婚約ですか?もれなく呪いも一緒についてきますがよろしいでしょうか

里見 知美

婚約ですか?呪いも一緒について来ますがよろしいでしょうか

「おい、そこのお前!お前だ、お前!お前、名前はなんという?」


 入学式で、上級生から呼び止められたメリアは、ぽかんと口を開けた。周囲の生徒たちも何事かと遠巻きにして振り返った。


「間抜け顔のお前だ。俺はオリバー・ハッシー。侯爵家の三男だ。それでお前は?」

「あ、あの。メリア…。メリア・ベイカー。子爵家の長女です」

「そうか、メリアか。お前、なかなか見目がいいじゃないか。俺の婚約者になれ」

「は?」

「家には通達しておくから心配ない。俺が婿に入ってやるから安心しろ」


 メリアは瞬きを繰り返し、開いていた口を閉じゴクリと息を飲み込んだ。


「あの、私お婿さんは…」

「侯爵家の申し出を断るわけないよな。断れるとでも思っているのか?」

「い、いえ、ですが、あの…」

「お前はこれから俺の婚約者として扱う。皆もいいな!?この女に手を出したらタダじゃおかない!」


 一瞬、ざわりとしたが誰もが不憫そうな目を向けて小さく頷き、その場を去っていった。残されたメリアは一体何が起こったのかわからないまま、オリバーに手を掴まれ、上級生の教室まで連れて行かれてしまった。青ざめながら、どうかご勘弁を、と小声で言ってみたものの、オリバーは聞く耳を持たず、自分のクラスに入り、メリアを引き摺り込んだ。


 入学式を終えた1年生は速やかに講堂までいかなければならないのに、なぜ3年生の教室に連れて行かなければならないのか、泣きそうになったメリアだったが、オリバーがクラスメイトを見渡し、バンと教台を打ち鳴らし、注目を集めた。


「ここにいる今日入学したメリア…メリア、どこの子爵だったかな?」

「べ、ベイカーです」

「メリア・ベイカーは本日より俺の婚約者になった!」


 メリアはますます怯え、肩を窄めて青ざめた。それをみたオリバーのクラスメイトたちは「またか」という顔をして眉を下げ、可哀想な1年生をみた。


 メリアと呼ばれた少女は、可愛らしいストロベリーブロンドをポニーテイルにし、白いマーガレットの花をさしていた。マリンブルーのキラキラした瞳は今や荒れた海の曇り空のような色に変わり、絶望的な顔を見せている。小柄な割に制服の上から見てもわかる豊満な体つきに、理由を言わずともわかってしまった。


 オリバーは女遊びが酷くて有名だ。家格がなまじ高いせいで文句を言える生徒も少なく、年に何度かこうした事件を起こしていたにも関わらず、放置されている。侯爵家が醜聞を握りつぶしているからだ。だが、次の瞬間、オリバーがおかしなことを言い始めた。


「俺は、メリアと出会う以前に3人の女を孕ませ、堕胎させた!そのうちの一人は子を産めない体になったのを苦に自殺した。おかしな話だ!」


 クラスメイトは目を瞬かせた。だが、メリアはますます青ざめ狼狽えた。


「ああ、私の呪いが…」


 オリバーはハッと口を噤み、メリアを見る。顔を真っ赤にさせて、「貴様、一体何をした!」と詰め寄り、罵倒しようとして次の言葉を吐いた。


「結婚しろと言い寄ってきた女は、男爵令嬢だったから薬漬けにしてやった!今頃は奴隷小屋でヤク中になってるはずだ!」


 そう言ってオリバーは、はたと自分が何を口走ったのか気が付き、慌てて手で口を押さえた。


「な、なんだって?」

「薬漬け?奴隷小屋?」


「ち、ちが…っわない!俺の取り巻きだった男に襲わせて、連れ去ってもらったから、足はつかないはずだ。あの薬は国で栽培禁止されているが、うちの地下でちゃんと育てて麻薬として扱っているんだ。はははっ!誰も知らずにうちのチーズケーキを食べているだろう!?あれにもちゃんと仕込んである!」


 さらにとんでもないことを口走り、騒ぎは大きくなった。侯爵家お抱えの商会のチーズケーキは有名なスイーツで、なかなかクセになると評判のものだ。まさか麻薬が入っているせいでクセになっているとは誰も思わなかったに違いない。


