《十四話》強き悪
森の奥から飛来した金色の雷弾は、桂の首から上を一瞬で消し飛ばした。
そして、桂の体が一気に崩壊し、黒い灰の山へと還る。
「…………あ、あぁ……そんな」
呆然自失した鈴見がそっと灰を撫でるが、もう何もそこからは感じられない。
ゆっくりと誇張する様に土を踏みにじり、近づく足音にアキは顔を上げた。
先頭で近づいて来る少年は、煙を上げた片手をピストルの形にしたままにやついていた。
太田――コウタと同じく港の取り巻きの金髪の少年。
そしてその後ろには、残りの第四班――港、丸岡、久良、コウタの姿が揃っている。
「バァ~ン、ってな! 化け物退治しちゃった。俺ちゃんカックイー! どーよ、港、もう一発いっとく!?」
興奮しながら口を回す太田の姿に、アキの沸点は保たなかった。
目の前の
「駄目っ……うぁっ!」
だが鈴見に足を取られ、彼女を引き倒したことで一瞬動きが止まる。
「……うぉ!? 死ねバケモンが! 《
そして致命的な隙に、
指の先に生み出された黄色い雷光がアキの至近距離で炸裂した。
命中した腹部から拡がる電撃が、激しくその体を震わせる。
「ガッ……アアアアアアアッ!!」
数秒の激しい
死にはしなかったが、体の中心から鱗に放射状の亀裂が入り、所々に肉が露出して血が流れている。
意識ももうろうとしていた。
「……あ、あなた達は、人にこんなものを向けるなんて……」
迷いも見せず死にかねないような危険な技をクラスメイトに向けて放った太田を信じられない表情で見やる鈴見。
だが、彼に悪びれる様子は微塵も無い。
「あんらぁ? てっきりどてっ腹ぶち抜いたかと思ったのに、まだ生きてやがんの……このクソトカゲが、よっ!」
「止めなさい!」
アキの頭を足蹴にしようとする太田に鈴見が取りすがったが、それは容赦なく振り払われる。
「っせえな! ただの正当防衛だろうが……それにスズセン、いや鈴見。もうアンタに指図される
太田は鈴見を見下ろし、その鼻先に指を突き付けて、自分の方が優位であることを誇張する。
その後ろから、港達が歩み寄る。
「ヨシト、良くやった。は……ざまあねえぜ。化け物同士慣れ合いやがって……手前らみたいなのは退治されんのがお決まりなんだよ……」
「何をするつもりなの……! あうっ……」
近づいた港は横たわるアキの顔に向かって唾を吐きかけ、そして鈴見を乱暴に押しのける。
足元には桂の体を構成していた黒い灰が、少しずつ風に流されて崩れている。
港の行動……それを止める者は誰もいなかった。
――グシュッ……。
目の前で行われるのは冒涜。
遺骸は乱暴に踏みつけに蹴り散らされる。
心底楽しそうな笑い声を響かせながら、彼はこれ以上ない程に死者の尊厳を貶めた。
「あ……や、止め……て」
鈴見はあまりの事に顔を真っ白にさせて呟く事しかできない。
「ハハハハハ、ククククッ……ウルセえんだよ! 負け犬はなあ、こうやって何されても文句は言えねえんだ。おい、コウタ! ヨシトはもう働いたからな、テメエもやれ……! ヒヒヒヒ、おかしくってたまんねえぜ!」
後ろに控えていた北上も、流石に引き笑いを浮かべながらおずおずと進み出て港に尋ねた。
「マ、マジかよ……ここまでやっちまっていいのか……? 何かスズセンすげえ眼で睨んでっし……」
コウタは腹に手を置いて、真下の黒い跡を見やって唾を飲み込む。
その様子に港は舌打ちを一つすると、コウタに囁きかけた。
「……なんだ、怖えのか? 心配すんなよ、あいつらにはどうせ何もできやしねえ、随分とお優しいみてぇだからなぁ……ハッハ。まぁ、別に俺はいいんだぜ? お前があくまでやりたくねぇってんなら、勝手にすりゃいい。だがな、よく見てみろよ……こうして這いつくばってる奴ら、昔どっかで見たことはねえか?」
