑張ろう」

 あれから二週間。

 苦手克服から得意なところを伸ばし応用をできるようにしていく。

 さらに二週間後。

 校舎内外のアナウンスが響き渡る。

「保護者の皆様は、校庭の縁側、体育館の観客席、校内のカフェテリアで観戦が可の……」

 来場者向けの放送は中学、高校別に行われる。体育委員、生徒会の生徒達。教員達が受付や競技場所近くで案内をする。

 開会式直前。

 一年い組の生徒達は教室で待っている。

「あー。いよいよだ。どうしよ~ミツキちゃん」

 アテナは緊張している。

 ここまで大規模な運動会は初めての経験。

 見知らぬ人達が自分を見る。

 試合後に反響が無いかと心配する。

「大丈夫! あれだけ練習したんだから絶対できる」

 ミツキは彼女を落ち着かせる。

「皆さん、時間です。整列してくださ~い!」

 一年い組の体育委員が整列を呼び掛けた。

 い組生徒達は指示に従い、廊下へ整列する。

 アテナは緊張した面持ちで立つ。

 ミツキは彼女の様子を見て解そうとする。

「行こ!」

「うっうん……」

 整列指示をした体育委員が列を確認した。

「それでは行きまーす」

 一年い組は会場へ向かう。

 開会式は中高の生徒達合同で行われる。

 全生徒が集まる事ができる高校の校庭には既に高校生が集まっていた。

 陰光大学は小学校まで全面芝の校庭を完備している。

 改修される前から使われている砂のグランドは大学のみ。

 しかし、ここ最近は運動部に使われる他に体育祭に向けた練習により痛みがある。

 砂混じりの地面を歩く生徒達。

「さーいよいよ、年に一回の中高合同の開催。体育祭の開会式が行われようとしています」

 テレビで耳にする中継にも似た熱の籠もったアナウンスが校庭に広がる。

 各所で開催地説明の音声が薄らと聞こえる。

 しかし、アテナがいるのはヤングアダルトが使うグラウンド。

 中学生にとっては別世界の場所だった。

「司会・進行を務めるのは陰光大学教育学部付属陰光中学・高校の放送委員会と――」

「放送部が努めます。皆さん、気合を入れて正々堂々と競技に励みましょう!」

 落ち着きのある可愛らしい声の放送委員。気合いの入った放送部のアナウンスが独特だ。

 開会式前。

 臨場感溢れるアナウンスによって会場は温まってきた。

 アテナの耳には風のように通り過ぎていく。

 聞こえてくるのは、緊張を感じ脈打つ音。

 視界は良好。

 両手は汗が滲み出ていた。

 ほとんどの生徒が集まった。

「これより、開会式を始めます」

 開会式の進行は体育委員に託されている。

「体育祭実行委員代表の二人から開会の言葉です」

 冷静な進行をする女子生徒。

 真剣な表情をする中高体育副委員長が登壇する。

「これより、陰光大学教育学部付属中学校――」

「高等学校。体育祭の開会式を――」

「「行います」」

 速やかに二人の副委員長は降りて行った。

「続いて、陰光大学教育学部付属陰光中学・高校校長。ジョージ・アールヴから保護者・来賓らいひんの皆様へご挨拶です」

 アテナや今年、中学へ入学してきた生徒達はまだ校長の姿を見た事がない。

 この場でようやく姿を見れると思う。

 しかし、一分近く経っても校長が登壇してこない。

 代わりに姿が見えたのは、中学副校長のメルタ・エーマンだった。

 入学式に続いて姿の無い校長に一年生だけで無く、大勢の生徒が不思議に思う。

 思わずミツキは言いたくなる。

「この前もいなかったよね、エレン」

「しー。式典中は静かにしてて」

 この場の空気を騒ぎ立てないようと静かにするように促す。

 昨年まで、校長はなんら変わらず入学式から卒業式まで公に顔を出していた。

 しかし、新年度にに入ってから変わってしまった。

 一年生は学年違いの生徒からよく聞いていた。全くと言っていいほど、今年度は姿を見かけない。

 メルタはマイクスタンドの高さを調節する。

「アールヴ校長は多忙の為、代理としてご挨拶をさせていただきます」

 大きな混乱は無い。

 だが、生徒達は単なる多忙で表舞台から消えた校長。

 学校側に対して不信を感じる。

 この重大な出来事は今年度が終わったとしても、忘れる事がない。

 中高のみならず、学校関係者までもが思っていた。

 淡々と校長代理の挨拶は終わった。

「それでは、中高体育委員会会長による開会宣言を致します」

 台には二人の委員長がが登壇する。

 二人は左手を上げた。

宣誓せんせい! 私達は正々堂々せいせいどうどうと――」

「競技にはげむ事を――」

「「\\誓います‼ //」」

 清々しい生徒代表の言葉は、自然と周りを拍手喝采にする。

「アテナそれじゃあ行こう!」

「うん!」

 ミツキや仲間達に続いて、アテナは第一試合の場所へ向かう。

 アテナにとって進学初めての体育祭が始まる。

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