「な、俺は一体何を…!問題はない!クセになっても中毒になるほどの量ではないはずだ。だけど食い過ぎればどうなるかな。高血圧の薬もうちで扱っているが、あれの半分は小麦粉だ。あっはっは。血を薄くする薬に小麦粉を混ぜ、血を止まらなくさせるんだ。血を止めるには、別の薬が必要になり、その薬も絶賛発売中だからな。おかげでうちは丸儲けだ!ああ、おかしい!…って、ち、違う!何が起こっているんだ、俺はこんなことを言いたいんじゃない!そ、そうだ、メリア、この女は実にいい体をしているから、しばらくいたぶって楽しんでやろうと思っただけだ!遊ぶだけ遊んで捨ててもいいが、子爵家をこの手に入れて、遊んで暮らすのも悪くない」


 令嬢たちからの悲鳴が聞こえ、騎士科の男子生徒はあまりの所業と言い草に我慢ならず、オリバーを縛り上げた。その頃には、クラスは大騒ぎになり教師が衛兵を呼び、騎士が駆けつけ3年の教室は罵詈雑言に包まれた。


「だから、私と婚約なんてしてはいけないと言おうとしたのに…」


 メリアはがっくりと肩を落とした。





 メリアは呪われている。


 メリアにかけられた呪いは、メリア自身に影響はない。なぜなら呪いと称したものの、これは魔法バカである兄がかけたメリアを守るための保護魔法だからだ。


 メリアの母は当時、社交界の華的存在で引く手数多だったのだが、あちこちから声がかかり、迷いに迷い、選びに選んで、結局一番顔のよい伯爵家の次男坊を夫に選んだ。もともと男爵家の次女だった母は教養を心配し、あまり地位の高い貴族には嫁ぎたくないと両親に告げたらしい。それで、伯爵家次男が伯爵家を出て父親の持つ子爵家の領地を受け継ぐと聞き、そこへ嫁いだのだ。その時は良い縁談だと双方喜んだ。


 だが、メリアの母は領地経営など勉強をしたこともなく、父に只管ついて行く予定だったのが、父も実は領地経営に関して無知だった。顔が良くちやほやされていた父は、領地経営の勉強もそこそこで、たかが子爵家の小さな領地、大して難しくもないだろうと高を括っていたわけで、無知同士がくっついてしまった。


 当然、領地経営など簡単に行くわけもなく、もたもたしていた結果、あっという間に貧乏子爵家になってしまった。初めこそ「愛あれば苦難など」と頑張った両親だったが、結局、金のない愛は脆くも崩れ去り、父は借金を作り失踪、母は愛人を作って家を出た。残されたのは、兄フィリップと妹のメリアだけだった。


 7つ上の兄フィリップは、廃爵を危惧した祖父から厳しい教育を受け、祖父母に金を借り借金を返し、死に物狂いで勉強して働き、なんとか子爵領を盛り返したある日、妹であるメリアにこう言った。


「メリア。人間の容姿はただの面の皮だ。表面でなく中身を見極めなければならない」

「はい、お兄様」

「顔のいい男は、それが悪いとは言わないが、それだけでは絶対だめだ。まず、経済能力がなければならない」

「はい、お兄様」

「次に、対人能力も必要になる。貴族としての地位だけに縋るような男ではこれから先、問題が起きた時に対処できず、これまた生きてはいけない。貴族とはいかに横の繋がりを持てるか、そしてそれを縦の繋がりに活かせるか、その手腕にかかっているからだ」

「はい、お兄様」

「第三に、愛だの恋だの、浪漫を語る男は切り離せ。愛や恋では領民を養う事はできないからだ。俺たちの両親のようになりたくなければ、少なくとも人を見る目を養え。お前は私の妹だから、子爵家を継ぐ事はできない。だが、中には馬鹿な男がお前の容姿に惹かれ、夜灯に惹かれる蛾のようにお前に群がり、果てはいいように操り我が子爵家を乗っ取ろうとする高位貴族もいるかも知れない。何せこの地は国王陛下も認めるワインの産地だ。旨みは十分にある。子爵程度の貴族の力量で抗えないほどの力をふるい、お前を好きなように利用しようとする輩もいるだろう」