「…………!」
「お前はこっち側なのか、あっち側なのか……どっちなんだ? 示して見せろ」
港の言葉にコウタは唇をかみしめながら桂の遺骸を踏みつけにした。
「……止めてってば! お願いだから……どうしてそんな酷いことができるの!?」
泣き叫ぶ鈴見を見て、コウタは体をびくりと震わせたそのまま静止させる。
「コウタ! 二度はねえぞ……」
だが結局、港の怒声に僅かに俯いた後彼は
「……俺は、下らねえこいつらとは違う! こんな所じゃ終わらねえ……終われねえんだ。消えろ、消えちまえ!」
かって桂だったそれがぐちゃぐちゃに踏み荒らされていくのを、アキは目の前で見せつけられたが体に力が入らない。
――僕らが正しいと感じる事が彼らには伝わらない……彼らが正しいと思う強さを僕達は許せない。
そして正しさは力に依存する。力をぶつけ合わないと、正しい事が僕達は決められない。
正しさが違う者達とは、永久に分かり合えない。
――そして……そうであるならば、戦うことを拒む僕らは。
鈴見は涙を流しながら港達に憎しみの視線を向ける。
「……あなた達、絶対に許せない。人として間違ってるわよ、こんなの……!」
「カハハ、良い面だぜ。ならやってみろよ……スキルでも何でも使って俺に復讐してみろ。手は出さねえで置いてやるからよ。おい、手前ら下がってろ……」
港は班員達を下がらせるとその身を曝け出す。
鈴見の持ち上げられた手がぶるぶると震えた。
「おいおい、やらねえのかよ……小動物みてえに震えちまって。そんなんじゃこのゲテモノ達もやられ損だよなぁ!」
港はアキの頭を踏みつけにした……それを見て鈴見の目の色が変わる。
「止めろって言ってるでしょ……! 《
鈴見の手から打ち出された真空の刃は、港から数十センチ離れた所の地面を掘り返したが、それだけだった。
「あん? 当たってねえぞ。こうすりゃちったぁまともに当てようって気になるか?」
「……ぐうっ!」
港の足から頭にかかる荷重が強くなり、アキはたまらず呻く。
「止めなさい……止めてよ!」
真空の刃が何度も生み出されては飛んで行くが、それは至近距離にも関わらず、結局港の体を傷つけることが無かった。
荒い息を吐いて膝を着く鈴見に、心底つまらなそうに鼻を鳴らすと港は近づいていった。
「……どうして、当たらないの……」
「お前が弱えからだろ……あの死にぞこないに手を下させた俺へ、恨みをぶつけることすら出来ねえその中途半端さが弱さ以外の何だって言うんだ? テメエは、自分の手を汚したく無くて戦う事を放棄したただの腰抜けなんだよ!」
――僕らは、永久に彼らには勝てないのか。
アキは港が鈴見の肩を強く蹴り飛ばすのを見ていた。
「ハ……完全に興味失くしたぜ、特にそこのトカゲはとんだ見掛け倒しだったな。俺らを殺す位の気概があるなら手駒くらいには使えるかと思ったが……」
「港……そろそろ来るわよ。大勢……」
後ろから、声を掛けたのは無表情の丸岡だ。殊更無視を決め込むようにアキ達には視線を移さず、彼女はこちらが進んで来た方向を指で差した。
「遊びはこれ位にして退くか……大して収穫も無かったしな。既に何処かに移ったのか……。行くぞ……」
港は靴で掘り返した灰混じりの土をアキと鈴見に向かって浴びせた後、他の班員と共に悠然と姿を消す。
――何も、できなかった。
鈴見のすすり泣く声の裏に慌ただしい足音を捉えながら、アキは手の中に僅かに入った黒い土をそっと握りしめ、意識を手放した。
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