死なばもろとも青春よ

九重 壮

終わるな俺の青春!

高校最後の夏。

それが終わろうとしている。

俺は9割が寝静まった古文の授業で一人すすり泣いていた。

昨日終わった学園祭の余韻に頭まで浸ったまま、終わりゆく高校生活を憂い絶望しているのだ。

いやだ!いやだ!卒業したくない!

静かな教室に駄々をこねる音が響く。

理性を失った俺の頭には、思い出の中の級友たちがまるで死んでいった戦友のような笑顔で浮かんでいた。

あぁなんとか高校に留まる方法はないものか。

うーん。

高校…級友…卒業…終わる…死…留まる…。

そうだ。あるじゃないか。

俺はこの天才的なアイデアをこう名付けることにした。

「校舎爆発まるごと地縛霊作戦」と。


作戦はこうだ。

俺が用意した大量の爆弾で校舎を爆破し、生徒と教員、それに学校で飼っているカメにウサギまでも一緒に地縛霊にしてしまう。

作戦の成功率は見積もって50%。

正直、地縛霊になるかは五分五分だ。

お世辞にも完璧な作戦とは言えない。

でも、それでも俺は、やるしかないんだ。

俺はその日、ダークウェブでダイナマイトを1ダース購入した。


あの日から1週間。

ついにそのときが訪れた。

日曜日の昼下がり、インターホンが鳴る。

俺は着払いの3,900円をお釣りが出ないように支払うと、届いたそれを抱きしめた。

真っ赤な体をしたそいつは紛うことなきダイナマイトだ。

俺はカレンダーを見る。

Xデイは明日にしよう。7月最後の日。

朝のうちにグラウンドに埋めたダイナマイトに、4時間目体育の終わりとともに火をつける。

そして、俺たちは青春の光に包まれ永遠になるのだ。

そうと決まれば今日は早く寝なければ。

俺はそんなことを考えながら、ママが作ったシチューをすする。

ふとこれが最後の晩餐かなんて、思った。


生前最後の登校日は案外普通なものだった。

いつか憂いた昨日のように、今日は刹那的に終わっていくものなのだ。

1時間目が終わり、2時間目が始まった。

そして、2時間目が終わって、3時間目が始まった。

俺たちが受ける最後の2時間続きの体育。

最後の授業。最後の思い出だ。

雲ひとつない青空のてっぺんに太陽が登る。

もうそろそろか。

体育教師が号令をかけ、4時間目が終わる。

俺は無規則に広がり始めた人の輪を離れた。

そして、今を味わうように息を吸うと、ダイナマイトに火をつける。

それから何事もなかったように背を向けた。

俺は一筋の涙を指先で払うと、心の中で呟いた。

いままでありがとな。

そしてこれからよろしく。

スパンパンパン!!!

パンパンパン!!

鋭い爆発音がしたあと、目の前で少しの砂埃が立った。

0秒の沈黙。

9割のやつは気づかないまま、たわいもない昼飯の話なんかを続けている。

作戦は、失敗だ。

俺は呆然とした目で土埃を見つめた。

そのとき、声が聞こえた。

「わ、今のなんだろ。」

あの子が、いつも眠そうにしている彼女が目を丸くしてそう呟いた。

ふいに視線を向けた俺と彼女の目が合う。

俺はそのとき、こんな結末も悪かないか、なんて思ってしまって。

「いいねえ。青春だねえ。」

20年来の地縛霊が、俺の肩に手を乗せる。

嗚呼。

俺の青春よ、いつか終わってしまうのなら。

少しでも、今を噛み締めさせて。

透き通った昼時の夏空に誰かの笑い声が響いていた。

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