「はい、お兄様」

「お前は容姿はいいが、頭があまりよろしくないようだ」

「……はい、お兄様」

「だから、侯爵家のオリバーなどと言うけしからん輩にいいようにされた」

「ですが、お兄様。あの方は私が何を言おうと……」

「お前にかけた魔法が役に立っただろう?」

「……はい、お兄様」

「あれは、お前に悪しき思いを持って近づいた輩にかかる呪いだ。嘘がつけなくなり、後ろめたいことを全て自白する魔法で強力だ。お前の顔を見ただけで全て自白したくなるものなのだ。だからお前の審美眼がなくても問題はない。すごいだろう?」

「…」


 メリアはため息を飲み込んだ。どんな人間だって後ろめたいことの一つや二つ、隠しておきたいことの三つや四つはあるだろう。なのにメリアに関わると、本人の意思とは別に自白してしまうなんて、どんな拷問なのか。


 とはいえ、オリバーは酷かった。あんな男に将来を握られたとあっては、流石のメリアもおぞましさで体を震わせた。


 それから数日後、貴族牢に入れられたオリバーは頑なに口を閉ざしていたが、教室での事柄から王宮からメリアに出頭要請がきた。齢16で初めて行く王城が尋問室だなんて、とメリアは頭を抱えた。


「お前はバカか」

「……申し訳ございません、お兄様」


 王城へ向かう馬車の中で兄のフィリップが冷ややかな目でメリアを見た。


 入学式は散々で、説明会も受けられず3年の教室へドナドナされ、大騒ぎを起こしたメリアは翌日学園でも何が起こったのか、詳しく説明をした。オリバーのクラスメイトが皆、メリアを庇ったことからお咎めはなかったが、メリアはすっかり遠巻きにされてしまったのだ。


 兄からは「口外すべきではなかったのだ」と怒られたが後の祭り。


 王宮につき、貴族牢の中には椅子に縛られたオリバーが、騎士に向かって喚き散らしていた。侯爵家をなんだと思っているだの、報復するだの、断罪するだのと叫んでいたが、ドアの外にメリアの姿を見ると、両手で口を押さえ青ざめた。


「お前、なんでここに…!ち、近寄るな、悪魔め!」


 口を開かなければいいのに、どうしても物申したかったのか、オリバーはメリアを見て喚き散らした。が、その言葉は次第に自白へと変わっていく。教室で喚いたことを再度繰り返し、メリアがそこに立っているだけでオリバーは次々罪を告白し始めた。その所々で、やめてくれ、俺が悪かった、婚約はナシだ、と涙声で訴えたが数時間の間自白を続け、真っ白になっていた。


 数ヶ月後、事細かく自白した物件について調べもつき、結果として侯爵家は断絶、侯爵家の面々は鉱山送りになり、オリバーと侯爵当主に至っては多くの女性を食い物にし、また命を奪ったものとして死罪となった。


「お兄様。この呪いはちょっと怖いです」

「うん、ちょうど俺もそう思ったところだ」

「解いてはもらえませんか」

「無理なんだ。お前が真実の愛を見つけるまでは」

「バカですか」

「……すまん」


 だが、騎士にはひどく感謝された。人身売買や奴隷商の足取りがなかなか掴めず、何年も頭を悩ませていた事件が解決したせいでもあった。しかも侯爵家のチーズケーキは有名で王家でもよく食べられていたため、至急その商会は潰され、チーズケーキは危険食物として廃止、回収された。


「君がメリア・ベイカー?」


 幾多の要請を受け王宮に来ていたベイカー兄妹だったが、ようやく全てが終わり、メリアは王妃のお茶会に呼ばれてしまった。緊張しまくりで、なんとかお茶を飲み下したメリアに声をかけたのは、第二王子のバジルだった。愛想がよく、キラキラと輝く人気のある王子で、真面目がとりえの第一王子のアルバートより王太子に向いているのではと噂の人物だ。


 メリアは王族向けのカーテシーを知らないため、学園で学んだ最低限のマナー様式でお辞儀をした。


「へえ。君なかなか可愛いね。それで、不思議な能力があるのは君なんだって?あの侯爵家を断罪に持っていけたのも、君のおかげだと聞いたよ?」

「い、いえ。あの、私の力ではないのですが」


 兄からは口外するなと言われたばかりだが、かといって、この呪いはメリアを利用しようと悪意を持って、あるいは下心を持って近づいたものに発揮される呪いだ。それを第二王子に告げるということは、第二王子に向かって「失礼ですが、あなたは腹黒ですか?私に下心を持っていますか」と聞くようなもの。絶対言えない、とメリアは口を噤んだ。


 だが、第二王子はまんまと罠に踏み入った。


「どう?僕は今婚約者もいなくて、フリーなんだけど。オリバーのように君を扱うことは絶対しないと約束する。僕の婚約者になってもらえないか?」

「あ……っ」


 メリアが止める間もなく、第二王子の口からは流れるように「婚約者」の言葉が出てきてしまった。


「実は隣国に婚約者がいるんだけど、言わなければバレないし、バレたらまあ、バラしてもどうせ子爵令嬢ごとき、誰も文句は言わないだろう」

「……バレたらバラす…?」

「バジル、あなた何をいってるの?」


 王妃様がカップをがしゃんとソーサーに落とし、立ち上がった。


「あなたには、隣国の王女との話が上がっているでしょう?数ヶ月後には王女殿下もこちらにお見えになると言うのに何をいって…」


 どうやら王妃は第二王子の奸計に関与していたわけではなさそうで、目を白黒させている。


「母上も父上も本当に見通しが悪い。僕が隣国の王女と結婚したら、僕は王太子になれないじゃないか。兄上に結婚させるべきなんだよ、あんな女は。全く両親揃ってバカなんだから。僕は王太子の座を兄上に譲る気はないんだよ?だからこの子爵令嬢を使って、バカ真面目な兄上の弱みを探そうとしているんだ。兄上の側近にメリアを近づけて、色々自白してもらおうと思ってるんだから、邪魔しないでくれよ。そうだ!ついでに僕が母上の化粧品に毒を入れて徐々に弱らせているのも、メリアのせいにしてしまおうかな。父上のワインの毒も、そろそろ内臓を傷めてきているはずだし、咳き込んできたら、王太子の選定も早めてもらわなくちゃね。それにしても侯爵家の麻薬の発覚はこっちも痛かったよ、余計なことをしてくれたもんだね、メリア。せっかく毒と高血圧でぽっくりいってもらうはずだったのに。また隣国から麻薬の苗を仕入れてこなくちゃいけなくなったよ。今度は誰に頼もうか、また考えなきゃいけないじゃないか」


 第二王子は饒舌だった。蟹のように泡を吹いた王妃に爽やかな笑顔を向けて、お茶を飲んだところでふと素面に戻り、第二王子は青ざめた。メリアを見て王妃を見て、ドア越しにいる騎士を見て、ふるふると首を横に振った。


「ち、ちがう」


 その様子を見て、メリアは思った。極悪人は皆、奸計がバレると最初に「ちがう」と言うんだなと。冷めた目で第二王子を見て、再び頭を下げメリアはようやく口を開いた。


「大人しく罪を償ってくださいませ」


 王様が好んで飲むワインは、我が子爵家のワインなのだ。毒など入れて、兄のせいにされたらどうしてくれよう。絶対許さない。お兄様、呪いが思わぬところで役に立ちましたよ!とメリアは鼻息荒く、兄を思った。


 王妃付きの騎士が第二王子を縛り上げ、違う、違うんだと叫ぶ第二王子は幽閉された。



「お前、何してるんだよ」

「お兄様に言われたくありません」


 王妃は、自分の腹を痛めて産んだ子供が自分を殺そうとしていたことが発覚して、心を病んでしまわれた。王は至急で身体検査を受け、酒は兄が直々に持参した子爵家のものだけを飲むようになったそうだ。余計な仕事ができたと兄は愚痴っていたが、その分、報奨も上乗せしていただき、愚痴は飲み込んでいたようだった。


 第一王子は第二王子の腹黒さを知っていたと見えて、自分の周りは確実に信頼できるもので固めており、どのみち第二王子の付け入る隙は与えていなかった。数週間後、第一王子の立太子が発表され、その後の第二王子がどうなったのかはメリアの耳には入ってこなかった。


 幸い、第一王子は分別のつく人物で、メリアは結婚するまで王家に近づかないで欲しいと懇願された。王家には隠さなければならない秘密があるし、腹黒なのは認めると手紙にはあった。だが腹黒でなければ王族などやっていられないのは、政治に疎いメリアにでもわかった。


 メリアはその願いを喜んで聞き入れ、協力は惜しまないと手紙で伝えた。メリアに対して邪な考えを持たないのであれば、呪われることもないのだから安心して欲しいとまで書いたが、男というものは容姿に騙されやすく、うっかり絆されてしまっても怖いので、呪いが解けるまでは頼むから近づくなと泣かれた。


「傾国の美女ってのは、こういうことだったのか」

「ちがうと思います、お兄様」


 中身はすっかりささくれてしまったが、その後も母に似て豊満な体を持ち、父に似て容姿も美しいメリアに騙される男は後をたたなかった。


 そんなこんなで、あまり勉学に身も入らないまま、メリアは3年生になってしまった。そこここで告白されることもあったが、皆勝手に自爆していくため、周りは婚約者と仲を温めているというのに、メリアはいまだに一人、ランチを頬張っていた。正直者の女友達はたくさんできたが、近寄る男性はおらず、まるで高嶺の花のような扱いになってしまったメリア。友人は皆婚約者と仲良く「はい、あーんして」などと甘やかな時間を繰り広げている。


 はあ、とため息をついてランチを終えたところで、ふと顔を上げると、黒髪の青年と目があった。カフェテリアのトレイをガッシャンと足元に落とし、真っ赤になったままじっとメリアを見ている。


 今年入った1年生だろうか。メリアの噂を知らないと見える。カフェテリアにいた皆が静まり返った。中にはハラハラと見ているものもいるが、ほとんどが今度はどんな自白が聞けるかと、楽しみにしている感じもある。


 メリアは無視してカフェを出るか、それとも落ちた食器を拾うのを手伝うか迷った。下手に近づいて告白されてしまっては、この青年の未来に関わる。よく見ると、真面目そうで、きりりとした顔立ちに通った鼻筋、形のいい口元に、なんといっても夜の海のように澄んだ藍色の瞳に、メリアは息を呑んだ。


 さすが我が両親の血筋なだけある。メリアは自分がイケメン好きなのだ、ということをここで初めて知ることになった。


『メリア。人間の容姿はただの面の皮だ。表面でなく中身を見極めなければならない』


 兄の言葉が突き刺さる。


(ですがお兄様)


 メリアはふと友人たちとの会話を思い出す。第一印象で、面の皮は55パーセントを占めるときいた。


 ベイカー兄妹は美形なのだ。兄の容姿に見慣れてしまったメリアは、余程のことがなければ容姿に惹かれることはない。兄ほど(見た目の)良い人間がいなかったのも、不運だったかもしれない。ここにきて、メリアの好みが目の前に現れた。


 避けるべきか。


 メリアは席を立った。メリアの視線に合わせて青年の視線も上がる。コツンと一歩前に出ると、視線をさっと足元に走らせ、また顔を見つめてくる青年。喉仏が上下するのが見えた。小柄なメリアが近づくにつれ、彼の視線は下がり、メリアの視線は上がる。


 背が高い。ますます好みである。


 メリアは意を決して、歩み寄り、さっとしゃがむと青年が落とした食器を拾い上げた。


「落としましたよ」


 そういってにっこり微笑みかけると、カフェテリアにいた全員が息を飲み、顔を赤らめた。それほどまでにメリアの微笑みは稀だったのだ。


「あ、ああ。すみません…ありがとう。美しい人」


 メリアは一瞬固まった。


「あの、お名前をお聞かせくださいませんか、美しい人。俺…私はシリウス・マッカーシー。伯爵家の次男ですが、騎士を目指しています。あなたに話しかけていると思っただけで心が躍ります。今まで知らなかった剣技を一度に覚えたような、魔剣を見つけた時と同じような驚きと興奮で包まれています。あなたこそ私の運命の人、どうかお名前を教えてください」

「魔剣…」


 メリアは真っ赤になって後ずさった。いつもとはちがうパターンである。剣技や魔剣と同じにされた。興奮の例えはちょっとずれてる気もするが、自白と言えるのだろうか。いやでも婚約者とか口走ってはいないから、呪いは発動されていないはず。青年は真っ赤になって口元を押さえたり離したりして混乱している様子。止めたいけど止められない、といったところか。拾い上げた食器はポイ捨てされ、床に転がった。


「メ、メリア、です。メリア・ベイカーと申します」

「メリア!ああ、メリア!どうか俺と結婚してください!運命の人!俺の魔剣!」


 カフェテリアは悲鳴に包まれた。婚約飛ばして結婚きた。すでに人間扱いされていないのはこの際無視である。


「メリア!なんて美しい響き!メリア!あなたの髪はどんな匂い立つローズにも勝り、あなたの青い瞳はどんな宝石よりも輝かしい!メリア!夢にまで見た魔剣より美しい立ち姿!お願いです、メリア!どうか私の手を取って!」

「ヒィ」


 ズイズイくる押しの強さに、ちょっと顔を引き攣らせ後ずさったメリアだったが、ぐっと両手を握られて、チュパチュパと手の甲にキスをされ、キラキラとした瞳でメリアの返事を待つシリウスに、メリアは真っ赤になって固まってしまった。


 これは告白?!それとも自白?!


「私は騎士の心根に誓ってあなたを守ると宣言します。どうか私と共に人生を歩んではくださいませんか!」


 学園内に剣の持ち込みは禁止なので、騎士の剣に誓うことはできないが、心根とやらに誓いを捧げたシリウスにメリアは思わずこくりと頷いた。


「わ、私でよければ、よろしくお願いします」


 その瞬間、パキンと小さな音がして、光が飛び散った。カフェテリアは、悲鳴なのか歓喜なのか分からない阿鼻叫喚に溢れかえり、皆がもみくちゃになって騒ぎ出した。


「やった!ありがとう!メリ……っ?」


 はた、とシリウス青年はその腕に今にも絞め殺しそうなほど抱き締めたメリアの頭を見て、動きを止めた。


「……え?」

「……え?」


 お互いに見つめ合い、シリウスはガバッと距離を置いた。


「お、俺は今一体何を…?」


 素面に戻ったシリウスを見て、メリアは理解した。今、たった今呪いが解けたのだ。熱に浮かされたように告白めいたことを言ったシリウスは、戸惑っている。メリアの中に疑惑が上がった。


 もしや本心ではなかったのではないか、と。


「あの…」


 シリウスが真顔になってメリアを見た。先程のような熱のこもった瞳ではない。多少顔を赤らめているが。


「俺、今あなたの手にキスを…」


 ボボボっとシリウスの顔が赤くなった。


「…ええ」

「人生を共に歩んで欲しいといいました、か」

「ええ。いいましたね。あの、でも勘違いだったというのなら、いいのですよ?」


ーーだって、自白中は言いたくないことでも、口に出してしまうんですもの。仕方がないわ。


「いえっ!勘違いじゃ、ないです。俺、入学する前からあなたのこと、見てました」

「え?」

「あの、俺、騎士団の練習によく王宮に上がっていたんです。俺の兄が騎士団長で、その、時々あなたを見かけて、それから2年近く想ってました」

「ま、まあ…。そんなに前から…?」

「はい。あの、なんか熱にうかされたようにキスしたり、抱き締めたり申し訳ありませんでした。いつもあんなじゃないんです」


口に出されて言われると一気に恥ずかしさが蘇る。キスしたり抱き締めたりは、婚約者でも滅多にしないのではないだろうか。婚約者がいたことが(数分しか)ないメリアには分からない。


「あ、ええ。それは」

「なので、改めて、お願いします。メリア嬢、あなたが好きです。愛しています。婚約してもらえないでしょうか」


 シリウスは騎士の礼儀に則り、片膝を落としそっとメリアの手を取った。


「婚約ですか。もれなく呪いも一緒について来ますが、よろしいでしょうか」

「問題ない。呪いも一緒に愛しましょう。どんとこいです」


 二人はにっこりと微笑みあった。





「結局お前は容姿で選んだんだな」

「失礼ですよ、お兄様。たまたま容姿もついて来ただけの話ですわ」


 容姿も好みで、夢もあり仕事もあり、愛もあり、恋も浪漫も語る。兄がダメだとケチをつけたもの全てを手に入れたメリアは大変満足だった。もちろん兄に感謝もしている。どうしたって、オリバーや第二王子は受け入れられなかったから。


 メリアは卒業後、騎士の妻となるべくマッカーサー伯爵家に嫁入り修行に入り、兄フィリップも程なくして結婚した。結構な美人の兄嫁で、魔法が得意な人らしい。


 新しく王になった第一王子からは、メリアの功績から男爵位を叙爵され、シリウスも無事王宮騎士団入りになった。


 呪いは解けたが、幸せはまだまだ続くらしい。



END

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